
◆◆◆《第928回》◆◆◆
エアコンの話
八月も半ばを過ぎた。例年なら木の葉が散り始め、秋の気配が感じられる頃だが、今年はそういうわけにはいかない。雨が全く降らず、暑い日が続いている。この暑さは今年だけのものではない。メディアも「アブノーマルな天候がノーマルになった」と言っている。私たちは真剣にこれから先の暑さ対策を考えなければならない。
これが日本ならまずエアコンを家に設置する。しかしイギリスではそれは簡単ではない。この国には建築後百年近く経っている古い住宅が多い。それらの家は厚い煉瓦の壁で囲まれている。これは冬のきびしい寒さを念頭に置き、室内の熱を外に逃がさないためだが、エアコンを設置しようとするとこの壁が邪魔になる。
日本の家庭で使われている壁掛け型のエアコンは室外機と室内機に分かれており、ホースでつながっている。それを設置しようとすれば、どうしても壁に穴をあけなければならない。ところが煉瓦の壁の厚さは三十センチもあり、穴をあけるのは容易ではない。日本なら業者がやって来て手早く工事をしてくれるが、イギリスにはそうした技術者が不足している。工事費もかなりの額になる。
第一、ダイキンや東芝や三菱など日本のエアコンのメーカーは、欧州で家庭用のエアコンの販売に力を入れていない。今、彼らが欧州で力を入れているのはヒートポンプである。イギリスはじめ欧州各国の政府は、温暖化ガスの排出を抑制するためヒートポンプの設置を奨励している。高度な空調技術を誇る日本のメーカーにとってこれは大きなビジネス・チャンスである。
ヒートポンプは外気や地中の熱を利用して、空気や水を温めたり冷やしたりする省エネ型のシステムである。冷房にも暖房にも利用することが可能で、電力の消費も少ない。イギリスを含めた欧州各国はこのヒートポンプを、地球温暖化ガスを抑制する未来型のシステムと位置づけている。
イギリス政府は今年一月、「ウォーム・ホーム・パッケージ・プラン」を発表した。これは二〇三〇年末までに一五〇億ポンドを投じ、低所得世帯のエネルギー効率改善のための住宅改修や、全国の世帯を対象に太陽光パネルやヒートポンプの補助金を出す制度である。また、EUも二〇三〇年までに六千万台のヒートポンプを設置することを目標としている。そのために新築の住宅にヒートポンプの設置を義務付けるとともに補助金を支払う制度を検討している。

夏の冷房にも冬の暖房にも使えるヒートポンプは画期的である。普及すれば私たちの生活様式は一変するだろう。しかし、それは将来の話だ。今年や来年の暑さ対策にはならない。私たちは煉瓦の家でも難しい工事をすることなく、今すぐ使えるエアコンが欲しいのである。
そのヒントになる記事が八月九日付の日経新聞に載っていた。記事は「中国の家電大手、美的集団(英語の社名はMidea)の移動式エアコンが欧州で爆発的に売れている」と伝えていた。エアコンの商品名は「ポータ・スプリット」である。「持ち運び可能」という意味の「ポータブル」と「室外機と室内機に分かれている」という意味の「スプリット」を一緒にして、「ポータ・スプリット」なのである。
欧州で売られている従来の移動式エアコンは、空気の冷却も送風も一つの箱で行ない、大きなダクトホースで排気をするモノブロック型である。壁に穴をあける必要はないが、騒音が大きい上にホースから熱が出て冷却の効率が悪い。「ポータ・スプリット」はコンパクトな室内機と室外機に分かれており、それを細いホースがつないでいる。ホースは細いから窓の隙間程度の空間があれば十分だ。壁に穴をあける必要もなく、従って工事も不要である。
いわばこれは日本の家庭で使われているセパレート型エアコンを小型にしたものだ。冷却能力が高く、騒音も小さいので、人気商品になったのである。価格は千ユーロ(約十八万円)と決して安くないが、この酷暑だから高くても売れるのである。ただ私に言わせれば、窓の隙間からホースを外に出すのは、昼間はともかく、夜間は防犯上の問題がある。
来年の夏も間違いなく暑いであろう。イギリスでも壁に穴をあけずに使える小型エアコンの需要が高まると思われる。日本の空調メーカーはヒートポンプだけに注力しないで、是非「ポータ・スプリット」を上回る高性能の小型エアコンを開発してもらいたい。多くの在英邦人がそう願っているに違いない。
週刊ジャーニー No.1458(2026年8月20日)掲載
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。










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