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◆◆◆《第936回》◆◆◆
ポランスキー氏の敗北

十月八日、ホルボーン・アンド・セント・パンクラス選挙区で下院議員の補選が行なわれた。この選挙区はスターマー前首相が議席を有していたが、彼の辞職を受けて補選が行なわれたのだ。もともと労働党が強い選挙区だが、今回は緑の党のポランスキー党首が立候補したことで注目された。緑の党は今年二月、労働党の牙城だったゴートン・アンド・デントン選挙区の補選で勝利した。五月の地方選挙では五つの地方議会で過半数を制し、地方の議員数は千人を超えている。
緑の党の人気を高めたのは、昨年党首に就任したポランスキー氏である。彼は環境政党だった緑の党を急進的な左派ポピュリズの政党に変えた。彼が主張したのは富裕層への増税、国による家賃の上限規制、水道会社の国有化などである。
こうした政策で支持層を広げ、一時は支持率で保守党や労働党と肩を並べるほどになった。緑の党は右派ポピュリズムのリフォームUKとともに、英政界に変革の渦を巻き起こした。
その中心人物のポランスキー党首がスターマー前首相辞職後の補選に立候補したのである。これは労働党のバーナム新首相にとって試金石となった。緑の党はおもに労働党の支持者を奪い取ることで勢力を伸ばして来た。スターマー首相が保持していた議席をポランスキー氏に奪われればバーナム氏の面目はつぶれる。逆に大差でポランスキー氏を退ければ政権にとって追い風になる。
結果は労働党候補のサガル・アブディワリ氏が四十五%の得票率で当選した。
二位のポランスキー氏の得票率は三十三%だった。ただ二年前の総選挙では、労働党の得票率が四十九%だったのに対し、緑の党は十一%だったので、その差はだいぶ縮小した。
当選したアブディワリ氏はソマリア出身の元難民である。一九八四年生まれの彼女は、一九九〇年代前半に母国の内戦から逃れ、イギリスへ移住して来た黒人のイスラム教徒である。当初は英語も話せなかったが努力の末、リーズ大学を卒業した。その後、労働党に入党し、二〇一九年から同党のホルボーン・アンド・セント・パンクラス支部長を務める一方、カムデン地方議会の議員になり、今年五月に議長に就任した。今回の補選はいわば、地元でキャリアを積み重ねて来た元難民のアブディワリ氏と、左派ポピュリズムの勢いに乗るポランスキー氏の一騎打ちだった。有権者はアブディワリ氏に軍配を上げた。

実は緑の党では補選の前に騒動があった。発端は党大会で、「シオニズムは民族差別的な形態」と定義する動議が出され、可決されたことである。言うまでもなく、シオニズムとは「エルサレムの地に国家を建設するユダヤ人の復興運動」のことである。
投票の結果は賛成が一〇二二票、反対が八一三票と拮抗していた。つまりシオニズムに関して党内の意見は統一されていなかった。
緑の党はこの裁決に基づき、パレスチナ単独の支持を表明し、労働党政権にイスラエルへの武器の輸出をやめるように申し入れた。しかし、決定に反発する党員は多く、党内では今も論争が続いている。
ポランスキー氏は投票に参加しなかったが、「反ユダヤ主義とイスラエルへの批判は同じではない。両者の間には明確な区別がある。そこを曖昧にしてはならない。我が党がパレスチナの自由と正義のために戦うことを私は誇りに思っている」と語っている。これに対し、労働党のアブディワリ氏はイスラム教徒だが、イスラエルとパレスチナの二国家存立を支持している。このような違いが補選にも影響したと思われる。
とにかく労働党はスターマー前首相の議席を死守し、ポランスキー氏の挑戦を退けた。バーナム氏は面目を保ち、胸を撫でおろしているだろう。ただ手放しでは喜べない。前述のように、二年前の総選挙に比べ、緑の党との差が大幅に縮まった。また今回の補選の投票率はわずか三十九%で、有権者の関心の薄さが表れている。
補選の勝利はバーナム政権にとって追い風になるが、それはまだそよ風程度の強さに過ぎない。次の注目点は今月二十八日に発表される秋季予算案である。ヒーリー財務相は「財政規律を土台として、成長する経済と良質な雇用をイギリスにもたらす」と語っているが、財源が限定される中、軍事予算の増加などにどう対処するのか。長期借入コストが九〇年代以来の高水準に達しており、国際金融市場の反応も心配だ。バーナム政権にとって気の抜けない局面が続くことになる。

週刊ジャーニー No.1466(2026年10月15日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
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