
●Survivor●取材・執筆/本誌編集部
食べるとほっとした気持ちになる、癒される、あるいは懐かしさを覚える食べ物は英語で「コンフォート・フード」と呼ばれる。
コンフォート=安らぎ、慰めということから日本語で「おふくろの味」「思い出の味」といった言葉に置き換えられることが多いものの、英国では家庭料理とは限らない。
間違いなく英国のコンフォート・フードのひとつにあげられるフィッシュ・アンド・チップスについて2号にわたってお届けしたい。
英国の3大コンフォート・フード
どの国にも、多くの国民に愛され、国民食と呼ばれる食事がある。ただ、「日本の国民食は?」と聞かれた場合、その答えに困るのではなかろうか。いまや国際的な知名度を得た寿司、天ぷら? 英国でも知られるようになった人気食というならカツカレーやトンコツラーメンもある。あるいは、白米に味噌汁? おにぎり? 蕎麦? うどん? などなど、回答にはばらつきが見られそうだ。ちなみに、AIにたずねたところ、3大国民食はカレーライス、ラーメン、寿司だという答えが返ってきた。食の豊かな日本で、カレーライスもラーメンも、もとは外国から入ってきた食事というのが興味深い。 一方の英国。「国民食は?」という質問の答えはかなりシンプルだ。オンライン・スーパーマーケット「オカド」が行った調査(複数回答可)によると、結果は次の通り。
- ① ロースト・ディナー 42%
- この場合の「ディナー」は1日のうちのメインの食事のことで、日曜日やクリスマス当日の昼食も含まれる。レストランやパブではロースト・ビーフがお決まりだが、家庭ではダック、ポーク、チキンのほか、クリスマスならターキーが定番。
- ② シェパーズ・パイ/コッテージ・パイ 35%
- 「パイ」とはいえ、家庭ではパイ生地は使わず、シェパーズ・パイならヒツジのひき肉、コッテージ・パイなら牛ひき肉と、粗みじん切りにした玉ねぎとニンジンのほか、グリーンピースやスイートコーンといった野菜を炒め、塩コショウ、ウスターソースやトマトペーストなど(様々なレシピがある)で味付けしたものを耐熱皿にしきつめ、その上にマッシュトポテトをぶ厚くのせてオーブンで焼くのが一般的。
- ③ フィッシュ・アンド・チップス30%
- これ以下はすべて20%を切り、バンガー・アンド・マッシュ(マッシュトポテトのうえにグリルした大き目のソーセージを2~3本ならべたもの。グレイヴィーソースをかけて食べる)=18%、フル・イングリッシュ・ブレックファスト=17%などが続く。
上位3つの食事のうち、家庭では調理しないのがフィッシュ・アンド・チップス。その意味では家庭料理とはいえないものの、安く、肩肘を張らず、どこででも食べることができるカジュアルさが支持され、英国の公共放送BBCもフィッシュ・アンド・チップスを「ナショナルディッシュ」(国民食)と形容しているほど。このような確固たる地位はどのようにして築き上げられたのだろうか。まずはその歴史を見てみたい。
産業革命の落し子的国民食
フィッシュ・アンド・チップス自体がいつ頃誕生したのかを正確に知る者はいないと言われているが、フライドフィッシュとフライドポテトは別々の時代に誕生したものと考えられている。
フライドポテトはフランスの発明と言われ、現在でもフレンチフライズという名称で世界中に親しまれているのはご承知の通りだ。フレンチフライズが英国に紹介されたのは18世紀頃と言われている。
ジャガイモは17世紀にアメリカ大陸探検から帰ったウォルター・ローリー卿がヨーロッパ大陸に持ち帰ったものとする説もあるが、16世紀に修道士によってペルーよりスペインに持ち込まれたという説のほうが有力とされている。いずれにせよ、英国にジャガイモが紹介されたのは他のヨーロッパ諸国より比較的遅かったようだ。そのジャガイモを揚げた料理の名称をフレンチフライズからチップスに変更したのは、英国人のプライドの高さ、あるいは、フランスへの対抗心だったとするのは考えすぎだろうか。
なお、余談ながらウォルター・ローリー卿はイングランドの冒険家(アメリカ大陸探検で知られる)であり、作家。エリザベス1世の寵愛を一身に受け、宮廷のみならず、イングランド政界において、もっとも影響力のある人物と見なされていた時期もある。当時のインフルエンサーとして名を馳せた。しかし、エリザベス1世の死後、南米のガイアナ遠征(スペインの支配下にあったガイアナをイングランドの支配下に置き、豊富な金資源を獲得しようとした)に失敗し、エリザベス1世の後継者であるジェームズ王の怒りにふれ、処刑された。
チップス以上に謎に包まれているのが、フライドフィッシュの起源だ。1839年にチャールズ・ディケンズが、著作「オリバー・ツイスト」の中で、フライドフィッシュ倉庫の存在に触れている。よって、この時にはすでにフライドフィッシュなる食べ物は存在していたことになる。
フライドフィッシュが一般の人々に親しまれるようになった理由については研究が進められ、次の3ポイントが大きな役割を果たしたと提唱されている。▼19世紀中頃の蒸気トロール船の発明、▼氷を利用した保存技術の発達(北海で獲れた魚を新鮮なまま英本土まで運搬できるようになった) 、▼英国国内の運搬技術の発達(鉄道網が発達し、英国全土に魚を迅速に運搬できるようになった)。
ここまで読んで、ピンときた読者の方も多いかもしれない。キーワードは「産業革命」だ。
産業革命以前の英国では、魚といえば一般の人々には高嶺の花。たとえ手に入ったとしても酢漬けか油漬けのニシン程度。未加工魚は上流階級の人々のためだけの贅沢品だった。しかし、漁業技術、保冷、輸送技術の急速な発達により、魚の価格は急落。1850年代までには、道端で売られるフライドフィッシュは一躍人気食となり、ロンドンだけで年間平均約1億2400万食が消費されるようになった。ちなみに当時、フライドフィッシュの材料となった魚は、主にプレイス(plaice) とソール(sole)だったという。
まさに、フライドフィッシュは産業革命の落し子的食品。フィッシュ・アンド・チップスは労働者の重要なエネルギー源となり、産業革命のさらなる発展に貢献したとさえ言われている。
ロンドンのフィッシュ・アンド・チップス店 最初に開いたのは?
■ ロンドン初のフィッシュ・アンド・チップス店を開いたのは、ユダヤ人のジョセフ・マーリン(Joseph Malin)氏だった。1860年代とされ、東ロンドンのボウ(Bow)にあるクリーヴランド・ウェイ( Cleveland Way)で営業をスタート。
■ 産業革命でロンドンには大量の働き手が流れ込み、低賃金で働く労働者たちは家賃の安い東ロンドンに集中。小さな1室に家族全員が暮らすのも珍しくなく、中には、その同じ部屋の中にさらに下宿人を入れて、下宿代を生活費の足しにするつわものさえいたという。調理スペースがない家庭も多く、 手頃な価格のフィッシュ・アンド・チップスが、またたくまに人気を得るようになったのも納得がいく。
■ ロンドン以外の工業地帯として急速に発展した北イングランドで、最初にフィッシュ・アンド・チップス店を開いたのはジョン・リーズ(John Lees)氏。1863年、マンチェスター郊外モスリー(Mossley)のトミーフィールド・マーケット(Tommyfield Market) に店舗をオープンした。
■ ロンドンで一番古いというわけではないが、今も現役の店として知られるのは、コヴェント・ガーデンから徒歩10分ほどの場所に店舗を構える「ロック&ソール・プレイスThe Rock & Sole Plaice」。店名が、「soul=魂」ではなく「sole(魚の種類)」、「place=場所」ではなく「plaice(これも魚の種類)」であるのが面白い。1871年創業で、155年間、ロンドンの中心部にあって、同じ住所で営業を続けているというのはあっぱれ!
The Rock & Sole Plaice
47 Endell Street, London WC2H 9AJ
Tel: 020 7836 3785 www.rockandsoleplaice.com

主役を食った脇役
フライドフィッシュとチップスがいつ頃から一緒に売られるようになったのかについても諸説ある。が、1863年にランカシャーで初めてフィッシュ・アンド・チップスという形態の食品が販売されたとする説が最も有力だとされている。当初、フライドフィッシュは一切れのパン(フィッシュ・アンド・ブレッドというべきか)とともに売られていた。価格は当時約1ペンス。その頃、一般労働者の賃金は週25シリング前後(ペンスに換算すると300ペンス)だったとされているので、その手頃さがきわだつ。ジャガイモは安く、しかも栄養価の高い食材で、労働者たちの主食のひとつであり、チップスが、やがてパンの替わりにフライドフィッシュの新たなるパートナーになったのもごく自然の成り行きだったと想像できる。
栄養価が高いジャガイモと、今までめったに口にすることができなかった魚を比較的安価で食べることができるとなれば、フィッシュ・アンド・チップスの人気が高まらないわけがない。しかし、すでにヴィクトリア朝時代初期の英国には、元祖国民食とも言える人気食が存在していた。ホットパイである。
これは現在のミートパイのようなもの。硬いパイ生地が器の替わりを果たし、携行食としても便利で、フォークやナイフを使わずに食べることのできる手軽さが受け、ロンドンなど都市の道端で売られていた。魚の価格が急落するまで、たんぱく源として重宝されていたのは食肉(ただし、新鮮な食肉は稀だった) だったため、ホットパイはフィッシュ・アンド・チップスより一足早く労働者の人気食になっていたのだ。
フィッシュ・アンド・チップスの急速な普及は、このホットパイの人気によるところが大きいとされている。当初はホットパイ・ショップがフィッシュ・アンド・チップスを併売しておりフィッシュ・アンド・チップスはメインメニューではなかった。しかし、食糧流通機構のさらなる発達により、ジャガイモ、油の価格も一段と安くなり、ますますフィッシュ・アンド・チップスの「バリュー・フォー・マネー」度は上昇していった。
結局、1914年頃までにはフィッシュ・アンド・チップスが都市労働者の一番の人気食となり、主役であったはずのホットパイは脇役的存在に追いやられてしまった。こうして、既存のホットパイ・ショップがフィッシュ・アンド・チップス・ショップに変わっていった例が多く、フィッシュ・アンド・チップス・ショップは一気に全国に広がっていった。フィッシュ・アンド・チップスの誕生さえ無かったら、英国の国民食はホットパイということになっていたかもしれない。今でも、フィッシュ・アンド・チップス・ショップではホットパイ(または中身を変えてフィッシュパイ) も販売しているところが少なくなく、歴史の移り変わりを実感することができる。
戦時にも大活躍
フィッシュ・アンド・チップスの栄養価の高さは国家の緊急時にも重宝がられた。第一次世界大戦時には兵士の主要食として活躍。ノーザン・デイリー・テレグラフ紙はフィッシュ・アンド・チップスを「英国の6ペニーの食事が世界大戦勝利を助けた」と称えている。
1930年代には戦いに備える英国国防義勇軍のキャンプ地内にフィッシュ・アンド・チップスのケータリング特別キャンプが設けられ、兵士の士気高揚に重要な役割を果たした。第二次世界大戦中には食糧大臣ウォールトン卿が「フィッシュ・アンド・チップスは配給制度対象外とする」と宣言。多くの食品は配給制度対象となり、手に入れることが難しくなったにもかかわらず、国民食フィッシュ・アンド・チップスは戦時中にも特別待遇を受けていた。
また、フィッシュ・アンド・チップスの老舗チェーン「ハリー・ラムズデンズ」の創業史上最大の注文は英国陸軍からのもので、一度の注文数が490食だったという記録が残っている。わずか100年足らずのあいだに、フィッシュ・アンド・チップスは国民食として確固たる地位を築いたのだった。
意外に敬虔深い英国人
安い、栄善価も高いというだけでフィッシュ・アンド・チップスが英国の国民食になったのかというと、一概にそうとも言えず、もうひとつ大きな要因があったと指摘されている。
カトリック・ミッショナリー・センターによれば、金曜日(キリストが処刑された曜日)には殺生を避けるため、動物の肉は食べないように戒めるキリスト教の伝統的な考え方があり、魚はその代用食としてキリスト教徒たちに広く受け入れられるようになっていったという。フィッシュ・アンド・チップスはキリスト教の訓えを守るための恰好の食品だったわけだ。
そのような古い伝統を今だに守っている家庭がどのくらいあるのかということに疑問を感じる人もいるかもしれない。しかし、英国国内で調理済みバタードフィッシュ(衣付きの魚)の約25%は金曜日に消贄されていることが調査で明らかになっている。さらに、イースターのフィッシュ・アンド・チップスの売り上げは、約40%もアップすることも報告されている。
「金曜日には肉を食べない」ことを実践している英国人は存外多く、フィッシュ・アンド・チップス人気を後押ししたのは、キリスト教だったといって過言ではなさそうだ。
かように、日々の暮らしの中で愛されている国民食のフィッシュ・アンド・チップスだが、暗い過去もある。他国との国際紛争の火種となってしまったのだ。あわや武力衝突という局面まで進んだこの緊迫した事態は、いかにして起こってしまったのか。次号では1958年の歴史的事件を含め、それ以降の歴史を中心にお送りする。
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フライドフィッシュにはこの魚!
■ ナショナル・フェデレーション・オブ・フィッシュ・フライヤーズの調査によれば、英国人の最も好きな魚はタラ科のコッド。当然のことながら、フライドフィッシュの一番人気の魚もコッドだ(cod)。それに続くのが同じタラ科のハドック、そしてプレイス(plaice=ツノガレイ)。スケイト(skate=ガンギエイ)やソール(sole=シタビラメまたは、シタガレイ)、タラ科のポラック(pollack)を選べる店も多い。稀にハリバット(halibut=オヒョウ)、ヘイク(hake=メルルーサ)やサメの一種であるドッグフィッシュ(dogfish=ツノザメ)、虹マス(rainbowtrout)もフライドフィッシュの材料になることがある。
■ もちろん、コッド、ハドックは全国区の人気魚だが、地域によっては、少々変わった魚にお目にかかることもできる。例えば、北アイルランドやスコットランドの一部ではホワイティング(whiting)というタラ科の魚もよく使用される。英国南部ではスケイトは人気魚のひとつで、ドッグフィッシュやサメの一種のハス(huss=トラザメ)を使用した店もしばしば見かけることができる。
■ ちなみに、ロックサーモン(rocksalmon=別名は単に「ロック」または「フレイク」)という名の魚がメニューにある店を見かけることがあるが、この魚はドッグフィッシュの一種。味はサバに似ている。100センチほどの大きさで、英国南部の海岸線の浅瀬にとくに多く生息しているため、南部ではお馴染みの魚。英国はこの魚の年間漁獲盪の多さでも有名。

コッド
コッドは水深約150~200メートルの部分に生息し、通常群れを成している。小魚などが主に餌となる。最大で約190センチにまで成長する大型魚。

ハドック
ハドックの習性はコッドと酷似しているが成魚で約112センチと、コッドより小型

プレイス
プレイスは平たい姿で日本でもお馴染みの魚。海流により分布地が変化するが、北海に多く見られる。オランダ沖の浅瀬部分に、大量のプレイスが生息している。
週刊ジャーニー No.1431(2026年2月12日)掲載


















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