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◆◆◆《第938回》◆◆◆
EU再加盟?

イギリスの首相がアンディ・バーナム氏に代わってから、幾つか注目すべき動きが見られる。その一つがEUへの再加盟の可能性である。スターマー前首相は本来EU残留派だったが、政権の座に就いてからは慎重な態度に終始した。EUとの関係改善については前向きだったものの、再加盟を示唆したことは一度もなかった。再加盟を目指し、もう一度国民投票を行なえばまた世論が分断され、収拾がつかなくなる。スターマー氏はそれを恐れていた。
しかし、バーナム政権になってから、風向きが変わって来た。バーナム氏は最近、EUへの再加盟も視野に入れることを示唆している。それはなぜだろうか。
理由の一つ目は、この数年で国際環境が激変し、イギリスにとってEUとの協力が一層重要になったことである。とくにトランプ大統領の言動があまりにも破天荒で、ロシアとの関係が危うくなったことが影響している。
理由の二つ目は、EU離脱のメリットが全く感じられず、それどころかイギリス経済にとって明らかにマイナスになっているので、国民の不満が高まっていることである。
イギリスの国民が投票でEU離脱を決めたのは二〇一六年七月だった。あれから十年が経ち、国民を構成する世代も入れ替わった。十年前にイギリスに住んでいた人なら覚えているだろう。国民投票は離脱賛成が五二%、残留賛成が四八%という結果となったが、若い人たちには残留を望む声が多かった。十代や二十代の有権者には、EU市民として域内をパスポート無しで行ったり来たり出来る自由を尊ぶ人たちが多かった。一方で六十代以上の高齢者には、かつての大英帝国の栄光をなつかしみ、ドイツやフランスが牛耳るEU本部に支配されることを嫌う傾向が強かった。
しかし、それから十年が経ったのである。今年六月、ユーガブが行なった調査によれば、回答者の五四%が「EUを離脱したのは間違いだった」と答えている。そう考える国民は二〇二二年以来、常に五〇%を上回っている。ただし五八%を超えたことはない。一定数の国民はなお「EU離脱は間違っていなかった」と思っている。

そうした状況の中、バーナム首相は最近、BBCのラジオ番組で、「イギリスは現状を維持することも、関税同盟に再加入することも、単一市場に戻ることも、あるいはEUに再加盟することも可能性がある。私は閣僚たちにおのおのの場合の賛否と私たちに何が出来るかについて検証させる」と語った。彼は労働党の大会においても、「EU離脱は良いことよりも悪いことの方が多かった」と明言し、EUとの関係を大幅に見直す姿勢を示した。明らかにスターマー氏よりも踏み込んだ発言をしている。
本欄に何度も書いたが、私はEU離脱には大反対だった。ほとんどの在英邦人が反対だったと思う。加盟国だからこそ、EUの単一市場に自由に参加出来たのである。またEUに属していたからこそ、イギリスの発言力は国際社会でも重みがあったのだ。
離脱してしまえば、政治的にも経済的にもイギリスの国力は弱くなる。「離脱に賛成する人たちになぜそれが分からないのか」と私は歯がゆく思った。今日は紙幅がないから、国民投票の時に暗躍したボリス・ジョンソン氏やナイジェル・ファラージ氏らのことに触れないが、要するに国民は彼らに騙されたのである。
ユーガブの今年九月の調査では、五八%の回答者がEUへの再加盟を希望している。バーナム首相は当然、こうした世論を承知しているはずだが、「EUに再加盟しない方針」は前回の総選挙以来、労働党の公約である。バーナム首相といえどもこれを覆すことは出来ない。それが出来るのは、彼が次の総選挙で「EUへの再加盟」を公約として掲げ、勝利した時である。
バーナム首相は十一月二十日、ブラッセルでEUとの首脳会議に臨む。食品と酒類の貿易条件、若者世代の相互交流、温室効果ガスの排出権取引が主な議題である。交渉が比較的容易と見込まれるこれらの案件でEUと首尾よく合意出来るか、政権にとって試金石となる。
労働党の支持率が若干持ち直し、スキャンダルが続いたリフォームUKの勢いが削がれている現在、一部にバーナム首相が思い切って解散総選挙に打って出るという見方がある。それはギャンブルに等しいが、今月末の秋季予算案の評価と来月のEUとの交渉の結果によっては、バーナム首相は決断するかも知れない。今後の動きに注目したい。

週刊ジャーニー No.1468(2026年10月29日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
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