
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
■ ホテルの朝食やアフタヌーンティーなどでよく提供される、チップトリー(Tiptree/英発音はティップトゥリー)のジャム。英国土産のギフトとしても人気が高く、商品名を知らなくても、食べ切りサイズのミニジャム瓶や、英王室御用達(ロイヤル・ワラント)の紋章がついた商品ロゴを、誰もが一度は目にしたことがあるだろう。今号では、昨年創立140周年を迎えたチップトリーのティールーム&ファクトリーミュージアムを征ってみたい。
ロンドンから車で約2時間。イングランド南東部エセックスの都市コルチェスターの手前にある町に、チップトリー・ジャムを製造している「ウィルキン&サンズ社(Wilkin & Sons Ltd)」の工場がある。農地に囲まれた小さな町で、その名も「チップトリー」。ジャムの名前は、生産地である町名が由来だ。
このジャム会社を創業したアーサー・チャールズ・ウィルキンは1835年、チップトリーで農業を営む一家に生まれた。15歳からロンドンの靴下会社で事務見習いとして働きはじめたが、故郷の新鮮な空気、遥か遠くまで広がる緑の農地、何にも縛られない自由な生活を忘れられず、24歳のときに退職。チップトリーに戻り、父親が営む農場を引き継いだ。ロンドンで商業や経営について学んだウィルキンは、それまでの農作物に加えて、イチゴやブラックカラントといった果物の栽培にも着手。30歳を迎える頃には、果樹栽培へと完全に移行した。
収穫された果物は、ロンドンの市場で販売された。しかし、収穫後に隣町のケルブドン(Kelvedon)駅まで馬車で運び、そこから蒸気機関車でロンドンへ輸送する販路しかなく、果物が傷みやすいことが悩みの種だった。さらに輸送技術の発展により、安価な外国産の果物が輸入されるようになったことから、国内の農家は大打撃を受けてしまう。当時の首相グラッドストンは、農家救済策として「果物をジャムに加工して保存できるようにすべき」と演説し、これに感銘を受けたウィルキンは一早くジャム製造に乗り出した。
妻のメアリー・アンがつくるレシピをもとに、試行錯誤を重ねた結果、1885年に「ブリタニア・フルーツ・プリザービング・カンパニー」を設立(のちにウィルキン&サンズ社に改名)。最初のジャムは、国内ではなくオーストラリアに輸出され、事業は大成功を収めた。1904年にケルブドンとチップトリー間に鉄道が開通すると(1962年に廃線)、ウィルキンは周辺の町の土地を購入して農園を一気に拡大させ、現在に至っている。
同社のオーナーは今もウィルキン家の者で、創業者のひ孫にあたる。そのため、ジャムのレシピも当時のまま受け継がれており、人工着色料や香料、保存料を使用していない。とくに、香りの強い希少な野生種のイチゴ「リトル・スカーレット」を栽培し、ジャムに加工しているのはチップトリーだけで、毎年決まった数しか出荷されないので手に入らない年もあるという。果実率も60%と高く、英国では「最高級ストロベリージャムのひとつ」と言われている(上の写真参照)。
(写真右)野イチゴの一種である小粒なリトル・スカーレット © Tiptree
ちなみに、このリトル・スカーレットは、「007」のジェームズ・ボンドのお気に入りでもある。たっぷりの濃いジャージー・バター、「フォートナム&メイソン」のノルウェー・ヘザーのはちみつ、「フランク・クーパー社」のヴィンテージ・オックスフォード・マーマレード、そして「チップトリー」のリトル・スカーレット・ジャムとともに、全粒粉の厚切りトースト2枚を食べるのが、ボンドの朝食の定番だ。
工場の見学はできないものの、毎年7~8月には農園をめぐるファームツアーを開催している。また、旧トラクター小屋を改装したティールームには、小さな博物館も併設されており、同社の歴史やジャム製造に使われた機械・道具等を見ることができる(入場無料)。そして何より、ロンドンのスーパーやデパートのジャム売り場では見かけない、様々な種類のジャム、ケチャップやチャツネ、リキュールなどもショップで購入できるのが嬉しい。
この夏はぜひ、チップトリーへ足を伸ばしてみてはいかが?
チップトリーのジャム・ショップでこれ買っちゃった!
小さなショップだが、棚にずらりと並んだジャムにトースト好きはテンションが上がること間違いなし! 数量限定の人気商品リトル・スカーレットのジャムは、マストバイ・アイテム。もちろん編集部の女性2名とも購入した(【購入したもの①】)。参考になるかは疑問だが、そのほかの戦利品は以下の通り。


チップトリーの創始者 アーサー・チャールズ・ウィルキンの足跡


ティールームへ向かおうと車でファクトリー・ヒルを走っていると、右手に現れるのがウィルキン&サンズ社の古いゲート(写真左)。ここが工場の入口だ(進入禁止)。そして、その工場に隣接して建っているのがアーサー・チャールズ・ウィルキン一家が暮らした家で、塀にはブループラークが飾られている(同下)。この家は奥でティールームに続くガーデンと繋がっているが、スタッフ以外は入ることができない。私生活の多くをジャム製造業に捧げていたことがうかがえる。

Travel Information ※2026年6月2日現在
Tiptree Tea Room
チップトリー・ティールーム
Factory Hill, Tiptree CO5 0RF
https://tiptreetearooms.com
【オープン時間】
月~土曜 9:30~17:00
日曜 10:00~17:00
※ティールームは客数が少ないときには早めに閉店することがあるため、16:00以降に来店する場合は電話で要確認のこと。
【アクセス】
自動車:M25からA12に入り、コルチェスター方面へ進む。ロンドン中心部より所要2時間弱で到着。
【夏季限定ファームツアー】
7~8月の毎週金曜、12:00/13:00の2回催行(約40分)。2026年は7月10日~8月28日。申し込みはオンライン(https://tiptreetearooms.com/pages/farm-tours)から。
料金:£12


週刊ジャーニー No.1447(2026年6月4日)掲載


















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