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◆◆◆《第939回》◆◆◆
秋季予算案

先月二十八日、ヒーリー財務相が秋季予算案を発表した。バーナム政権になってから初めての予算案であり、国内外から注目された。私はどのような新しい政策が出て来るかと期待したが、苦しい財政の中、借入債務が増加しないように配慮したせいで、堅実で意外性のない予算案になった。
唯一の目玉は国民に支給される百ポンドの補助金である。ヒーリー財務相は高騰するエネルギー費用の補助として、「一世帯当たり百ポンドを支給する」と宣言した。それは良いニュースだったが、よく聞くと支給されるのは「地方税(カウンシル・タックス)の住宅の評価がAからDまでの世帯」だけである。評価額がそれよりも高いEからHの世帯は対象外だ。
エネルギー費用の高騰に苦しんでいるのはどの世帯も同じである。しかも住宅の評価額が高い世帯は他の世帯よりも高い地方税を払っている。それなのに補助金の対象から除外するのはどういうことなのか。
財務相の説明によれば、百ポンドを支給されるのはイングランドで約二千万世帯とのことだ。むろんイングランド以外の地域でも同様の補助金が支給される。その総額は二十六億ポンドにのぼる。財務相はまた、ガスの基本料金を廃止することを明らかにした。これにより全世帯の六割が年間四十五ポンド節約出来るというが、大した額ではない。燃料税率の凍結も来年七月まで延長される。
テレビのニュースを見ると、国民は百ポンドの支給を一応歓迎しているが、不満の声も大きい。というのも、イギリスのエネルギー費用は来年、一世帯当たり四百ポンド(年間)も上昇すると予想されているからだ。「百ポンドでは焼け石に水」というのが国民の偽らざる心境だろう。その百ポンドも前述したように、全世帯が貰えるわけではないのだ。
一方で今回の予算案にはあちこちに増税が埋め込められている。たとえば貯金の利息収入に対する税金だ。現在は他の収入との兼ね合いで二〇%、四〇%、四五%の三段階に分かれているが、これが来年四月から二二%、四二%、四七%に引き上げられる。また利息が無税のキャッシュISAに預けられる金額が現行の二万ポンドから一万二千ポンド(年間)に引き下げられる(対象は六十五歳以下)。これも一種の増税といえよう。

銀行に多くの貯金をしている人たちは高齢者である。高齢者の年金はトリプルロックでがっちり守られている。どの政権にとってもこの制度を変えるのは至難の業だ。うかつに改変すれば高齢者層に恨まれ、政権の命取りになりかねない。利息収入の税率引き上げは、トリプルロックに手をつけない代わりの増税策という気がする。
ヒーリー財務相はまた来年、銀行の利益に対するサーチャージを現在の三%から六%に引き上げることを明らかにした。サーチャージは要するに銀行の利益に課す上乗せ税である。期間は十五ヵ月間に限定される。この措置による銀行界の負担は十五億ポンドと見込まれている。これは前述のエネルギー費用の補助金に充当される。ゲームセンターの最も一般的なスロットマシーンへの課税率も現行の二十%から二十五%に引き上げる。これらの引き上げ幅は事前の予想の範囲内に収まっており、大きな驚きはなかった。
秋季予算案に対する金融市場の反応はおだやかだった。大幅な借入債務の増加がなかったので、英国債はやや値上がりし、ポンド通貨の動きも堅調だった。しかし、マスコミからは早くも「小粒の政策ばかり並べた予算案だ」という批判の声があがっている。
バーナム首相は就任時に、「四十年にわたる新自由主義に終止符を打つ」と宣言した。秋季予算案が発表された後、テレビ番組でそのことを聞かれた首相は「中東情勢など外部の不安定要素に制約されて、必ずしも望み通りの予算案にはならなかった」と釈明した。
ヒーリー財務相はウクライナに百億ポンドの支援を行なうことも明らかにした。同時にイギリスの防衛予算を二〇三〇年までにGDPの三%に引き上げると言っている。一方、防衛予算を増やすために社会福祉の予算を削るのでないかと危惧する人たちも多く、デモ隊が国会前に押しかけている。
バーナム首相の十年計画と地方分権及び社会福祉の見直しがクリスマス前に公表される。その時に新政権の方向性が明確に見えて来る。予算の総額が限られる中、新政権の特徴をどう発揮するか、バーナム首相の手腕が試されるのはこれからだ。

週刊ジャーニー No.1469(2026年11月5日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
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