●Survivor●取材・執筆/本誌編集部
英国民にとって、食べると癒される「コンフォート・フード」の代表格、フィッシュ・アンド・チップス。
国際紛争や漁獲量削減といった政治的事情、健康志向の高まりやフライド・チキンの猛攻などを受けて逆風に見舞われているのが実情ながら、それでも愛され続けていることに変わりはない。
そんなフィッシュ・アンド・チップスについて、引き続きお届けしたい。
国民食が引き起こした国際紛争
手頃な価格でより早く、食べ物を提供することを常に求められるファストフードの世界にあって、フィッシュ・アンド・チップスがいつまでも安泰というわけではないのは事実。マクドナルド(2025年の英国内店舗数は約1200)や、同じく米国発祥のサンドイッチチェーンのサブウェイ(約2100店舗)、安さが売り物のグレッグズ(約2500店舗)、コーヒーだけではなく、サンドイッチなどの軽食も販売するコーヒーチェーンの筆頭コスタ(約2600店舗)など、ライバルは多い。
それでも、フィッシュ・アンド・チップスの人気は健在といえ、英国内には約1万1000店ものフィッシュ・アンド・チップス・ショップ/レストランが存在すると言われ、年平均で約3億8200食ものフィッシュ・アンド・チップスが消費されている。英国民ひとりひとりが年平均で6回は買って食べている計算になる。
これに自家製のものを加えれば、英国人の魚の消費量、とくにフィッシュ・アンド・チップスの一番人気であるコッド(cod) の消費量が膨大であることは容易に想像できるだろう。
この英国人の無類のコッド好きが国際紛争までひき起こしている。英国とアイスランドの「コッド戦争The Cod Wars」は深刻で、今も尾を引いている。日本とロシアの間でもたびたび問題になっている200海里漁業区域、漁獲量問題と類似した国際問題で、危機的状況に発展したことが過去に3度ある。
「第1次コッド戦争」が起こったのは1958年。アイスランドが外国船の漁業禁止区域をアイスランド沖4マイルから12マイルにまで拡大したことが発端だ。さらに、アイスランドが漁業禁止区域を50マイルにまで拡大したことで1972~73年には「第2次コッド戦争」が発生した。この時は英国政府の譲歩の結果、武力衝突という事態は回避された。
ところが、英国漁船はアイスランド沖50マイル内ではごく限られた範囲でしか漁を許されず、加えて、その区域での年間漁獲量は13万トン以下と制限されることとなった。しかも、この合意は期限付きだった。
NATOと関係諸国の思惑
その期限切れの日、1975年11月13日に「第3次コッド戦争」が勃発した。この「第3次―」は過去2度のものとはレベルが異なり、武力衝突が現実のものになる寸前まで至った。アイスランド沖200マイル区域内で漁をしていた英国漁船の網がアイスランド湾岸誓備船により切られる事態が発生。これは、アイスランドの漁業禁止区域拡大計画(200マイルまでの拡大)が英国政府に正式に伝えられていなかったのが原因と言われている。
アイスランド側は8隻の護衛艦を拡大区域内に配置。この時は英国政府も簡単には譲歩せず、英国漁船を護衛するための船まで動員し、合計22隻の編隊を組んで区域内に乗り込んだ。
数度の発砲や衝突事故などが発生し、負傷者もでたものの、7ヵ月にわたる小競り合いの後、1976年7月2日、両政府の「和解」が一応成立。ここで胸をなでおろしたいところだったが、ことは容易に運ばなかった。
武力衝突はなんとか免れたものの、英国政府の完全譲歩という英国側にとっては最悪の結末となってしまったからだ。調停日より6ヵ月間のみ英国漁船はアイスランド沖200マイルの区域内に限って漁を許可された。ただし、1度にこの区域内に入れる漁船数は24隻。また、この区域内のアイスランド湾岸警備隊には、英国漁船の調停違反を疑った場合、いつ何時でも漁船を停止させ、船内調査を行なう権利が与えられた。
さらに、6ヵ月の期限切れ以降、この区域内での英国漁船の漁はいっさい禁止されることになった。
この一方的ともいえる調停成立の陰にはNATOの関与があった。アイスランドのケフラビックはNATOの対ソ連(当時)戦略の重要拠点。アイスランドはこの基地閉鎖を盾にして、英国の大幅譲歩を迫った。しかし、一方の英国の事情も切実だった。アイスランド周辺は、フィッシュ・アンド・チップスの材料に最適のコッドをはじめとする魚の宝庫であり、英国政府も今回ばかりは譲歩を渋った。結果的には、米国による説得工作や北欧諸国のアイスランドヘの公式支持表明などで、最終的に英国政府は調停に合意するほかない状況に追い込まれてしまった。
アイスランドは同島周辺海域のコッド個体数の激減が英国(ベルギーや当時の西ドイツもやり玉にあがったが、英国ほど攻撃されることはなかった)のコッド乱獲にあると非難している。アイスランドはこの紛争までの約100年間、総輸出品の9割は魚と介魚製品で占められているという漁業依存国家。とくにコッドは彼らにとっても、最も重要な魚のひとつで、コッド個体数の激減はアイスランド経済にとっては死活問題。強硬な態度に出ざるを得なかったといえる。
とはいえ、「コッド戦争」を引き起こし、英国の政治的敗北による漁獲量の大幅な減少を招いたコッドの個体数不足は深刻で、これ以降、英国の国民食を脅かし続けることになる。
フィッシュ・アンド・チップス 少しでもヘルシーに楽しみたい!?
■ 太めのチップスは油の吸収率が細めのものより低い(油に接する面積の割合が、細めのチップスより少ないため)。太めのものの脂肪分含有率が約7%なのに対し、細めのものは15%。
■ 自宅でチップスを作る時には、オーブンを使用するのが一番。脂肪含有率を5%以下に抑えることができる。
■ フライドポテトはジャガイモのビタミンCを逃がさないための一番の調理法。ジャガイモをゆでると多量のビタミンCが溶け出してしまう。
■ トマトケチャップも意外とカロリーが高い食品。100グラムで約131キロカロリー。カレーソースも同様にカロリーアップを招くので注意。
■ ミディアム・サイズのフィッシュ・アンド・チップスのカロリーは平均で1150カロリー程度。ラージ・サイズにすると1600カロリー程度にはねあがる。ちなみに、典型的なファストフード店のハンバーガー(チーズなし)+ミディアム・サイズのフレンチフライ(チップス)で、約900~1000カロリー。

■ 牛脂で揚げている店舗と、植物油で揚げている店舗のフィッシュ・アンド・チップスを比較した場合、前者の方が60カロリー程度高いという統計がある。
■ 43%の人が、衣を取り除いて中身の魚だけを食べているとされる一方、40%余りの人は、衣があってこそのフィッシュ・アンド・チップス、衣がなければ成立しないと考えていることも明らかになった。
■ 栄養のバランスを保つため、マッシーピーズ(グリーンピースをつぶしたもの。ちなみに、どのスーパーででも購入できる缶詰製品は、砂糖を加えるとずんだ餅のあんの代用になる)、またはベイクトビーンズ、サラダなどの野菜類を一緒に注文/摂取するのも一案。ただし、マッシーピーズを追加した場合、100~200カロリーアップとなることは頭のかたすみに置いておくと良さそう。
英政府の頑張りが必要
コッドのみならず、英国の主要な水産資源は乱獲により「差し迫った崩壊」の危機にあるとして、保護団体が対策を求めている。環境団体オセアナUKは政府に対し、科学的根拠に基づいた漁獲枠の設定を行い、伝統的なフィッシュ・アンド・チップス文化を守るよう訴えている。
報告書によると、英国の主要商業魚種上位10種の半数が危機的な低水準にあるか、過剰利用されており、あるいはその両方の状態にあるという。
例えば、北海のコッドは資源保護のため2025年の漁獲量をゼロにすべきだという極端な勧告が行われたが、依然として過剰漁獲が続いている。調査では評価対象とされた105資源のうち健全と確認されたのは41%にとどまり、27%は乱獲、25%は科学的助言を超える漁獲枠が設定されている状態だった。
科学的助言に従った管理が行われているスコットランド西方のハドックや北海のヒラメの個体数は回復し、健全な水準を保っていると報告されている。
団体側は、魚類は適切に管理すれば持続可能な資源だと主張。それに対して、漁業関係者も「魚がいなければ産業の未来はない」としつつも、生計維持のためには一定量の漁獲高を得る必要があると強調。この差を埋めるには、政府による資金援助が不可欠で、政府側は持続可能な管理を進めるとともに、3億6000万ポンドの基金で沿岸地域と産業の成長を支援すると表明している。
なお、漁獲量の減少は水温とも密接に関連しており、海面水温が上昇すると低温を好むコッドとハドックの漁獲量が低下すると言われている。
生き残りをかける「良き友」
一連の暗いニュースで、「英国人の国民食の未来はどうなる?」と心配になってしまうところではあるが、業界全体で力を合わせ、悲観的な未来展望を払拭すべく奮闘を継続している。例えば、「フィッシュ・アンド・チップ・レストラン・オブ・ザ・イヤー」というコンテストがある。これはナショナル・フェデレーション・オブ・フィッシュ・フライヤーズ(NFFF)が中心となって主催するもので、毎年英国全土の最もおいしい店を決定するというフィッシュ・アンド・チップス界のアカデミー賞のようなもの。さらに「ヤング・フィッシュ・フライヤー・オブ・ザ・イヤー」も開催し、この業界への若い世代の積極的な参加を促している。
過去の受賞店によれば、受賞後は連日記念写真を撮りにやってくる客が絶えず、なかにはカナダからわざわざやって来た客までいたという。こうしたコンテストの開催は、フィッシュ・アンド・チップス業界を活性化させることに大きく貢献している。
また、NFFFが毎年発表している、英国フィッシュ・アンド・チップスのテイクアウェー店50選や、レストラン10選を参考にしたり、他の様々な機関やサイトが作成している独自のリストを比べて、複数のリストに登場する常連店から選んだりして、行き慣れている店以外の場所を実際に試してみるのも楽しい。昔ながらの良さを維持して長く支持されている店もあれば、従来のフィッシュ・アンド・チップス店とは異なるイメージで勝負をかけている店もあり、伝統と革新が共存する中で、生き残りの道を探る関係者たちを応援したくなる。
第二次世界大戦中、当時の首相チャーチルは、フィッシュ・アンド・チップスを「The good companions.(良き友)」と呼んだ。うれしい時には喜びを高め、悲しい時には慰めとなる―フィッシュ・アンド・チップスが「コンフォート・フード」として愛される理由がここにある。今日の夕飯は、フィッシュ・アンド・チップスで決まり!
基本はソルト・アンド・ビネガー! 陰の主役にもこだわりたい
■ フィッシュ・アンド・チップスといえばビネガー、つまり「酢」。地昧な存在ではあるものの、フィッシュ・アンド・チップス(とくにチップス)をビネガーで食べることにこだわりとプライドを持つ英国人は少なくない。ビネガーは陰の主役的存在とも言えそうだが、昨今、フィッシュ・アンド・チップス店で容器に入っているカラメル色の調味料がビネガーとは限らないという。
■ イングランドで伝統的に好まれてきたのは、醸造酢(モルトビネガーmalt vinegar)。脱穀、製粉された穀粒と砂糖を混ぜ合わせ、でんぷん質から糖に変化させ、それにイースト菌を混ぜ合わせ寝かすことにより、アルコールが醸造される。それをさらに寝かすと酢に変化していく。これをろ過すれば醸造酢が出来上がる。
■ スコットランドではモルトビネガーをさらに蒸留することにより、透明な蒸留酢(distilled white vinegar)を作り出す。スコットランドではこの蒸留酢をより好む人々がいる一方、エディンバラのように、ブラウンソースを酢の代わりに使用する、「salt 'n' sauce(ソルト・アンド・ソース)」派の人が45%を占める地域もある。
■ 近頃、グルテンフリーかつアルコールフリー、しかも比較的安価ということで、フィッシュ・アンド・チップス店で広く出回るようになっているのが、「non-brewed condiment(ノン・ブリュード・コンディメント)」=酢風調味料。これは水、酢酸、モルトビネガーに似せるためのカラメル色素、香料などを混合して作られる。発酵によらず製造されるため、「酢」と名乗ることが認められていない。
■ 余談だが英国で酢が作られるようになったのは意外と遅く、17世紀の中頃(酢の歴史は約7000年前にまでさかのぼると言われている)。英国を代表する老舗ブランドはサーソンズ(Sarson's)。このブランドは18世紀後半に誕生し、2012年より、日本のミツカン傘下となった。大手スーパーマーケットなどでも手頃な価格で手に入るので、米酢(ライス・ビネガー)派の人も一度試してみてほしい。
昔ながらのチッピー系vs「映え」を意識したオシャレ系
英国に1万軒余もあるというフィッシュ・アンド・チップス店。編集部独自のお薦め店を見つけ出すなど不可能に近い。新旧代表というわけではないが、複数のサイトやリストから独断で選んだ2店を掲載する。あくまで「参考」とお考えください。
フライヤーズ・ディライト

The Fryer's Delight
19 Theobalds Road, Holborn, London WC1X 8SL
https://thefryersdelight.co.uk
■ 「Chippyチッピー」とはフィッシュ・アンド・チップス店のことで、オックスフォード英語辞典にも掲載されている。愛情のこもった略称と言えそう。
■ 1958年にイタリア系兄弟が、カンペキなフィッシュ・アンド・チップスを目指してオープン。
■ 伝統を守り、今も揚げ油には「牛脂(ビーフ・ドリッピングBeef dripping)」を使用。注文が入ってから魚を揚げるため、混在時には少し時間がかかることもあり。

■ 店内で食べる場合、コッド+チップスで14.50ポンド。
■ 取材班の感想「確かに風味豊か。まったく油っぽくなく、チップスもマッシーピーズも含めて完食。レトロな雰囲気で、日本からの来客を連れて行くと喜ばれそう」
メイフェア・チッピー

The Mayfair Chippy
Mayfair店 14 North Audley Street, London W1K 6WE
Knightsbridge店138 Brompton Rd, London SW3 1HY
www.mayfairchippy.com
■ 2015年にメイフェア店、2024年にナイツブリッジ店がオープン。
■ 揚げ油にはナタネ油を使用。コッドの個体数減少が問題となっているのをうけ、現在はメニューからコッドを敢えてはずし、ハドックとヘイク(メルルーサ)を提供。
■ 店内で食べる場合、ハドック+チップスで26.50ポンド。
■ ハドック(またはヘイク)+チップスには、タルタルソース、マッシーピーズ、カレーソース(またはHPグレイヴィーソース)が含まれている。
■ 取材班の感想「内装も洗練されていて、盛り付け用の器なども含め、すべてインスタ映えすること間違いなし。ふっくらとした身のハドックはカラッと揚がって美味」
週刊ジャーニー No.1432(2026年2月19日)掲載


















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