クリスマス いまさらながらのプチ知識 後編

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

■いよいよクリスマスまで1週間ほど。今週末は最後の追い上げとばかりに、まだ完了していないプレゼント選びや、クリスマス休暇中の食料品などの買い出しに奔走する人も少なくないことだろう。大忙しの毎日の中、ほっと一息つきながら読んでいただきたい、クリスマスにまつわる雑学的な話を、先週号に続きお届けすることにしたい。

※宗教儀式については、主として英国国教会のものを基準として紹介する。

冬の祭りと融合したクリスマス

イエス・キリストの誕生日についての記述は聖書には見当たらず、12月25日と定められたのは、4世紀、ローマにおいてだったと前号でお伝えした。キリスト教を広めるにあたり、「ライバル」となったのは様々な土着信仰だった。当時のローマでは、冬至には太陽神ミトラを祝う「光の祭り」が行われていたが、これを否定すると反発や混乱が生じる。この「光の祭り」を取り込む形で、イエス・キリストの誕生日を冬至に近い12月25日にしたとされている。

ローマに限らず、ヨーロッパでは冬至を祝う冬の祭りが各地で行われていた。厳しい寒さの中、1年でもっとも1日が短くなる冬至を乗り切れば、道のりは遠くとも春へと向かって少しずつ近づいていく―冬の祭りは、暗く、気の滅入るような毎日を少しでも明るく生きるための力を与えてくれる、楽しみだったと考えられる。

英語に「Yuletide」(ユールタイド)という言葉がある。英国やスカンジナビアなどのゲルマン系諸民族が行ってきた冬の祭りのことを指していたが、キリスト教が定着する中でクリスマスと融合し、クリスマス時期を示ようになったとする説が有力だ。しかし、この融合はゆるやかに、そして、明確な記録のない中で進んだため、現在、「クリスマスの伝統」と伝えられるもののうち、キリスト教以前から行われていたものがどれほど含まれるかを特定するのは、きわめて困難だとされている。

ただ、ストーンヘンジ近隣で行われた発掘調査により、新石器時代(※)の人々がこの冬の時期に大規模な祝宴を開き、大量の豚肉や牛肉を食べていたことが明らかになったという。冬至に祝宴を催す文化は何千年も続いてきたことになる。

※新石器時代…場所によって文明の発達速度に違いがあるため異なるが、紀元前8000年ごろまでさかのぼることができる地域もある。

ただ、かつて冬の祝宴の席で供される肉は、エサ不足により越冬させることのできない家畜を屠ったもので、七面鳥がクリスマスの食卓にのぼるようになったのはずっと後、例えば英国では16世紀以降のことだった。このように、「伝統」と見なされていても、実はもとは異なっていたという場合もある。これ以外にも、イエス・キリストが紀元元年に生まれたとして、その誕生から2025年のあいだに、新しく加わり、やがて「伝統」となった習慣は多々あると考えられる。

クリスマスという宗教行事はこれからも少しずつ変化をとげていくことだろう。しかし、「感謝」「喜び」「希望」といったキーワードはこれからも変わらず引き継がれていくに違いない。

ロンドン中心部、リージェント・ストリートのイルミネーション。クリスマス後も点灯は続けられ、1月初旬まで、人々の目を楽しませてくれる。
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クリスマス・デーの過ごし方は?

● 地元の教会で、朝から行なわれるイエス・キリストの誕生を祝う礼拝(Service)に参列。戻ってくるとプレゼントを交換。ただし、子どもたちは待ちきれず、朝、起き抜けにプレゼントを開けることが多い(クリスマス・ツリーの下に置かれたプレゼントは、クリスマス当日まで開けてはいけない決まり)。

● クリスマス・ディナー(「正餐」の意味で、昼に食べるのが伝統)を楽しむ。まずはテーブルに置かれたクリスマス・クラッカーを鳴らす。クリスマス・クラッカーの中には紙でできた帽子や格言が書かれた紙などが入っており、二人がそれぞれの端を引っ張ると火薬がパンと弾け、中のおもちゃなどが飛び出す仕組み。午後3時からは恒例の国家元首(現在はチャールズ国王)のクリスマス・スピーチの放送をテレビで見る。食事のあとは、食べ過ぎを少しでも解消するために散歩に出かける人も。夜はテレビを見たり、ゲームをしたりと家でゆっくりと過ごす。

クリスマス・スピーチって?

● 1932年からクリスマスの恒例行事となっていた国家元首(国王または女王)のスピーチを、父ジョージ6世の死去に伴い、エリザベス2世が初めて行ったのは1952年のこと。1957年には初めてテレビで放送され=写真右、1960年からは生放送ではなく事前に収録されたものがラジオとテレビで放送されるようになった。国民への祝賀と、1年間に起こった出来事を振り返ってのコメントが盛り込まれるのが慣例。主としてバッキンガム宮殿、ウィンザー城、サンドリンガム宮殿で収録。

● 現国王のチャールズ3世は、2022年に初スピーチを経験。初回はウィンザー城内のセント・ジョージ・チャペル、以降、バッキンガム宮殿、ロンドンのフィッツロヴィア・チャペルと、毎回場所を変えて収録。

ミンス・パイは、ひき肉入り?

● 答えはバツ。

● ミンス・パイは典型的なクリスマスのデザートで、パイの中にはミンス・ミートと呼ばれるドライフルーツとスパイスをブランデーに漬け込んで作った甘いペーストが入っている。ミンス・ミートを作るときには鍋を時計周りに掻き回さなければならない(さもないと悪いことが起こる)とか、クリスマスから1月6日までの12夜に、毎日1個ずつ食べると新年に幸運が訪れるなど様々な言い伝えがある。

● ミンス・パイに詰めるミンス・ミートは、もともとは牛肉などのひき肉(mince=ミンス)を長持ちさせるためにドライフルーツやスパイスを混ぜ合わせ、脂肪で固めた保存食だった。昔はこの肉入りのミンス・ミートをパイの中に詰めていたのだが、時代とともに肉の分量が減っていき、現在ではミンス・ミートにはひき肉は全く入っていない。

クリスマス・ディナーのメニューは?

● プローン・カクテル、スモーク・サーモン、スープなどあまり手のこんでいないスターターが一般的。

● メインを飾るのがロースト・ターキー(七面鳥)。ターキーを丸ごと1羽オーブンに入れ、じっくり時間をかけて料理する。ターキーの中にはハーブやフルーツなどの詰め物をするのが一般的だ。付け合わせの、スタッフィング(ソーセージ・ミートにハーブなどを加えたもの)、ポテトやニンジン、パースニップ(白っぽい人参のような野菜)、ブラッセルスプラウト(芽キャベツ)などと一緒にグレイビーソースをたっぷりかけていただく。ブレッド・ソース(ミルクをベースに、パン粉などを加えて作るソース)やクランベリー・ジェリーを添える家庭もあり。

なぜターキーを食べるの?

● ターキーはもともとアメリカ原産の鳥で、英国には生息していなかった。コロンブスがアメリカ大陸を発見した後、多くの人々がアメリカに移り住んだが、新大陸で人々が食料として捕獲したのがターキーだったとされる。アメリカからもたらされたターキーはヨーロッパへ広がり、それまではガチョウ(goose)を食べていた英国でも徐々に一般的になっていった。アメリカで人々が感謝祭の供え物として野生のターキーを用いていたことも重なり、お祝いの日、すなわちクリスマスにご馳走であるターキーを食べる習慣が根付いたと言われている。

● 日本で七面鳥と呼ばれるのは、露出した頭部の肌が興奮すると赤、青、紫などに変化することに由来しているが、英語ではなぜターキーと呼ぶのだろうか? 実はターキーが伝わる以前に、アフリカからトルコ経由でホロホロ鳥(guineafowl)がヨーロッパにもたらされており、人々はそれを「トルコ鶏(Turkey Cockターキーコック)」と呼んでいた。その後、アメリカ大陸から別の鳥が家畜としてもたらされた際、ホロホロ鳥と似ていたため混同し、同じく「トルコの鳥(Turkey Cock)」と呼ぶようになり、この勘違いが現在の英語の「turkeyターキー」の由来となったという。ちなみにトルコでは、原産国にちなんで「ヒンディ(hindi=インドの)」と呼ぶ。コロンブスがアメリカ大陸をインドと勘違いしたことがもとになっていると考えられている。

クリスマス・プディングの楽しみ方は?

● 英国で「プディング」といえば、デザート全般のこと。クリスマス・プディングは英国の伝統的なデザート菓子で、それぞれの家庭には古くから伝わるレシピがあると言われている。ブランデーに付け込んだドライフルーツとスパイスをケーキ生地と混ぜあわせ、数時間蒸して出来上がり。蒸し上がったものは数日から数ヵ月かけて熟成させ、食べる直前に再び蒸し、ブランデーソースをかけて炎を灯したり、ダブル(またはシングル)クリームをかけたりして食べる。クリスマス・プディングには、作る時に生地に銀貨を混ぜておき、食べる時にそれが入った一切れを食べた人には幸運がやって来るという古い言い伝えがある。


クリスマス・ツリーを英国で飾り始めたのは?

ノルウエーのオスロ市より、1947年以降、毎年ロンドンに贈られるクリスマス・ツリー。今年もトラファルガー広場で点灯式が行われた。第二次世界大戦中、ナチスに占領されたノルウェーから国王と政府がロンドンに亡命。この時の支援への感謝の印という。

● キリスト教徒にとって、常緑樹は永遠の生命、そして春に生命がよみがえるという約束の象徴とされ、その季節に緑の葉をつけているもの=冬であればヒイラギやツタなどで、家や教会を飾るのが祝祭期の慣習となった。

● クリスマス・ツリーをイングランドに持ちこんだのは、ヴィクトリア女王の夫君アルバート公(ドイツ出身)で、1840年のことだったとする説が有名。しかし、実際には、ジョージ3世のドイツ出身の妻、シャーロット王妃が、1800年12月にウィンザーのクイーンズ・ロッジでツリーを飾ったのが最初。

クリスマス・ツリーは何の木?

● 定番は「モミの木」(Fir trees)。枝が柔軟で香りが強く、他の木に比べて葉も長持ちする。中でも、葉(needle)が落ちにくい「Nordman Fir」が人気。また、日本では「トウヒ」と呼ばれる「スプルース」(Spruce trees)を好む人もいる。これは枝が強く、重いオーナメントを飾りたい人におすすめだが、落葉が早いので注意が必要。さらに、スプルース同様、枝が強く、重いオーナメントを飾っても安定しているのが「松の木」(Pine trees)。いずれも乾燥が大敵なので、霧吹きで葉と切り株あたりに水をこまめに吹きかけるようにしたい。

● クリスマス・ツリーを飾るのは1月5日までというのが伝統だが、元日、あるいは1月6日に片付けるという人もいる。自治体によって回収の日が設定されていることが多いのでウェブサイトで要確認。

クリスマス・リースの起源は?

● リース(Wreaths)は、古代ローマで軍功などへの褒賞、勝者の冠として用いられていた。待降節(アドベント)にリースが飾られるようになったのは、16世紀で、ドイツのルター派が始めたという説が有力。「ウェルカムリング」とも呼ばれ、玄関の扉に掛けるリースが一般的になったのは19世紀になってから。

サンタクロースって誰?

● サンタクロース(Santa Claus)は、4世紀頃の小アジアの司教、セント・ニコラスをその起源とするのが定説。裕福だったセント・ニコラスは、自分のお金を貧しい人々へ分け与えたことで知られた慈善事業家だった。このセント・ニコラスの伝説がオランダやドイツに伝えられて広まり、オランダ語でセント・ニコラスを意味する「シンタクラウス」と呼ばれるうちに現在のサンタクロースという呼び名になったと言われている。

今のサンタクロースはアメリカ生まれ?

● 今ではすっかり定着している「赤い服に真っ白なひげを生やした小太りのおじいさん」というサンタの容貌は、実は1931年にコカ・コーラ社の広告によって作り出されたもの。広告アート担当のハッドン・サンドブロム氏は、同社の企業カラーの赤い色の服をサンタクロースに着せ、白い大きなひげをつけ加えた。サンドブロム氏が描いた人間味溢れるサンタクロースの姿は、コカ・コーラの広告を通してまたたくまに世界中の人々に知られるところとなった。

● 1920年代にフィンランドで「北極では食料が不足し、トナカイに餌を十分に与えられないため、サンタクロースはフィンランドのラップランドに引っ越しをした」という報道がなされて以後、世界中の子どもたちからフィンランドにサンタクロース宛の手紙が届くようになった。フィンランド政府はロヴァニエミ郊外にサンタクロース中央郵便局を設置。郵便局では世界中から届くサンタクロースへの手紙を扱っている。

ポインセチアとクリスマスの関係は?

● ポインセチア(Poinsettia)がクリスマスと結びついたのは、「赤(キリストの血)・緑・白(清らかさ)」のクリスマス・カラーを体現していること、苞(ほう=葉が変形したもの)の形がベツレヘムの星に似ていることなどが理由とされる。17世紀にメキシコの宣教師が祭事で使用し、やがて「La Flor de Nochebuena ( Flower of the Holy Night=聖夜の花)」と呼ばれるようになり、世界中に広まった。

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週刊ジャーニー No.1424(2025年12月18日)掲載