1070年頃制作の大絵巻物 バイユー・タペストリーの帰還
※大英博物館内で見学者たちを待つ「バイユー・タペストリー」の特設展示ルーム。© The Trustees of the British Museum

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

2026年7月1日。大英博物館のウェブサイトが悲鳴をあげた。
「バイユー・タペストリー」の9月10日公開スタートを前に、同館での一般チケットを求めて予約初日だけで6万5000人が殺到する騒ぎとなった。
約1000年を経て、英国の地へと「帰還」を果たしたこのタペストリーについて今号ではお届けすることにしたい。

政治的要素のつまった作品

1066年10月14日に行われた「ヘイスティングズの戦い」は、イングランド史上、最も重要かつ最も知られた出来事のひとつだとする考えに異存を唱える歴史研究家はまずいないだろう。この戦いにより、当時のイングランドはノルマンディ公ウィリアムにより「征服」されるわけだが、この戦いまでの経緯、当日の模様と結果までを刺しゅうで描いたのが「バイユー・タペストリー」だ。

1001年頃~1008年頃の執筆という源氏物語の世界を描いた源氏物語絵巻が制作されたのは12世紀前半。それに対し、このタペストリーが制作されたのは1070年頃と考えられ、これらの年代が正しいとすれば、バイユー・タペストリーのほうが数十年ほど早かったことになる。

ウィリアムの異父弟でノルマンディの町、バイユーの司教、オド(Odo)が制作を依頼したというこのタペストリーは、イングランド(カンタベリー周辺との説あり)で職人たちの手によって作られたとする説が有力になりつつある。本稿のタイトルに「帰還」の文字を盛り込んだのは、その説によることをここにお断りしておきたい。

オドは、ヘイスティングズの戦いでウィリアムと共に戦った有能な側近。そのオドが発注したのは、ウィリアムによる勝利を称え、ノルマンディ側からみた成功物語を人々に伝え遺す作品だった。今でいう「プロパガンダ」の要素が強く、史実に忠実かどうか、1000年も前のことだけに専門家たちも知るすべがない。しかし、その時代を生きた人々の姿を具体的に伝える類まれな記録であるのはまぎれもない事実。その貴重な資料がロンドンで初めて公開されるにあたり、世間は熱狂的な反応を示したというわけだ。

親戚同士の跡目争い

1066年の戦いで勝利をおさめ、イングランド王となったウィリアムのもとの名はギヨム(Guillaume)。グレート・ブリテン島と英仏海峡をはさんで真向かいにあるフランス、ノルマンディ地方の有力貴族である公爵家の当主だった。

この時代、ゲルマン民族系「フランク人」の国を意味する「フランク王国」が、「フランス王国」と呼ばれるようになってまだ100年も経っていない。一方、同じくゲルマン民族系アングロ・サクソン人の国で、「アングル人の地」=「イングランド」と呼ばれた地域も、まだ国になったばかり。ヘイスティングズの戦いの前夜、イングランド王だったエドワードは、信仰心があつかったことから懺悔王(Edward the Confessor 在位1042年~66年)と呼ばれていた。

同王は、ノルウェー王とデンマーク王を兼ねていたカヌートの妻、エマを母に持つ。エマはノルマンディ公爵家出身、ギヨムの祖父の妹にあたる女性だった。

このエドワード懺悔王に子供がなかったことが、ヘイスティングズの戦いを招く。エドワード懺悔王の義理の弟ハロルドと、同王の母方の親類であるギヨム(以降、ウィリアムと表記)が、イングランド王の座をめぐり激突したのは、エドワード懺悔王の死から約9ヵ月後のことだった。

私生児とさげすまれた公爵

現在の英王室の祖とされるウィリアムは、1027年(1028年とする説もあり)、ノルマンディ公ロベール1世の長男として誕生した。母親は、皮なめし職人の娘アーレット。ノルマンディの小さな村、ファレーズ(Falaise)で、通りがかったロベールが、洗濯をしていたアーレットに一目ぼれしたというのが通説だ。しかし、身分が違い過ぎ、ロベール1世とアーレットは正式に結婚できず、ウィリアムは後に、政敵から「William the Bustard(私生児ウィリアム)」とあざけりを受けることになる。

アーレットは後にある子爵と結婚し、3人の子をもうける。このうちのひとりがオドで、ウィリアムを支える存在となる。

1066年当時のイングランドおよびノルマンディの地図。青い航路は、ウィリアム1世の遠征路を示す。
1066年当時のイングランドおよびノルマンディの地図。青い航路は、ウィリアム1世の遠征路を示す。

8歳の時に父ロベールを亡くした後、暗殺の危機にさらされるなど、苦労を重ねながらも力をつけたウィリアムは1051年、イングランドを訪問。ここで、男子の嫡子を持たなかったエドワード懺悔王から、次期イングランド王の地位を約束されたと言われている。

1063年には、懺悔王の義理の弟であるハロルドがノルマンディを訪れ、ウィリアムに従う姿勢を全面に押し出した。しかし、このハロルドがくせものだった。1066年1月、懺悔王が逝去するやハロルド2世として即座に戴冠し、イングランド王の座につく。

激怒したウィリアムは遠征準備を開始。約8ヵ月後、2千の騎兵のほか歩兵を含む約5千の人員、2千頭の馬を700隻に乗せ、海峡をわたった。

天下分け目の戦い

ウィリアム軍が上陸したころ、ハロルド2世率いるイングランド軍は、イングランド北部をおびやかすノルウェー軍との戦いを強いられていた。9月25日、ヨーク近郊のスタンフォード・ブリッジでノルウェー軍を激戦の末に破ったあと、疲労の残る兵士らの尻をたたき、今度は400キロの道のりを南下。1日40キロという強行軍を敢行し、ヘイスティングズからロンドンへ攻め入ろうとするノルマン軍を押し返すため、ヘイスティングズとロンドンを結ぶ幹線道へ向かった。

この時、ハロルド2世45歳、ウィリアム38歳(ともに推定)。両軍は、ヘイスティングズの北約11キロ、現在「バトル」と呼ばれている町にある、なだらかな丘陵地にそれぞれの布陣を敷いた。1066年10月14日、午前9時。戦いの火ぶたが切って落とされた。一時は膠着状態に陥っものの、矢で目を射貫かれたハロルドが絶命、イングランド軍は総崩れとなり、午後4時ごろには決着がついたのだった。

バイユー・タペストリーに描かれているのはここまでで、1066年12月25日、ウェストミンスター寺院で戴冠式が行われ、ウィリアム1世が誕生したことなどには触れていない。しかし、ウ

ィリアムが勝利をおさめるまでのストーリーは見事に描かれており、同王を称える目的は十分果たされているといえるだろう。

バイユーでこのタペストリーを保管・公開するバイユー・タペストリー博物館の改装工事期間中のみということで、大英博物館では2027年7月までの限定公開。チケットを獲得するのは容易ではないが、もし、運よく手に入ったら、許された40分間、じっくりとこの絵巻物を堪能していただきたい。

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家系図

バイユー・タペストリー 18の質問

バイユーのタペストリー(フランス語では「Tapisserie de Bayeux」)に登場する、懺悔王エドワードの葬儀の場面。左に見えている建物は、懺悔王が建てたウェストミンスター寺院。© Musée de la Tapisserie de Bayeux
バイユーのタペストリー(フランス語では「Tapisserie de Bayeux」)に登場する、懺悔王エドワードの葬儀の場面。左に見えている建物は、懺悔王が建てたウェストミンスター寺院。© Musée de la Tapisserie de Bayeux
1なぜ「バイユー・タペストリー」と呼ばれる?

フランス・ノルマンディ地方にある町、バイユー(Bayeux)と長い間深く結びついてきたため、この名があるが、厳密には「タペストリー」(織物)ではない。正確には「バイユー刺しゅう」と呼ぶべき作品。

2 いつ作られた?

正確な制作年は分かっていないが、一般的には1066年のノルマン征服の直後、1070~1080年頃に作られたと考えられている。1077年にバイユー大聖堂が献堂されたため、その時期に完成していた可能性が考えられる。

3 重さは?

約350キロ。ただし、この重量には本体だけでなく、現在使われている裏地なども含まれる。

4 長さは?

全長約68.8メートル。高さ約50センチ。普通の部屋に飾るには長すぎる刺しゅう作品といえる。

5 誰が制作を依頼?

ウィリアム1世の異父兄弟で、バイユー司教だったオドが制作を依頼したとする説が有力。1077年のバイユー大聖堂の献堂にあわせ、このタペストリーが制作されたとすると説明がつく。

6 バイユー・タペストリーはいくつある?

現存するオリジナルは一つだけ。現在では複数のレプリカがあるが、11世紀に作られたものは一つしか残っていない。世界的にも非常に貴重な歴史資料とされるのはこのため。

7 何でできている?

主な材料は麻布(リネン)と羊毛の糸。約10色の羊毛が使われているが、藍、アカネ、染料植物の一種であるホソバタイセイなどの植物で染色されたと考えられている。

8 どのように作られた?

まず麻布の上に図柄を描き、それを羊毛の糸で手作業で刺しゅうする製法がとられた。輪郭を表現する刺しゅうのほか、鎖状のステッチ、糸を並べて固定する技法など、複数の刺しゅう技法が使われている。9枚の麻布をつなぎ合わせたもので、一針一針、手で作られた巨大な作品。

9 誰が作った?

ウィリアム征服王の妻であるマティルダ王妃と、その侍女たちが作ったという言い伝えがあるものの、誰が作ったのかは正確には分かっていない。現在の研究では、イングランドの刺しゅう職人たちが作った可能性が高いと考えられるに至っている。

10 どこで作られた?

これについても諸説ある。現在有力なのは、イングランドで作られたという説で、カンタベリー周辺の工房で作られたのではないかという説も発表された。征服したノルマンディ側がイングランドに作らせたという考えは説得力があると思える。右ページのタイトルを「帰還」としたのはこの理由による。

11 そのあと、フランスに移された?

繰り返しになるが、おそらくバイユー司教オドがバイユー大聖堂のために制作を依頼したとされており、長い間、同大聖堂に保管されていた。1476年の記録で、すでに同大聖堂の宝物として記載されていたことも分かっている。その後、フランス革命の時代に国家によって管理されるようになった。

12 何場面ある?

一般的には58の場面に分けて数えられる。物語は1064年頃の出来事から始まり、1066年10月14日のヘイスティングズの戦いへと続く。ただし、最後の部分は失われており、イングランド軍が敗走する場面で突然終わる。ウィリアムがイングランド王として戴冠する場面など、物語の結末と考えられる部分は残っていない。

13 登場人物は何人?

合計で626人の人物が描かれている。

14 主な登場人物は?

特に重要なのは次の4人。
① ウィリアム(William, Duke of Normandy)
ノルマンディ公で、後に「ウィリアム1世」として即位。
② ハロルド・ゴドウィンソン(Harold Godwinson)
イングランド王。1066年、王位継承をめぐってウィリアムと戦い、敗北。
③ オド(Odo, Bishop of Bayeux)
バイユー司教で、ウィリアムの異父兄弟。
④ エドワード懺悔王(Edward the Confessor)
イングランド王。同王の死により起こった王位継承問題がこの物語の軸となっている。

15 そのほか、刺しゅうで描かれているのは?

約200頭の馬・ラバ、多数の犬、鳥、鹿、ライオン、キツネを含む動物に加え、船、建物、木なども描かれている。さらに、グリフォン(鳥の王である「鷲」の頭と、百獣の王である「ライオン」の胴体をもつ)やケンタウロス(上半身が人間で下半身が馬の姿をしている)実在しない想像上の生き物も登場する。

16 上下の縁(ボーダー部分)にも何か描かれている?

場面を示す数字のほか、彗星が現われたこと(当時、何か大きなことが起こる前触れだと考えられていた)や、物語の筋とは関係のない動物や場面も多く描かれている。

17 現在、いくらの価値がある?

事実上「値段をつけることができない」作品で、単純に計算するのは困難であるとともに、売却は不可能なので値段をつけても意味がない。しかし、2026年から2027年にかけて英国で展示することを英仏間で取り決めた際、英政府による補償額として、約8億ポンド(現在のレートで1,000億円あまり)という評価額が使われている。

18 どうやってロンドンに運んだ?

ユーロトンネルを経由して陸路、運ばれた。振動が心配されたが無事に英国に到着し、関係者も胸をなでおろしたことだろう。保存専門家が同行したとみられるほか、英仏両国で警察による護衛も行われた。

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The Bayeux Tapestry バイユー・タペストリー
※情報は2026年9月28日現在のもの

大英博物館でのバイユー・タペストリーの公開期間は9月10日~2027年7月11日。7月中にフランスに返還され、同年10月、改装工事完了後のバイユー・タペストリー博物館(Bayeux Tapestry Museum)で再公開が始まる予定。2027年はウィリアム1世生誕1000年の祝年で、様々な記念行事が企画されている。

大英博物館 The British Museum

【住所】
Great Russell Street, London WC1B 3DG Tel: 020 7323 8181
【オープン時間】
毎日10:00-17:00 (金曜日は20:30まで)

バイユー・タペストリー・エキシビション
※大英博物館のオープン時間より延長して公開。

【見学時間(完全予約制)】
日〜水10:00-18:00 / 木〜土 10:00-21:00
【一般用チケット】
大人 33 ポンド/学生および16〜18歳25ポンド/15歳以下は無料だが大人同伴での見学のみ可 (大人ひとりにつき4人まで可)
【メンバー用チケット】
メンバーになった期日により、特典が異なる。2026年9月17日以降にメンバーシップの手続きを行った人の特典は10%引きのみ。
※個人メンバー(Individual Membership) 年間 92 ポンド/個人+会員専用カフェなどにゲストひとり招待可能(Individual Membership + one guest) 年間 122 ポンドなど。
※2026年9月16日以前にメンバーになった場合は、一般用チケットにさきがけ、メンバー専用の先行予約の時間帯で申し込みが可能 (1回のみ無料で見学可。8月26日までにメンバーになった人は2回、無料で見学可という特典が与えられていたが、メンバーがあまりに増えすぎ、特典がどんどん削られる事態になっている。9月17日以降にメンバーになった場合は先行予約の時間帯での申し込みすら不可となっているので注意が必要)
【見学時の注意事項】
制限時間40分/スケッチや素描禁止/写真撮影も完全禁止
【チケットが買えなかった人のために…】
大英博物館公式サイトにある「オンライン・エクスペリエンス online experience」は秀逸!駆け足で楽しみたい人は「ハイライト」を、全シーンをじっくり見たい人は「エクスプロア」を選択。見学前の予習用にもお薦めしたい。
www.britishmuseum.org/bayeux-tapestry-online-experience

Battle Abbey バトル・アビー
※情報は2026年9月28日現在のもの)

ヘイスティングズの戦いでの勝利を祝って、ウィリアム1世が建設したバトル・アビー。ハロルド2世が陣地を置いていたあたりに築かれた。ヘンリー8世の時代に取り壊された部分は今も廃墟のまま遺されている。

バトル・アビー 建物
【住所】
Battle, East Sussex TN33 0AE Tel: 01424 773792
【行き方】
ロンドンから約45マイル。車で行く場合はM25 A21 (Royal Tunbridge Wells経由、Hastings 方面へ) → A2100→バトルの町へ。
【オープン時間】
4〜10月は毎日、11〜3月の週末オープン 10:00〜17:00 (冬季は16:00、7・8月は18:00まで)
※11〜3月の平日、および1月1日、12月24〜26日は休み。
【入場料】
大人 18 ポンド / 5〜17歳 9ポンド / 5歳未満 無料
※イングリッシュ・ヘリテージ会員は無料。
※オンライン事前購入で割引あり。
https://www.english-heritage.org.uk/visit/places/1066-battle-of-hastings-abbey-and-battlefield/prices-and-opening-times/

再現!ヘイスティングズの戦い
バトル・アビーでは、当時の格好で「武装」した多数のエキストラたちにより、例年10月にヘイスティングズの戦いが再現(re-enactment)されている。

ヘイスティングズの戦い 再現アクティビティ1 ヘイスティングズの戦い 再現アクティビティ2

■2026年は10月10日(土)・11日(日) 両日とも 10:00-16:00
■大人24ポンド、5〜17歳12ポンド、5歳未満無料 (当日券は大人30ポンド、5〜17歳15ポンド)
※イングリッシュ・ヘリテージ会員は割引あり。
www.english-heritage.org.uk www.visit1066country.com

午前中から楽しめる!
◆子ども向けイベントは午前中から始まっている。剣術体験コースなどもあるほか各種テント、ワークショップで、当時の暮らしぶりを垣間見ることができる。また、バトル・アビーにはカフェもあるがピクニックもおすすめ。ただし、ゴミ箱が見当たらず、ゴミを持ち帰ることになるかもしれないのでご留意を。

早めに席取りを!
◆メイン・フィールドの真ん中は「戦場」区域として立ち入り禁止で、その両脇が観戦スペース。もし、早目に行って席取りができるようなら、できるだけ中央近くに陣取るのがお薦め(観戦し慣れている人々はピクニック用折りたたみイスを持ち込んで、中央近くの最前列を確保している)。
◆例年、戦いの再現アクティビティが始まるのは午後2時半ごろから。4時ごろに終了(あくまで目安)。ハロルドは、赤い「のぼり」とともに移動するのですぐに分かる。

ぬかるみでも平気な靴で!
◆雨と風に備えた格好で出かけたい。当日、雨が降っていなくても前日までの天気によってはメイン・フィールドはかなりぬかるむ。

犬は必ずリードをつけて!
◆犬は必ずリードにつなぐこと。また、馬も多数登場するほか、大きな音をともなうイベントなので、慣れていない犬の場合は注意が必要。


このストーリーを「英国ぶら歩き」のムービーで観よう!!

本誌編集部が制作した動画、1066年ノルマン・コンクエストその日「ヘイスティングスの戦い」と、1066年「ヘイスティングズの戦い」楽しい舞台裏を観よう!


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