JAPAN MATSURI
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ジャンヌ・ダルクが処刑された町 ルーアンを征く

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部

■ 13歳で神の声を聞き、17歳で剣を取ってフランス国内を駆け抜け、19歳で火刑台にのぼって命を燃やしたジャンヌ・ダルク。フランス王家とイングランド王家がフランス国王の座を争った百年戦争(1337〜1453年)で、フランスを勝利に導いた英雄であったにもかかわらず、「異端者」として火あぶりに処された。今回は、彼女が悲劇的な最期を迎えたフランス・ノルマンディー地方の古都、ルーアンを紹介したい。

1429年のフランスの領土支配図
1429年のフランスの領土支配図。イングランド軍(●色)、フランス軍(●色)、ブルゴーニュ公(●色)。イングランドとブルゴーニュは同盟を結び、フランス王家は追い詰められていた。

英仏海峡(English Channel)を挟んで向かい合う、フランスとイングランド。1066年にフランスのノルマンディー公爵ウィリアムがイングランドを征服して王位に就いて以降、海峡沿いのノルマンディーは両国をつなぐ重要な地域となった。フランスとイングランド王家は婚姻を重ねて血縁関係を深めていったが、その結果、王位継承をめぐる長い争い(百年戦争)を引き起こす要因になった。

ジャンヌ・ダルクは1412年1月6日、フランス北東部のドンレミ村で農家の娘として生まれた。ジャンヌが最初に神の声を聞いたのは13歳の夏で、「行いを良くし、熱心に教会へ通い、処女を守りなさい」といったものだったが、やがて「イングランド軍を駆逐し、ランスへ王太子(後のシャルル7世)を連れて行き戴冠させよ」という啓示に変わっていく。ちなみに当時は、王太子の姉の子であるイングランドのヘンリー6世が、まだ4~5歳の年齢でフランス王を兼ねていた(下参照)。

1428年、16歳で村を出たジャンヌは、領主とその従者とともに、シノンにいる王太子のもとへ向かう。長旅に備えて髪を短く切り落とし、身軽に動け、身の危険も避けられるよう男装をして少年の姿を装った。そして翌年に王太子との謁見を終えると、甲冑を身にまとってフランス軍に従軍。イングランド軍に包囲されていたオルレアンを解放し、ランスでフランス王シャルル7世の戴冠式を挙行した。このときジャンヌは17歳。故郷を発ってから、わずか7ヵ月という早業だった。

しかし、これが彼女のもっとも輝かしい日となった。その後も領土を取り返そうと進軍したものの苦しい状態が続き、1430年5月、ジャンヌは戦場で馬から引きずり降ろされ捕縛される。幽閉先の要塞から何度も脱獄しようと試みるも失敗し、移送されながら最後に送られた場所が、イングランド軍が支配するノルマンディーの中心都市、ルーアンだ。

ジャンヌがルーアンで過ごしたのは、1430年12月23日~翌31年5月30日までの5ヵ月間。裁判や異端審問のとき以外は、ルーアン城の塔に幽閉されていた。処刑当日の朝8時、多くの見物人でひしめくヴィユ・マルシェ広場に、イングランド兵に囲まれ、荷車に乗せられたジャンヌが到着。神から直接使命を与えられたと嘘の主張をしたこと、男装して性別を偽っていることなどを理由に、教会から異端とする判決が下され、火刑に処されたのだった。

ルーアンの町を歩いてみると、ノルマンディーの古都らしい古い木骨組みの家々が立ち並び、道は舗装されずに石畳のままで、おとぎ話に出てきそうな可愛らしい町だった。ノートルダム大聖堂とヴィユ・マルシェ広場を結ぶ大時計通り(Rue du Gros Horloge)が旧市街の中心だが、駅からジャンヌゆかりの場所をすべて歩いてまわることもできる。パリからの日帰りも可能なので、ぜひ訪れてみてほしい。

家系図
ルーアン城の一部で唯一当時のまま現存する塔
ルーアン城の一部で唯一当時のまま現存する塔
モネの連作でも知られる大聖堂
モネの連作でも知られる大聖堂
ヴィユ・マルシェ広場のジャンヌの火刑台跡に建つ十字架
ヴィユ・マルシェ広場のジャンヌの火刑台跡に建つ十字架
かつての市場で処刑場としても使用されていたヴィユ・マルシェ広場
かつての市場で処刑場としても使用されていたヴィユ・マルシェ広場
ルーアンの名物である大時計のアーチ
ルーアンの名物である大時計のアーチ

ルーアンMAP
ジャンヌ・ダルクの足跡をたどろう!

ルーアンMAP ジャンヌ・ダルクの足跡をたどろう!
1 Tour de la Pucelle/乙女の塔

ジャンヌが幽閉されていたルーアン城(右上図)の塔は現存しないが、跡地の建物には記念プラークが飾られている(102 Rue Jeanne d'Arc)。

2 Tour Jeanne d'Arc/ジャンヌ・ダルクの塔

かつてジャンヌが幽閉されていたと考えられていた塔(記事上部写真参照)だが、今は間違いであることが判明している。

3 Musée des Beaux-Arts de Rouen/ルーアン美術館

ジャンヌ関連の絵画や彫刻が展示されている部屋がある。入館無料なのが嬉しい。

4 Place du Vieux-Marché/ヴィユ・マルシェ広場

火刑台の横に近年建てられた、ジャンヌ・ダルク教会。聖書の場面を描き出したステンドグラスが美しい。入場無料。十字架の裏の草地に埋もれるようにして隠れている、処刑跡地の記念プラークを見逃さないように。

5 Cimetière Saint-Ouen/サン・トゥアン修道院の墓地跡

サン・トゥアン修道院の裏に広がっていた墓地で、ジャンヌは公開審問にかけられた。見せしめのように造られた火刑台を前に、神からの天啓を偽りと認めて悔い改めるように迫られ、疲れ果てていたジャンヌは宣誓書に署名してしまった。

6 Historial Jeanne d'Arc/ジャンヌ・ダルク歴史博物館

ジャンヌの激動の19年の生涯を、インタラクティブな映像と音声でたどることができる博物館。映像をすべて見ると、1時間30分ほどかかる。

7 Cathédrale Notre-Dame de Rouen/ノートルダム大聖堂(ルーアン大聖堂)

ノルマンディーで戦死した獅子心王と称される、イングランド王のリチャード1世の心臓が埋葬されている。ジャンヌの礼拝堂もある。

8 Pont Boieldieu/ボワルデュー橋

灰になるまで燃やされたジャンヌは、この橋からセーヌ河へ遺灰が撒かれた。記念プラークがある。

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Travel Information
※2026年9月22日現在

ルーアン/Rouen

https://en.visiterouen.com

【アクセス】
パリのサン・ラザール駅から高速列車(SNCF)で約1時間30分。
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