
◆◆◆《第927回》◆◆◆
旱魃(かんばつ)と水漏れ
イギリスの気象庁によれば、今年七月のイングランドとウェールズにおける降雨量は、記録が残っている一八三六年以降で最も少なかったという。実際、七月はほとんど雨が降らなかった。すでにイングランドの大半とウェールズの全域で「旱魃(かんばつ)」が宣言されている。スコットランドの東部も深刻な水不足に陥っている。
気温の上昇も記録的だが、雨が降らないので空気が乾燥し、あちこちで山火事が起きている。人間の不注意で起きる火事ではない。木の枝と枝がこすれ合って自然に発火し、それが森や草原に広がるケースが少なくない。
牛や羊を飼っている牧場では餌になる草が枯れてしまい、業者は高価な化学飼料を家畜に与えている。そのコストはやがて食肉や乳製品の価格に上乗せされるだろう。旱魃は経済にも大きな打撃を与えるのだ。
このまま雨が降らなければ、水源地で取水制限が始まる。テムズ・ウォーターなど水道各社は、国民に対して繰り返し節水を訴えている。広い地域でホースパイプ・バン(ホースによる水の使用の禁止)が発表されたのは周知の通りだ。
ただ、水不足には人為的な要因もある。それは水道管の漏水である。実はイギリスの水道会社が国民に供給する水量のうち、十九%は漏水によって失われている。つまり清浄な水が一般の家庭に向けて送られても、その約二割は蛇口に行きつく前にどこかに消えているのだ。
具体的にいえば、イングランドでは毎日、二十六億一七〇〇万リットルの水が失われている。これを人口で割れば一日に一人当たり四十三リットルの水が消えていることになる。四十三リットルは一升瓶で約二十四本に相当する。まことにもったいないことである。
なぜこれほど大量の水が漏れているのか。最大の原因は水道管の老朽化である。
イギリスの上下水道の設備は一世紀近く前に建設されてから、あまり変わっていない。水道会社は毎年計画を立てて、水道管や下水管を新しいものに取り換えているが、予算が少ないので、進捗状況は極めてのろい。政府の監査局によれば、水道管の更新率は年間〇・一四%に過ぎない。このペースでいくと配管網が全て新しくなるまで気が遠くなるような時間がかかる。なお、この更新率は水道事業が民営化されるまでは〇・八三%だった。つまり民営化されてから設備の更新は遅くなっているのだ。

また水漏れが多い別の要因として、一般家庭にスマート・ウォーター・メーターが十分に普及していないことがあげられる。スマート・ウォーター・メーターとは使用した水の量を計る小さな器械のことだ。これを家庭に水を引き入れる導入管の近くに埋設すれば、メーターの針の動きで使用量が分かる。針はその家庭の水の使用量を正確に表示するだけでなく、数値を水道会社に送信する。針の動きが異常に速くなれば、どこかで水が漏れている可能性がある。
メーターを埋設しておけば早めに水漏れに気付くことが出来る。住宅の敷地内の水漏れは世帯主が責任を負わなければならない。余計な水道料を請求されないためにもスマート・ウォーター・メーターの設置は重要だ。メーターを埋設するのに費用はかからない。水道各社は一般家庭にメーターの設置を進めているが、強制力はない。ある統計によれば今年末までに、スマート・ウォーター・メーターの設置率はようやく六割程度に達するとのことだ。このメーターがもっと普及すれば漏水率は低くなると思われる。
ところで新しい首相になったバーナム氏は「サッチャー政権が行なった電力や水道事業の民営化は大きな間違いだった」という考えの持ち主だ。このことからマスコミの一部には「新政権は水道会社を再国営化するのではないか」という見方があるが、イギリス政府にそのような資金的な余裕はない。ただ、バーナム氏がマンチェスター市のバス事業で行なったように、水道会社の経営に地方自治体や利用者の代表を関与させ、それによって配当金や経営陣の報酬を抑制し、老朽化した設備改善にもっと投資させるような仕組みを作るかも知れない。
しかし、それはこれからのことである。今はとにかく絶対的に水が不足しているのだ。要するに雨が降ってくれなければどうしようもない。気象庁の予報によれば八月一杯はイングランドを高気圧が覆い、雨は例年より少なく、気温は例年より高いという。全く困ったものである。
週刊ジャーニー No.1457(2026年8月13日)掲載
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。










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