ゴシックホラー小説が生まれた、奇妙な館 ストロベリー・ヒル・ハウスを征く
© Kilian O’Sullivan

●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部

■ 18世紀半ばから始まった産業革命以降、科学的・理性的な合理主義が重視されるようになった英国。その反動で、コントロールできない人間の情念や幽霊、怪奇現象といった不可思議なものへの関心も高まっていった。今号では、英国初の「ゴシックホラー小説」が誕生した奇妙な館を紹介したい。

ホレス・ウォルポールの肖像。

18世紀末から19世紀にかけて、英国で大ブームを巻き起こしたゴシック小説(Gothic Fiction)。中世(ゴシック様式)の古城や廃墟となった修道院を舞台に、科学では解明できない超自然現象による恐怖や絶望を描き、また多くの場合で恋愛要素をふくむことから、「ゴシックホラー」「ゴシックロマンス」とも呼ばれている。メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」やブラム・ストーカーの「ドラキュラ」は、その代表例と言える。こうしたゴシック小説というジャンルを生み出した先駆者が、今回紹介する館の主人、ホレス・ウォルポールだ。

 

ホレスはその苗字から推測できる通り、初代首相を務めたロバート・ウォルポールの5人の子どものうちの末子である。しかし、4番目の子とは11歳も離れており、当時夫婦関係は破綻していた上に、母親は別の男性と恋愛関係にあったため、出生には黒い噂がつきまとった。そうした出生の秘密が影を落としたのか、ホレスは女性に興味を持たず、「同性愛者」「無性愛者」などと呼ばれるまま、生涯独身を貫いた。

 

20歳のときに敬愛する母親が病死すると、悲嘆にくれたホレスはケンブリッジ大学を自主退学。父親は、税関の検査官といった「食べるのに困らない」程度の閑職をいくつも斡旋し、息子の生活を支えた。やがて父親も亡くなって遺産を手にしたホレスは、自分の好きなものだけが詰まった「夢の館」の建造を計画。まもなく完成したのがストロベリー・ヒル・ハウスである。

 

購入当初はコテージのような簡素な建物だったが、ホレスは何度も改築を行い、尖塔、胸壁、円塔を備えた中世風の城に変えた。名前は、登記書に記名されていた土地名「ストロベリー・ヒル・ショット」にちなんでいる。内装にもこだわり、カンタベリー大聖堂、セント・オールバンズ大聖堂、ウェストミンスター寺院、ウィンザー城などの好きなデザインを「拝借」し、パズルのように組み合わせていった。そのため、デザイン性としては統一感に欠け、少々質を落とした模倣部屋を見ているかのようで、館内を歩いていると奇妙な感覚に陥る。だが、ウェストミンスター寺院にあるヘンリー7世チャペルを模した「ギャラリー」(写真下)の眩さは秀逸で、同所の一番の見どころと言っていいだろう。

 

彼の奇人ぶりは、これだけにとどまらない。文筆業も行っていたホレスは筆まめで、生涯4000通もの手紙を書き、それをコレクションしていた。送付した手紙は、なんと相手が読み終わった後に返送してもらっている。

 

そして何より、「いわくつき」のものに目がなかった。ウィンザー城に埋葬されている棺から盗んだエドワード4世の髪、ヘンリー8世に処刑されたトマス・ウルジー枢機卿の帽子、魔女狩りで有名なジェームズ1世の手袋、凶悪な殺人犯の肖像画…。怨念がこもっていそうな中世の品々の収集は、ホレスのインスピレーションを掻き立てたに違いない(収集品は現在、米イェール大学所蔵)。ストロベリー・ヒル・ハウスで暮らし始めて15年ほどが経った1764年、この館で就寝中に見た悪夢をもとにしたゴシック小説「オトラント城奇譚」を発表。予想外の大ヒットに、ホレス自身が驚いたという。

 

興味がわいた人は、ぜひこの奇妙な館を訪れてみてほしい。

© Matt Chung
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英国初のゴシックホラー小説 「オトラント城奇譚(The Castle of Otranto)」

1764年に出版された「オトラント城奇譚」は、1529年にイタリアの司教がナポリで執筆した本が、イングランド北部の伝統的なカトリック教徒の家で見つかり、それを英訳した――という体裁がとられていた。そのため、ホレスはあえて古風な文体で執筆したが、想定外に大ヒットし、「素晴らしい翻訳本」と評価されすぎたことで、再版以降はホレス自身の創作だと公表。すると多くの評論家が「騙された」と手のひらを返すように酷評した。しかし、ファンタジー、SF、ミステリーなどの先駆けとも言える同書の衝撃と影響力は大きく、やがてゴシック小説という分野が確立していった。

 

「オトラント城奇譚」は、中世イタリアにあったとされるオトラント公国が舞台。かつて同国を治めていた「善良公」の血筋ではなく、現在はその公位簒奪者の孫にあたるマンフレッドを君主としている国である。盤石な地位の維持と領地拡大を目論んだマンフレッドは、病弱な息子と「善良公」の正統な血筋を持つイザベラを結婚させようとするが、結婚式の当日、突然巨大な兜が頭上に落下したことで息子が落命。後継ぎを亡くしたマンフレッドは、自身がイザベラと結婚し、「オトラントの城と領主権は正統な継承者が現れた時、現在の者から引き継がれる」という古い予言を回避しようとする。

 

ストーリーが進むにつれて、マンフレッドの陰謀はより卑劣になっていき、それに伴うように城内で怪奇現象が発生しはじめる。飾られた絵画が動き、ドアがひとりでに閉まり、ホールに鎧騎士の声が響き渡り…。続きはぜひ本を読んでいただきたい。

まるでドラキュラ伯爵のような怪しげな容貌のホレス・ウォルポールの肖像画(右)、ストロベリー・ヒル・ハウス内にある「オトラント城奇譚」が執筆された部屋(左)。

Travel Information ※2026年2月24日現在

Strawberry Hill House & Garden
ストロベリー・ヒル・ハウス&ガーデン

268 Waldegrave Road, Twickenham TW1 4ST
www.strawberryhillhouse.org.uk
【開館日】水~日曜 10:00~16:00
※ガーデンとカフェは9:00~16:00
【料金】£16.50
【最寄り駅】ストロベリー・ヒル駅


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週刊ジャーニー No.1433(2026年2月26日)掲載