【征くシリーズ】Holiday バースを征く

2017年8月17日 No.997

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没後200年 ジェーン・オースティンゆかりの温泉保養地

バースを征く

■『高慢と偏見(Pride and Prejudice)』『分別と多感(Sense and Sensibility)』『エマ(Emma)』などの名作を残した英作家、ジェーン・オースティン。彼女が描き出したロマンチックな恋物語は幾度もTVドラマ・映画化され、2世紀以上経った今でも世界中の女性たちに愛され続けている。そんな「恋愛のエキスパート作家」とも呼ばれたジェーンと切り離すことができない街のひとつがバースだ。今年はジェーンの没後200周年。今号では彼女が約5年間過ごし、小説の舞台ともなったバースをご紹介しよう。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

王子を癒した「奇跡の沼」

ローマン・バスの大浴場には、
当時の衣装を着て古代ローマ人になりきった
スタッフがいるので、疑問に思ったことは
何でも尋ねてみよう。
イングランド西部サマセットの緑豊かな渓谷地帯に広がる、世界遺産の街バース。「風呂(Bath)」の語源となった都市として一般的に知られているが、実はこの説は誤りで、街の誕生はその名がつけられた時よりもはるかに古い。
時計の針をまき戻すこと、約2880年前の紀元前863年。ハンセン病を患い、王宮から追放されたケルト人の王子ブラドゥードは、清廉な川が流れるこの地にたどり着き、出自を隠して豚飼いとしてひっそり暮らしていた。ある日の夕方、なかなか戻ってこない豚を探しに行くと、沼に浸かったまま岸へ上がろうとしない数匹の豚を発見。豚たちを引き上げようと沼に足を踏み入れたところ、驚いたことに沼は温かく、浸かった部分の皮膚がみるみるうちに綺麗になり、病がすっかり治ってしまったという。これはケルトに伝わる伝説のひとつなので真偽は定かではないものの、以降、同地はケルト人が治めるようになった。
ところが西暦43年頃、ブリテン島に侵攻してきた古代ローマ人により、村は征服されてしまう。軍事街道や城壁が築かれ、街として整備されていく中で再発見されたのが、湧き出る天然温泉――先述した「奇跡の沼」であった。大衆浴場で入浴する習慣を持っていたローマ人は、この神秘的な温泉に心奪われ、同所に大神殿と浴場を建設。ケルトの女神「スリス」とローマの女神「ミネルヴァ」を融合させた新女神「スリス・ミネルヴァ」を祭るようになる。街はアクア・スリス(「スリスの泉」という意味)と名付けられ、病気を癒す湯治場、信仰の地、また行楽地として、4世紀近くにわたって栄え続けた。
やがてローマ帝国が衰退し、ローマ軍がブリテン島から撤退すると、代わって同地を支配したアングロ・サクソン人が、古英語で「温泉・温水」を意味する「Baðum」へと街を改名。この語音が変化していき、現在の「Bath」と呼ばれるようになった。つまり都市名が「風呂」の語源になったのではなく、温泉が湧いていることからこの都市名がつけられたのである。
ローマン・バス/Roman Baths(MAP①)

入場には長蛇の列ができるので、オンラインで事前にチケットを購入すると安心。

貴族が集う「社交の中心地」

「ジョージアン・タウン」と呼ばれる、現在の優雅で美しい街並みが完成したのは、ぐっと時代が進んだ18世紀後半のこと。
アングロ・サクソン人が新たに暮らしはじめたものの、街に以前のような活気はなく、浴場も封鎖されてしまった。しかし1702年、イングランド君主の座に就いたアン女王がバースを訪問したことにより、事態は大きく好転。ブランデーを好み、晩年は歩けないほどの肥満体だったと伝えられるアンは、バースの温泉が身体によいと聞き、わざわざ足を運んだのである。女王を迎え、荒廃しかけていた街は急速に華やいでいった。
とくに、古代ローマ建築に強い憧憬を抱いていた建築家ジョン・ウッドと、バース・ストーンと呼ばれる石灰岩の採石場を買い取った実業家ラルフ・アレンの尽力なくしては語れない。ローマに負けない壮大な新都市計画を構想したジョン・ウッドは、ストーンヘンジからインスピレーションを受けローマのコロッセウム(円形競技場)を模した「ザ・サーカス」、半月形に湾曲した「ロイヤル・クレセント」といった貴族向けの高級住宅を建造。社交用のサロン「パンプルーム」を一新、舞踏会やコンサートを開催する「アセンブリー・ルーム」をオープンさせるなど、上流貴族が集うリゾート地としてよみがえらせたのである。
ジェーン・オースティンがバースを初めて訪れたのは1797年。貴族や富裕層の「社交の中心地」のひとつとして隆盛を極めたバースが、徐々にその勢いに翳りを見せはじめた時だった。

ロイヤル・クレセント/Royal Crescent(MAP⑦)

休暇で滞在する貴族に貸し出すために建設。30軒の住宅からなり、1番地は博物館として公開している。中央の16番地は5つ星ホテルで、宿泊しなくてもアフタヌーンティーなどが楽しめる(要予約)。

引っ越しがショックで失神

サリー・ランズ/Sally Lunn's(MAP⑪)は17世紀創業のティールーム&レストラン。
サリー・ランズ・バンが名物(写真はソルトビーフとジャム&クロテッドクリーム)。
円内写真はジェーン・オースティン・センター内のカフェで食べられるバース・バン。
ジェーンは1775年12月16日、ハンプシャーにある小さな村、スティーブントンの牧師館で誕生した。この年には米独立戦争が勃発、まもなくフランス革命や英仏戦争、国内では産業革命がはじまるという激動の時代だった。しかし海軍でナポレオン軍と戦い、提督にまでのぼりつめた兄たちとは異なり、8人きょうだいの7番目、次女として生を受けたジェーンの生涯は、極めて穏やかなものであった。
カントリーサイドの典型的な中流家庭でありながら、牧師の父親は非常に教育熱心で、子どもたちに惜しみなく高度な教育を与えた。兄たちはオックスフォード大学を卒業し、姉のカサンドラとジェーンもレディングにある修道院付属の女子寄宿学校などで学んでいる。ジェーンは寄宿学校時代に多くの文学作品に触れ、作家としての才能を培ったのだろう。14歳になる頃には短編小説を書きはじめ、家族や友人に披露していたという。
ジェーンが姉とともにバースを初めて訪れたのは1797年の冬、彼女が22歳を迎える直前のこと。ジェーンは2年前に知り合った、のちにアイルランド最高裁判所長官になる前途有望な男性、トーマス・レフロイとの淡い初恋がいまだ忘れられず、一方、姉は婚約者を黄熱病で亡くしたばかり。傷心の姉妹を心配した母親の兄夫妻に招待され、バースにある彼らの自宅で2ヵ月ほど療養することになったのである。しかしながら、人気の温泉保養地で心身ともに癒し、もしかしたら新たな出会いも…と期待していたに違いない母親の胸の内は、叶えられなかった。パーティー好きの裕福な伯母と姉妹は、ウマが合わなかったのだ。ジェーンは連日の「ばかげた」パーティーに嫌気が差し、そこで繰り広げられる会話を「無意味」だと手紙にしたためている。
次にジェーンがバースに滞在したのは、1799年の初夏だ。彼女は母親や結婚した兄夫妻と一緒に、6週間のバース旅行を計画。幼い甥や姪と一緒に買い物や散策をしたり、劇場に足を運んだりと、前回とは一転してリゾート地を満喫した。この滞在中、バースを舞台に裕福な聖職者の青年と少女の恋を描いた、初の長編小説『ノーサンガー・アビー(Northanger Abbey)』を執筆している。このまま何事もなければ、ジェーンにとってバースは楽しい思い出に満ちた場所となっていたかもしれない。ところが2ヵ月後、驚くべき一報がオースティン家にもたらされる。あのパーティー狂の伯母が、窃盗の罪で逮捕されたのだ。バースの衣料品店で高級レースを盗んだ罪に問われたものの、伯母は裁判で無実を主張。結局、冤罪だったことが認められた。ただ当然ながらこの醜聞は瞬く間にバース中に広がり、ジェーンが二度とバースを訪れたくないと心に誓ったとしても不思議ではない。
だが翌年、ジェーンの父親はスティーブントンの牧師の職を長兄に譲り、一家でバースへ移住することを決めてしまう。父親はすでに70歳、天然温泉があり医療機関も多いバースで老後を過ごしたかったのである。また、両親はバースにある教会で結婚式を挙げており、2人にとって思い出の地でもあった。ジェーンは慣れ親しんだ故郷や牧師館を離れ、親しい友人もいない「いわくつき」の街へ引っ越すと聞き、ショックのあまり失神したとまで伝えられている。

苦境の中での婚約破棄

あまり気の進まない引っ越しであったが、ジェーンはこれを機に、遅まきながらさらに2つの恋らしきものを経験している。
1人目はバースへの転居直後、夏の休暇で訪れたイングランド西部デヴォンにある海辺の街で出会った男性。父親と同じ牧師の職に就く男性だったとされるが、なんと出かけ先で急死してしまった。次の相手は、家族ぐるみで親交のあった6歳下の裕福な家の息子。もうすぐ27歳という当時としては「売れ残り」になっていたジェーンにとって、彼は「優良物件」であったものの、一度受けたプロポーズを翌日に破棄してしまう。その理由は定かではないが、彼に対し愛情を抱けないと感じたのではないかと言われている。彼女が描く小説のヒロインのように、自分の心に素直に従い、世間体や経済的安定よりも「愛のある結婚」を追い求めたのかもしれない。
両親や姉とともに、バースでもっともファッショナブルな通り「グレート・パルトニー・ストリート」の近所に3年ほど暮らしたが、高額な家賃を支払い続けることができず、中心部から少し離れた場所に転居。そこで父親は世を去り、結婚式を挙げた教会に埋葬された。残された女性3人は市内の家を転々とする不安定な生活を送った後、バースを離れることを決断。兄のいるサウサンプトン、そしてチョートンへと移り住んでいくことになる。

上空から見たバースの街並み。右の円形はザ・サーカス(MAP⑥)、
左の半円形はロイヤル・クレセント。© Vist Bath
バースで暮らした約5年の日々は、失恋、伯母の窃盗事件、婚約破棄、故郷にいる友人や父親の死など、楽しい思い出が多いとは決して言えないものだったが、初の小説『ノーサンガー・アビー』(当初の書名は『スーザン』)の出版にこぎつけ、作家としての道を歩み出した時期でもあり、悪い出来事ばかりではなかったはずだ。この10年後、当時を回顧するかのように、周囲の説得によって一度は婚約を解消した男女が8年の歳月を経て愛を取り戻すというバースを舞台にした小説『説得(Persuasion)』を完成させている。ほかにも、『高慢と偏見』では退屈な結婚生活に飽きたウィッカムが、晩年バースへ逃げたりと、彼女の小説にはバースがしばしば登場することになる。

パルトニー・ブリッジ/Pulteney Bridge(MAP③)

フィレンツェにある最古の橋「ポント・ベッキオ」と同様に、橋の上にはショップやカフェが並ぶ。建築家ロバート・アダムの設計で、1774年に完成。

魅力溢れる「北のフィレンツェ」

さて、ここまで街の成り立ちとジェーン・オースティンについて簡単に紹介してきたが、バースの魅力をより深く知りたいなら、ぜひ実際に訪れていただきたい。ロンドンから電車で約1時間半、車で約2時間という距離は日帰りの旅に最適。また、コッツウォルズ地方に点在する可愛らしい村々に程近いことから、コッツウォルズ旅行の中継地点としても便利だ。かつて人気の保養地であった名残りなのか、宿泊施設も安価とは言えないものの豊富にあるため、年間を通してにぎわっている。
小さな街ゆえに、見どころはそれほど多くない。だが、華々しい貴族文化が花開いた時代を思い浮かべながら、淡いハチミツ色のバース・ストーンで統一された景観を眺めて散策するだけでも十分に楽しめるだろう。晴れた日に見るエイヴォン川(シェイクスピアの故郷ストラトフォード・アポン・エイヴォンを流れるエイヴォン川とは別物)沿いの風景は、「バース一」と言っても過言ではないほどの美しさだ。また10年前にオープンし、今春リニューアルした英国唯一の天然温泉を利用したスパ施設「サーメ・バース・スパ」も体験してみてほしい。「ローマン・バス」では浴場を見学することしかできないが、このスパでは今なお湧き続けている「奇跡の沼」の温泉水を肌で感じることができる。
シティ・ウォークだけでは物足りない場合は、ジョン・ウッドを全面的に支援した実業家、ラルフ・アレンの邸宅に足を伸ばすのもおすすめだ。バース駅からバスで20分ほど走った高台の上に、彼の莫大な資産を物語る大邸宅がたたずんでいる。現在はパブリック・スクールとして使われているので非公開だが、ケイパビリティ・ブラウンが手がけた広大なガーデン(プライヤーパーク・ランドスケープ・ガーデン)はナショナル・トラストの管理で一般公開されている。眼下に広がる街並みをガーデン越しに一望でき、バースの新たな一面を発見できるだろう。
ジェーン・オースティンの没後200年という節目を迎えた今年、バースでは「ジェーン・オースティン・フェスティバル」が盛大に開かれる(9月8日~17日)。この秋、「北のフィレンツェ」とも称されるバースを訪れてみてはいかがだろうか。

バース寺院/Bath Abbey(MAP②)

973年、最初のアングロ・サクソン王エドガーの戴冠式が行われた歴史ある大聖堂。右端の建物はローマン・バスとパンプルーム。



プライヤーパーク・ランドスケープ・ガーデン
Prior Park Landscape Garden(MAP⑫)

バース駅発のバス2番か、City SiteseeingのHop-On Hop-Offバスで行くことができる。

ルーフトップで露天風呂を楽しむ!

サーメ・バース・スパ Thermae Bath Spa(MAP⑩)


バースの天然温水は、同地から30マイルほど南下したところに広がるメンディップ・ヒルズの降水が水源と考えられている。地下2キロ付近で地熱により温められた地下水が、断層を通じて地表に噴出。ローマン・バスの建設当初と同じ場所から天然温水が湧き出し続けている。湧き出す温水は「約1万年前の雨水」と言われ、42種のミネラルが確認されている。

2006年、英国唯一の天然温泉施設「サーメ・バース・スパ」がオープン(ちなみに「サーメ」はラテン語で「テルマエ」と読む)。源泉はローマン・バスと同一の水脈なので、古代ローマ人が尊んだ温水と同じものに浸ることができる。

週末は混雑して、入場するのに長蛇の列ができる。必ず事前に予約しよう。2時間制でタオル、バスローブ、スリッパ付き(平日£35、週末£38)。ショップで水着の購入可。4階建てで、最上階のルーフトップ温泉はもちろん、今春リニューアルした3階の5種類のアロマ・サウナルームはおすすめ。ローマ時代風、ジョージ王朝時代風(写真右下)、宇宙をイメージしたものなど、様々な部屋があって楽しい。また、2階にはバスローブのまま食事ができるカフェもあり。

没後200年 ジェーン・オースティン

バースの観光スポット&ゆかりの場所を訪ねて
未婚のまま、41歳でウィンチェスターにて死去したジェーン。彼女が25~30歳までの約5年を過ごしたバースでの足跡と、主な観光スポットを紹介!

バースの地図

①St Swithin's Church

1764年にジェーンの両親が結婚した教会。前庭に父親の墓があるが、石板の文字は風化して読めない=写真左。



②No.1 The Paragon

1797年11~12月、失恋中のジェーンが姉と過ごした伯母夫婦の自宅。これがバース初滞在だった。


③No.13 Queen Square

1799年5~6月の6週間、ジェーンの母親と兄エドワード一家で滞在。夏の休暇を満喫した。ここで初の小説『ノーサンガー・アビー』を執筆した。



④No.4 Sydney Place

父親の退職後、1801年5月から3年間、両親と姉の4人で暮らした家。この周辺の住宅は人気があり家賃が高く、賃貸契約の更新を断念した。ジェーンがバースでもっとも長く住んだ場所。プレートあり=写真上。



⑤No.27 Green Park

1804年10月、中心部から離れた安価なエリアに一家は転居。1805年1月に父親が死去した。第2次世界大戦で建物は倒壊(現存せず)。


⑥No.25 Gay Street

1805年3月末から約半年、母親と姉の3人で滞在。母が好きなクィーン・スクエアに近い家にしたが、大家の女性と同居しなければならず、窮屈な思いをした。小説『説得』にて、主人公の恋の相手、ウェントワース大佐の下宿先としても登場。



⑦No.7 Trim Street

1806年7月頃まで、母親と姉の3人で滞在。この通りの建物はほとんどが建て替えられており、ジェーンが住んだ家も現存していない。ここを最後に、ジェーンたちはバースを旅立ち、二度と戻ってくることはなかった。



貴族の邸宅でアートを堪能
④Holburne Museum

19世紀の裕福な男爵、ウィリアム・ホルバーンが建てた旧邸宅。現在は彼が収集した美術コレクションが展示されている。



ファッション博物館も併設
⑤Assembly Rooms & The Fashion Museum

アセンブリー・ルームでは舞踏会が開かれ、出会いを求める若者たちにとって大切な社交場だった。ジェーンも何度か足を運んでいる。



貴族の優雅な暮らしを知る
⑦No.1 Royal Crescent

ロイヤル・クレセントの1番地は博物館。18世紀の上流階級の人々の生活を知ることができる。写真はミュージック・ルーム。


ティールームがおすすめ!
⑧Jane Austen Centre

ジェーンの作品や当時の暮らしぶりがわかる博物館。なんとキャサリン妃は子孫にあたるらしい(!)。同じ通り沿いにジェーンが半年ほど住んだ家がある。3階のリージェンシー・ティールームに、BBCドラマ『高慢と偏見』のダーシー氏の肖像画(コリン・ファース)が飾られている。

宿泊するなら…ジェーンの暮らした家に隣接!

Francis Hotel, Bath(MAP⑨


クイーン・スクエアの正面に建つ、1736年に完成したリージェンシー様式の4つ星ホテル。当初はタウンハウスとして使われていたが、1858年からホテルとしてオープン。1963年にはビートルズも宿泊している。タウンハウス時代の名残りで、いくつかの客室の入口にはブループラークが飾られている。1799年、ジェーンはこのホテルの隣(13番地)の家に滞在した。

ジェーン・オースティン好きなら…当時にタイムトリップ!

Jane Austen Festival 2017

バースでは毎年9月、ジェーン・オースティン・フェスティバルを開催。ジェーンの作品をテーマにしたイベントや演劇、スペシャル・ウォーキング・ツアーなどが催されるほか、18世紀初頭のコスチュームを身にまとった人々が街にあふれ、当時にタイムトリップしたかのような感覚を味わえる。
今年はジェーンの没後200年記念として、9月8日~17日まで、例年より盛大に行われる予定。詳細は公式ウェブサイトを確認のこと(www.janeaustenfestivalbath.co.uk)。

Travel Information

※2017年8月17日現在

【電車の場合】
ロンドン・パディントン駅~バース駅、約1時間半

【車の場合】
M4を走り、A46を通って南西方面へ。110マイル、約2時間

【コーチの場合】
ロンドン・ヴィクトリア・コーチ・ステーション~バース駅前、約2時間半

Special Thanks to:
Visit Bath(www.visitbath.co.uk
Thermae Bath Spa(www.thermaebathspa.com
Francis Hotel(www.francishotel.com
Great Western Railway(www.gwr.com

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征くシリーズ ビートルズ生誕の地 リヴァプールを征く ※ebookは木曜の午後5時更新
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