野心家の公爵夫人が今も彷徨う ハムハウスを征く

■ リッチモンドのテムズ河沿いに建つ、17世紀の貴族の館「ハムハウス」。清教徒革命で処刑されたチャールズ1世と親しい王党派にもかかわらず、女傑エリザベスは持ち前の機転と野心で革命を乗り切り屋敷を守り抜いた。その想いの強さゆえか、彼女の死から320年以上経った今でも、その姿が多数目撃されている。今回は、このいわくつきの邸宅を紹介する。

●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部

テューダー朝の祖、ヘンリー7世が北ヨークシャーに所有していた領地の名にちなんで王宮「リッチモンド・パレス」(現存せず)を建造して以降、リッチモンドは歴代君主や貴族に愛されてきた。1637年にはチャールズ1世が「リッチモンド・パーク」を王室の狩猟場としたが、清教徒革命とイングランド内戦により彼が処刑されると、潮が引くようにリッチモンドから王侯貴族は逃げ出した。ハムハウスも差し押さえられたものの、議会派のオリバー・クロムウェルと「上手く」付き合って邸宅を奪還。水面下で連絡をとっていたチャールズ2世が1660年に即位して王政復古となった際には、同王をハムハウスに招くなど再び権力を振るったのが、ダイサート伯爵夫人エリザベス・マレーである。

ハムハウスは、チャールズ1世の幼馴染で「ウィッピング・ボーイ」(チャールズが悪いことをすると代わりに鞭で打たれる役目)だった初代ダイサート伯爵ウィリアム・マレーが、チャールズの即位時に贈呈された邸宅だ。男児に恵まれず、ウィリアム亡き後は4人姉妹の長女エリザベスが「伯爵位」と「ハムハウス」を相続し、屋敷の女主人となった。エリザベスは同じ王党派のトルマッシュ男爵と結婚、11人の子どもを出産するが(生存したのは5人)、そのうちの数人はクロムウェルが父親と言われている。また、夫の男爵は常に原因不明の体調不良に悩まされ、療養中だったフランスで死去。これはエリザベスが少しずつ毒を与えていたからだと考えられている。

夫の死後、彼女はすぐにローダーデイル公爵の愛人となり、やはり体調を崩しがちだった彼の妻が世を去ると、再婚して「公爵夫人」の座を手に入れた。ただ彼女には敵も多く、夫とチャールズ2世が亡くなった後はハムハウスで孤独な晩年を送っている。

さて、そんなエリザベスが豊富な資金をつぎ込み、改装を重ねたハムハウスだが、彼女の子孫(前夫の子どもたち)は「いわくつき」物件を好まず、屋敷は使われることがなかった。そのため、奇跡的にも当時の姿をほぼそのまま留めている。同時に家主の思いも強く残っているようで、幽霊の目撃談が絶えない。大階段を上り下りする靴音がしたり(階段で背中を押されたという人も!)、エリザベスの寝室では飾ってある自画像の目が動いたり、お気に入りだったバラの香りが漂ったり、鏡を覗き込めば彼女が後ろに映っていたり…。ハムハウスのスタッフは、エリザベスの機嫌を損ねないように今でも「Good afternoon, your ladyship.」と挨拶してから寝室に入るという。

そのほかにも、玄関扉が開くたびに浮気三昧の夫の迎えを待つエリザベスの妹がエントランスホールに現れる、侍女に求婚を断られて窓から飛び降りた従僕が館のまわりを徘徊する――等々。ナショナル・トラストの管理物件で最も幽霊が多いと言われる「ホーンテッドハウス」、夏の涼を感じられるかも?

ダイサート伯爵ウィリアム・マレーと娘のエリザベス。

The Great Hall/グレートホール

このエントランスホールの上にはかつてグレートダイニングルームがあり、王政復古になって即位したチャールズ2世を招いて祝賀晩餐会が開かれた。のちに天井(床)を壊してダイニングルームをなくし、広々とした吹き抜けのエントランスホールへと変えている。

The North Drawing Room/北の応接間

旧グレートダイニングルームから続く応接間。1660年にチャールズ2世を迎えた際には、夕食後にこの部屋でエリザベスと前夫の男爵が国王をもてなした。壁のタペストリーは、チャールズ1世が所有していたルネサンスの巨匠ラファエロの作品(現在はV&Aミュージアム所蔵)を模したもの。

The Green Closet/緑の私室

エリザベスの父、ウィリアム・マレーの私室。美術品の収集家として有名だったチャールズ1世の影響を受け、ウィリアムも多くの絵画を購入。そのコレクションの一端が飾られている。当時は、現在の照明がある位置にろうそくが立てられていた。

The Duchess's Bedchamber/公爵夫人の寝室

エリザベスの寝室。モダンな赤と黒のデザインのベッドが目を引く。噂の肖像画と鏡も飾られている。ここはかつて2番目の夫の寝室だったが、ローズのアロマ・マッサージにハマってしまったエリザベスは、自分の寝室よりもバスルームに近いとして寝室を交換させた。

Travel Information ※2021年8月9日現在

Ham House and Garden
Ham Street, Ham, Richmond, Surrey, TW10 7RS
Tel: 020 8940 1950
www.nationaltrust.org.uk/ham-house-and-garden
開館時間:ガーデン10:00~17:00
ハウス:12:00~16:00
入場料:£13(ナショナル・トラスト会員は無料)
最寄り駅:Richmond
アクセス:リッチモンド駅からバス371番(キングストン行き)に乗り、Ham Streetで下車(約15分)。そこから徒歩10分ほど。

週刊ジャーニー No.1201(2021年8月12日)掲載