
◆◆◆《第937回》◆◆◆
バーナム首相とホームレス
バーナム氏は首相に就任した直後の七月二十日、取り組むべき当面の目標を幾つか掲げた。その中に「クリスマスまでにホームレスの問題を終わらせる」というのがあった。彼は「誰も駅の入口や外で夜を明かす必要はないはずだ」と述べた。
その一ヵ月後、彼はホームレス対策に四億四千二百万ポンドの予算を投じることを明らかにした。この資金で路上生活者に宿泊場所を提供するとともに、彼らの健康対策を講じるというのである。さらにバーナム氏は自身の給与の十五%をホームレス対策に寄付することを明らかにした。
二〇一七年にグレーター・マンチェスター市長に就任した時も、バーナム氏はホームレスの問題に言及し、「二〇二〇年までに路上生活者をゼロにする」と公約した。地方自治省の統計によれば、二〇二〇年に二六八人だったグレーター・マンチェスターの路上生活者は二〇二一年には九〇人にまで減少した。但し、その後は再び増加に転じた。
結果的に「二〇二〇年までに路上生活者をゼロにする」という公約を果たせなかったわけだが、バーナム氏はその後のインタビューで、「私が行なったのは伝統的な意味での目標設定ではなかった。私はシステムのあり方に警鐘を鳴らすために公約を掲げた。そしてそれは効果をあげたと思う」と語っている。
バーナム氏は首相に就任した直後、ロンドン中心部にあるホームレス・シェルターを訪れ、自らエプロンをして食事の準備を手伝った。また先月末、労働党大会の忙しいさなか、ヒーリー財務相とレイナー住宅相を伴い、「ビッグ・イシュー」がリバプールで運営するホームレス支援組織を訪れている。
周知のように「ビッグ・イシュー」は週刊誌の販売でホームレスを支援しているが、近年はそれだけでなく、ホームレスの人たちに食事や食料品の提供も行なっている。支援組織を訪れたバーナム氏は「ビッグ・イシュー」の創設者、ジョン・バード氏とともに食事の準備を手伝ったり、支援の食料品を棚に並べたりした。

先に引用したバーナム氏の発言や、首相就任後の彼の行動を考えると、おぼろげながら、そのやり方が見えて来る。それは行政と民間の慈善団体が協力し合い、意見を調整しながらホームレス問題に取り組むやり方である。
そのことは私にかつてのブレア政権を思い出させる。具体的にいえば、ブレア政権が掲げた「第三の道」の中の「PPP」に酷似しているのだ。ブレア氏は保守党政権を打倒し、「ニューレイバー」の旗手として華々しく船出した。彼は市場原理と公的な補完を組み合わせた「第三の道」を看板政策とした。「PPP」は「Private-Public Partnership」の略で、公共サービスにおける官民提携を意味する。バーナム氏のホームレス対策は行政機関と民間団体が連携することで成果を上げようとしている。これはまさに「PPP」のリバイバルといえよう。
今月、バーナム政権は別の新しい政策を打ち出した。ホームレスの人々に無料でインフルエンザの予防注射をするというのである。路上で寝起きしている人たちだけでなく、現在シェルターやホステルなどで暮らしている人たちも対象になる。
通常、定まった住所がない人はGPの登録が出来ない。だから予防注射も受けられないのだが、今年は政府の方針で、市街を巡回するNHSの接種自動車に行きさえすれば、無料で予防注射が受けられる。戸外で寝起きする人たちはインフルエンザに罹患する確率が高い。それを放置すれば命取りになりかねない。リスクを少しでもなくそうとバーナム政権は予防注射の無料化を打ち出した。
冒頭に述べたように、バーナム氏は「クリスマスまでにホームレスの問題を終わらせる」と言った。それ自体は路上生活者を一時的にシェルターやホステルに移すことで実現可能かも知れない。ただ、それだけではホームレスの問題を解決したことにはならない。
ホームレスを生む元凶は大幅に遅延している公的住宅の建設、高騰を続ける家賃、さらにいえば不景気と高い失業率である。互いに関連するこれらの問題で、バーナム氏がどのような手腕を見せるか。期待と不安の両方を抱えながら、全ての国民が注目している。
まず今年のクリスマスまでに、約束通りホームレスを街から一掃出来るか否か。バーナム氏の能力と本気度が試されることになる。
週刊ジャーニー No.1467(2026年10月22日)掲載
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。










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