
●征くシリーズ●取材・執筆・写真/本誌編集部
■ 精神分析学の創始者として知られる、精神分析医で心理学者のジークムント・フロイト。ナチスの迫害によりウィーンから亡命してきたフロイトが最後に暮らした家が、ロンドン北部の住宅街にある。今号では、フロイト・ミュージアムとして今年開館40周年を迎える同宅を征くことにしたい。
ジークムント・フロイトは1856年、オーストリア帝国モラヴィア地方のフライベルク(現・チェコ共和国)で、ユダヤ系の毛織物商人の息子として産声を上げた。彼が3歳のときに、一家はウィーンへ転居している。フロイトはウィーン大学で物理のほか、医学部の生理学研究所で両生類・無顎類の脊髄神経細胞の研究に没頭し、その熱意は脳科学への関心へと発展。やがて医師としての訓練を積みながら、「談話療法」による「精神分析学」を確立していくことになる。
賛否両論を巻き起こしながらも、ウィーンで精神分析の第一人者として活躍していたフロイトだったが、1932年に入ると反ユダヤ主義を推し進めるナチスによる迫害が激しくなり、親族や友人たちは次々と国外に亡命していった。フロイトの著作も禁書となるなど、命の危険と隣り合わせの生活を送るようになるが、心臓病と顎がんを患い体調が優れなかったフロイトは、人生の大半を過ごしたウィーンを離れることを拒み、出国を勧める家族の説得になかなか応じなかったという。
ところが1938年3月、ついにフロイト宅にゲシュタポ(秘密国家警察)が2度にわたって侵入し、末娘のアンナが拉致されてしまう。その夜のうちに釈放されたものの、これがきっかけでフロイトは亡命を決断。パリを経由して、同6月にロンドンに到着した。
地下鉄フィンチリー・ロード駅から徒歩7分。坂道をのぼった住宅街の中に、ウィーンから亡命してきたフロイトが暮らした家が当時のまま残っている。現在はミュージアムとして一般公開されている同宅は、翌1939年9月23日にフロイトが息を引き取った場所でもある。彼がここで暮らしたのはわずか1年間のことで、すでに階段をのぼる体力がなかったフロイトは、庭と1階でほぼ過ごしていた。
意外なことに、亡命に際してナチスは一家の家財道具の持ち出しを許可したため、ウィーンの自宅にあった家具や書籍、古美術の収集品などはすべて同宅に運び込まれている。自身の思想や著作に織り交ぜてきた古代文化への興味を反映するように、常に多くの古美術品に囲まれて仕事していたことが感じられる書斎は、一番の見どころだろう。父親が死去した後、古代遺物の収集により一層の情熱を注いだフロイトが集めた古代エジプト、ギリシャ、ローマなどの数々の遺物が至る所に飾られている。
フロイトは6人の子どもに恵まれたが、精神分析医としての血を色濃く受け継いだのは、ウィーンでゲシュタポに拉致された末娘のアンナだった。アンナは児童精神分析医として名を馳せ、第二次世界大戦中には、空襲で家を失った子どもたちのために、ハムステッドとエセックスに「戦時託児所(War Nurseries)」も設立している。フロイトの死後も、アンナは父の書斎を彼が存命中のときのままの状態で保存し、亡くなるまでこの家で暮らしている。そして父の生涯と業績を伝える博物館にするよう遺言を残し、1985年に世を去った。
同宅一帯は、ナチスの迫害から逃れてきた多くの豊かなユダヤ人家族の移住地だ。そうした歴史なども振り返りながら、ミュージアムを訪れてみては?

ジークムント・フロイトの孫 ルシアン・フロイド
20世紀の英国を代表する画家、ルシアン・フロイド(Lucian Freud/フロイドは英発音)は、精神分析医で心理学者ジークムント・フロイトの孫にあたる。フロイトは6人の子どもと8人の孫に恵まれたが、建築家になった息子アーネスト(第4子)を父親に持つのがルシアンである。
ルシアンは1922年、ドイツ・ベルリンで誕生。ナチズムの台頭から逃れるため、なかなかウィーンを離れなかった祖父フロイトよりも5年早い1933年、10歳のときに一家で英国へ移住。ロンドンのセント・ジョンズ・ウッドで暮らし始めた。
デッサンの才能に優れていたルシアンは、やがて画家として生計を立てるようになったが、内向的で神経質でもあった彼の作品は、家族や恋人、友人など身近な人物を描いた肖像画が中心で、抑えた色彩、不安が掻き立てられるような静謐さと不快なまでのリアリズムを特徴としている。モデルを見てじっくりデッサンを行い、対話しながらモデルの性質について心理的な洞察を繰り返した上で制作していたため、モデルとの信頼関係は必要不可欠。長いときには1年以上ほぼ毎晩ポーズをとらせたといい、祖父の血筋を感じさせる。
私生活では男女問わず多くの恋愛を経験し、2回結婚。最初の妻との間に2人の子ども、愛人との間に12人の子どもを授かった。2011年に病死した後、ハイゲート・セメタリーに埋葬されている(写真)。
1947年、テート・ブリテン蔵
ルシアン・フロイドの最初の妻、キティ・ガーマンの肖像画。ルシアンの度重なる浮気などにより、4年で結婚生活を終えた。
1995年、個人蔵
2008年にクリスティーズ(NY)のオークションで、当時存命中の画家の作品としては史上最高価格で落札された、ルシアン・フロイドによる巨漢の裸婦像。
ナショナル・ポートレート・ギャラリーで開催中
Lucian Freud: Drawing into Painting
5月4日(月)まで チケット:£23~
www.npg.org.uk
※上掲載の作品は展示されていません。
Travel Information ※2026年4月7日現在


フロイト・ミュージアム
20 Maresfield Gardens,
London NW3 5SX
www.freud.org.uk
【開館日】水~日曜:10:30~17:00
【入場料】£14.90
【最寄り駅】フィンチリー・ロード駅
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週刊ジャーニー No.1439(2026年4月9日)掲載


















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