●グレート・ブリトンズ●取材・執筆/柳下加奈子・本誌編集部
■ 結婚、出産、作家デビュー、そして小説の大ヒット――。しかし順風満帆に見えた日々は、長くは続かなかった。結婚から12年目の夏、夫が起こした「ある騒動」によって、悲しみのどん底に突き落とされたアガサは、驚くべき行動に出る…。没後50年を迎え、大英図書館での大規模なエキシビションも始まった彼女の後半生をたどる。
謎の失踪、空白の11日間
「悲劇」がアガサを襲ったのは、1926年のこと。6冊目の著書で、名探偵ポアロ・シリーズの第3作「アクロイド殺し(The Murder of Roger Ackroyd)」を出版し、そのトリックが「フェアかアンフェアか」で様々な論争を巻き起こすという、ミステリー作家として願ってもない成功を収めた矢先のことだった。
1926年4月、病に臥していたアガサの母親が死去。幼くして父親を亡くし、母親と多くの時間を過ごしきたアガサにとって、その喪失は大きく、悲しみに暮れるアガサはフランス南西部で4ヵ月ほど療養生活を送った。ようやく気分が落ち着き、8月に英国へ戻った彼女が夫・アーチーと久々に顔を合わせると、彼の口から想像だにしなかった言葉が飛び出した。
「離婚してくれないか?」
アーチーは、アガサとともに「大英帝国博覧会(British Empire Exhibition)」の世界巡業に行ったが、その際に知り合った主催者アーネスト・ベルチャーの友人で10歳下の女性、ナンシー・ニールとの不倫を打ち明けたのだ。やっと元気を取り戻しつつあったところに、思わぬ裏切りを知ったアガサの心は再び大きく乱れ、離婚を断固拒否した。時間が経てば、夫の気持ちも落ち着くだろう…。そう信じて過ごしたが、同年12月、アーチーは「クリスマス前後の1週間は友人たちと過ごすことにする」と宣言。アガサの同伴も拒絶したのである。あまりのショックに耐えかねたのか、その日の深夜、彼女は娘を置いて忽然と姿を消したのである。
当時、アガサ一家はバークシャーで暮らしていた。「ドライブに出る」と言って出かけた彼女の車が、サリーの車道脇で乗り捨てられているのが発見された。車内には、有効期限の切れた運転免許証と着用していたと思われる洋服だけが残されていた。人気作家の失踪は瞬く間に表沙汰になり、これに飛びついた新聞社は、夫が殺害したのではないかと疑惑の目を向け、報奨金つきで情報提供を促すなど大騒ぎとなった。
大捜索が行われた末に、行方不明となってから11日後、アガサはヨークシャーのハロゲートにあるホテルに、夫の不倫相手の苗字を使い「ミセス・ニール」の名で宿泊しているところを保護された。事件の後、数人の医者により「記憶喪失」と診断されたアガサは、このスキャンダルの詳細を一切語ることはなかった。自身の著書さながらの謎に包まれた失踪劇は「解離性記憶障害説」「夫をこらしめるための計画説」など多くの憶測を呼び、皮肉にも彼女の名をより世間に轟かせる結果となった。
この事件以降、彼女はマスコミを敬遠するようになり、往年の名女優グレタ・ガルボのマスコミ嫌いを文字って「ミステリー界のガルボ」と呼ばれるようになる。家族や親しい友人に囲まれた、穏やかで静かな生活に強く固執するようになった。
遺跡発掘現場での出会い
1928年、アガサとアーチーの調停離婚が成立。その1週間後、アーチーは不倫相手のナンシーと再婚している。しかし、アガサは離婚した後も前夫の名字「クリスティー」を使用し、執筆活動を続けた。そんなアガサの人生が新たな局面を迎えるのは、それほど先のことではなかった。
アガサは英国をしばらく離れようと、長距離夜行列車「オリエント急行」に乗って、トルコとイラクへ旅行に出かけた。イラクでは遺跡発掘作業に参加し、そこで知り合った英国人考古学者夫妻と意気投合。1930年に再びイラクを訪れて、発掘現場へ向かった。そのときに運命の出会いを果たしたのが、14歳下の英国人考古学者マックス・マローワン。年齢も育った環境も異なる2人だったが、あっという間に惹かれあい、7ヵ月後に結婚した。アガサは40歳、マックスは26歳だった。以後、アガサは夫の中東での発掘作業にはタイプライター持参で同行し、「メソポタミヤの殺人 (Murder in Mesopotamia)」や「ナイルに死す(Death on the Nile)」など、異国情緒あふれる作品を次々と生み出している。
やがて第二次世界大戦が勃発。アガサは再びロンドンの病院で薬剤師として働きはじめるが、先行きの見えない混沌とした情勢の中で、彼女は自分に万が一のことがあった場合を考えて、名探偵ポアロの最終作となる「カーテン(Curtain)」、同じく名探偵ミス・マープルの完結編「スリーピング・マーダー (Sleeping Murder)」を書き上げる。そして、2作とも「彼女の死後に出版する」という契約を出版社と交わし、著作権をそれぞれ夫と娘に遺した。この原稿は、爆撃で失われるのを避けるためにニューヨークで保管されたが、結局、出版社に急かされて「カーテン」はアガサが亡くなる前の1975年に刊行されている。
欲望の奥に見えるもの
1971年にその功績を称えられ、大英帝国勲章(デイムの称号)を授かったアガサ。翌年に心臓病を患い、ベッドでの安静を言い渡されたが、オックスフォードシャーにあるテムズ河沿いの町、ウォリングフォードで執筆を続行。滅多に公に姿を見せることはなく、彼女の晩年の作品は、クリスマス・シーズンに合わせて出版されるようになっていたため、アガサ・ファンにとってクリスマスはかけがえのないものとなっていた。だが、それも1976年に終止符が打たれる。
同年1月12日、ウォリングフォードにて永眠。近郊のセント・メアリー教会に埋葬された。そのわずか2年後に夫のマックスも死去し、2人はともに眠りについている。
85歳で亡くなるまで精力的に活動し、ミステリー界に革新の波を次々と起こしたアガサ。1952年の初演後、現在もロンドンでの最長公演記録を持つ舞台「マウストラップ」(短編小説「Three Blind Mice」を戯曲化したもの)や、過去幾度も映像化されている「そして誰もいなくなった」など、アガサの小説は様々な役者や監督により、舞台、映画、ドラマ化され、死後50年経った今でも輝きを失うことなく愛されている。遺産相続や男女の痴情のもつれなど、小説の背景は人間のドロドロした欲望であることが多い。しかし、その物語の奥には彼女が深く愛したものが数多く息づいている。生まれ故郷のトーキーを中心としたデボンの風情、パリの学校で学んだ音楽、世界各地を旅して目にした光景、夫の仕事を支え育んだ考古学への興味――。一見、まったく関連性がないように思えるこれらの経験や記憶が巧みに結びつき、物語を彩る豊かなエッセンスとなっているのである。
58 Sheffield Terrace, London W8 7NA
没後50年 記念展「Agatha Christie: A World of Mystery」
大英図書館で開催中!
半世紀以上におよぶ執筆活動の中で、66の長編のほか、短編や戯曲も書き上げた「ミステリーの女王」、アガサ・クリスティー(1890~1976年)。不可解な難事件が、どんでん返しに次ぐ大どんでん返しで少しずつ全容が明らかになっていき、最後に容疑者を含む全員を前にして明かされる巧みな謎解きが特徴で、今なお世界中の読者を魅了し続けている。
没後50年を迎えた今、彼女の生涯と作品に改めて光を当てる特別展「Agatha Christie: A World of Mystery」(10月30日~2027年6月20日)が大英図書館で開催される。
エキシビションでは、アガサが幼少期を過ごしたカントリーハウスや第一次世界大戦中に勤務した診療所、オリエント急行を模した客車、考古学遺跡の発掘現場、ロンドン・ウェストエンドの劇場など、様々な場所を再現。彼女の冒険が、どのようにして名探偵エルキュール・ポアロやミス・マープルを生み出し、謎の殺人事件を考え出すアイディアとなったのかを探ることができる。
アガサが書いた手紙、ノート、原稿、写真や私物など、多くの展示品が初公開となる。ぜひ足を運んでアガサの世界に浸ってみよう。
Portrait of Agatha Christie, circa 1950
© The Christie Archive Trust
Agatha Christie's Remington typewriter from 1937
© The Christie Archive Trust
Kodak No.1 Series III Autographic camera owned by Agatha Christie
© The Christie Archive Trust
Agatha and Max Mallowan aboard a Nile paddle steamer, SS Sudan, circa 1931
© The Christie Archive Trust
2027年6月20日(日)まで
The British Library
96 Euston Road, London NW1 2DB
チケット:£20〜23(off-peak)、£25(peak)
最寄り駅:King's Cross St. Pancras / Euston
https://events.bl.uk/exhibitions/agathachristie
週刊シャーニー No.1468( )掲載


















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