●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
■ ロンドン南西部、テムズ河沿いの北岸に広がるトゥイッケナム。17世紀に国王チャールズ1世がリッチモンド・パークを王室の狩猟場として以降、歴代君主や貴族に愛されてきたリッチモンドに対し、テムズ河を挟んで対岸に位置するトゥイッケナムは、そうした王侯貴族とも交流の深い文化人や芸術家たちが多く暮らす地域であった。今回は、同地がもっとも華やかだった18世紀に造られた、詩人・翻訳家のアレクサンダー・ポープ(Alexander Pope)の邸宅跡に残る「洞窟」を取り上げてみたい。
古代ギリシャの叙事詩「イーリアス」や「オデュッセイア」を翻訳したことで知られる、詩人で翻訳家のアレクサンダー・ポープ。これらの英訳本はすでに17世紀初めに刊行されていたが、「内容の直訳」であった前書とは異なり、ポープが出版したのは自身の詩的才能を活かした韻文形式の「意訳本」。上流階級の子息たちの間で、ヨーロッパ大陸へのグランド・ツアー(長期旅行)が大流行していた時勢もあって、ポープの翻訳本は高く評価された。
1688年にロンドンのリネン商人の息子として生まれたポープは、幼少期から様々な病気に悩まされてきた。とくに12歳頃から患った、脊椎に悪影響を与える病(結核の一種)のせいで背骨が湾曲し、成長を大きく阻害。成人しても、身長は140センチに満たなかったという。敬虔なカトリック教徒だったこともあって孤立しがちだった彼は、独学で黙々と勉学を修め、やがて18世紀を代表する詩人・翻訳家にのぼり詰めた。
「イーリアス」の翻訳で得た資金で、母親とともにトゥイッケナムに引っ越してきたのは1719年、ポープが31歳の時のこと。テムズ河沿いの土地を購入し、もともとあったコテージを取り壊して、新古典主義様式の白亜の邸宅を建造した。河に面した景観は理想通りに仕上がったものの、問題は道路(Cross Deep)に面した玄関側だった。ガーデンは道を挟んだ向かいにあったため、馬車の往来が激しい道路を横断しなければならず、高齢の母や体調に波のある自分には不安を伴うものだったのである。
そこで考えついたのが「地下道」だ。地下トンネルを掘り、自宅から直通でいつでも行けるようにしたのである。でも、ただの「坑道」のようなトンネルではつまらない――。そうして誕生したのが、古代ギリシャ・ローマ文学や神話の造詣が深かったポープらしい、彫刻や鉱石、水晶、貝殻、老木などで装飾された古典風の隠れ家的洞窟(グロット)だった。
地質学にも興味を持ったポープは、ブリストルやバース、コーンウォールに足を運び、様々な鉱山から鉱石や鍾乳石を持ち出した。噂を耳にした友人たちも協力し、エジプトやペルー、西インド諸島の遺物を提供したり、後に大英博物館設立のきっかけとなる収集家のハンス・スローン卿からは、北アイルランドのジャイアンツ・コーズウェーにある玄武岩を寄贈されたりもしている。
ポープス・グロット自体は、サッと見るだけなら10分もかからずに終わる小規模なものだ。ただ、じっくり見れば見るほど色々な発見があり、ぜひ入口付近にある「14の鉱物のチェックシート」を片手に、埋もれた「宝探し」を楽しんでいただきたい。スタッフもフレンドリーで、質問すればどんどん興味深い話を聞かせてくれる。
1720年から造営が始まった洞窟は年々手が加えられていき、1744年に彼が死去した時点(享年56)でも未完成だったという。しかし、ロンドン社交界に「洞窟ブーム」をもたらすほどに有名になった同宅には、ポープ亡き後も常に人だかりができ、辟易とした新たな入居者が家を建て替えてしまった。だが幸いなことに、洞窟だけは壊されずに残されている。
周辺には、ストロベリー・ヒル・ハウス、ハム・ハウス、マーブル・ヒル・ハウス、ターナーズ・ハウスなど、見どころが集まっている。ぜひ週末に訪れてみてはいかがだろうか。
当時は白亜の屋敷だった。

Travel Information ※2026年4月28日現在

Radnor House School
21 Cross Deep,
Twickenham TW1 4QG
https://popesgrotto.org.uk
【オープン時間】春~秋季の毎月2日程度(週末の午前中)
【料金】£10
※オンライン(www.ticketsource.com/popesgrotto?ref=website)での事前購入が必須
【最寄り駅】
ストロベリー・ヒル駅から徒歩10分
トゥイッケナム駅から徒歩15分
もうひとつの洞窟がある邸宅 マーブル・ヒル・ハウス


18世紀の「トゥイッケナム・ソサエティ」で中心人物の1人だったのが、「マーブル・ヒル・ハウス」の女主人、サフォーク伯爵夫人ヘンリエッタ・ハワードだ(1689~1767年)。国王ジョージ2世の愛妾でもあり、公妾として受け取った「手当」でトゥイッケナムの土地を購入、マーブル・ヒル・ハウスを建てた。
ウィットに富み、知性に溢れたヘンリエッタは、近所に住む詩人・翻訳家のアレクサンダー・ポープ、作家・政治家のホレス・ウォルポール(ストロベリー・ヒル・ハウスに居住)、ポープの自宅に頻繁に滞在していた作家のジョナサン・スウィフト(「ガリヴァー旅行記」の作者)らを招いて親しく交流し、「芸術家の理想郷(アルカディア)」をつくり上げた。
ポープより5年ほど遅い1724年に引っ越してきたヘンリエッタは、彼が造った洞窟の影響を受け、自邸のガーデンにも洞窟を建造したいと計画。ポープはその相談にものっていたという。とは言っても、ポープス・グロットのような複雑なものではなく、噴水を備えた小さな「ほら穴」のようなもので、期待して行くと物足りなく思うかもしれない。当時は2ヵ所あったが、現在は1ヵ所のみ、その姿を留めている。
マーブル・ヒル・ハウスは、なんと入場無料であることが嬉しい。ついでに訪れるには最適の場所と言える。

Travel Information ※2026年4月28日現在
Marble Hill House
Richmond Road, Twickenham TW1 2NL
www.english-heritage.org.uk/visit/places/marble-hill
【オープン時間】水~日曜 10:00~17:00
【料金】入場無料
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週刊ジャーニー No.1442(2026年4月30日)掲載


















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