●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

■1969~70年にかけてロンドン北部にあるハイゲート・セメタリーで、吸血鬼の目撃情報が相次いだ。
事態は「ヴァンパイア・ハンター」を名乗る2人の青年による「悪魔祓い対決」へと発展し、大規模な吸血鬼狩りが行われるまでになる。
ハロウィンを目前に控えた今回は、50年ほど前に起きたこの「騒動」を紹介する。

地下鉄アーチウェイ駅から徒歩15分の「ハイゲート・セメタリー」は、年間10万人近い来園者数を誇る人気の墓地である。墓地に対して「人気」という言葉を使うのは奇妙に思えるかもしれないが、「死は悲しむべきことではない。罪が許され、神のもとへ召される祝福である」というキリスト教の考えが背景にあるのか、豊かな緑に囲まれた静かな「死者の楽園」は、休日にのんびり散策する場所として足を運ぶ人も多い。とくに同所は「庭園墓地(ガーデン・セメタリー)」の呼び声が高く、1839年のオープン当初から観光客やピクニック客で賑わっていた。

今でこそ再び人気を取り戻しているが、20世紀に入り、すっかり廃れていた時代もあった。埋葬区画の飽和から新たな墓が建立できなくなり、人々の足が遠のいた結果、墓は生い茂る草木に埋もれて荒れ果て、財力や地位を示す豪華な霊廟は「墓荒らし」に遭い、破壊や落書きといったヴァンダリズムも横行。そうして荒廃の一途をたどる中で起きたのが、今回紹介する騒動である。

熱狂的なオカルトブーム

1960年代後半から70年代前半にかけて、世界中に広まった一大ブームのひとつが「オカルト」だ。日本でも1973年に『ノストラダムスの大予言』が出版され、心霊や超常現象、UFOや宇宙人の目撃、終末論などが大きな注目を集めた。英国もその例に漏れず、魔術やオカルトに傾倒する若者が続出。その中でも突出した「騒動」を起こすきっかけをつくったのが、ハイゲート在住のある青年だった。

1969年12月、当時20代前半だったデイヴィッド・ファラントは「墓地で背の高い黒い人影を見た」との噂を複数耳にする。墓地周辺で聞き込み調査を行うと、同じような目撃談が多数得られた。共通するのは「背の高い黒い人影」「目がギラギラ」「気温が急激に降下」したという点。興味をそそられたファラントは、真偽を確かめるために墓地で一晩過ごしてみることにした。

数日後、地元紙「ハムステッド&ハイゲート・エクスプレス」に彼の手記が掲載される。

「真夜中頃に、地面から少し浮いているように見える人影を目にしました。顔と思われる部分には2つの強い赤点が光り、辺りは冷蔵庫の中にいるかのように冷え込んでいきました。目覚めたいのに目覚められない鮮明な夢の中にいるような感覚に陥り、自分が強烈な精神攻撃を受けていることに気づいたのです。心の中で悪の力を撃退するための『呪文』を繰り返し唱え、なんとか難を逃れました。同じような経験をした人はいませんか?」

この記事は大きな反響を呼び、数々の「奇妙な存在」についての返信が寄せられた。そして、とくに熱意を持って接触してきたのが、超常現象に興味を持つもうひとりの地元青年、ショーン・マンチェスターだった。

マンチェスターは、「これは吸血鬼の仕業だ」と同紙に寄稿。ハイゲート・セメタリーにはかつて吸血鬼が埋葬され、これまで眠りについていたが、最近のオカルトブームに影響された悪魔崇拝者たちが墓地で儀式を行ったことから、邪悪な存在が再び目覚めてしまったのだと主張した。

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狂乱の吸血鬼狩り

ハムステッド&ハイゲート・エクスプレス紙は、ファラントとマンチェスターに繰り返しインタビューを行い、この「吸血鬼」の話を追った。同墓地では以前から、使用済みの黒いロウソクや逆五芒星のマークなど、悪魔崇拝の儀式の残骸と思われるものが発見されていたが、やがて喉を掻き切られたキツネの死体なども次々と見つかるようになる。

騒動の噂はロンドン中心部まで流れていき、それに目をつけたのがBBCとITVだった。両放送局が特別番組を組んだことで、「ハイゲート・ヴァンパイア事件」として一気に英国中に広まったのである。報道の過熱は、2人の青年たちの間に対立をもたらした。それぞれに派閥ができ、2人はヴァンパイア・ハンターやエクソシストを名乗って、吸血鬼を追い出すのは自分だと言い争うようになっていった。

事態がピークを迎えたのは、1970年3月13日(金)。不吉とされる「13日の金曜日」の夜に悪魔祓いを行うことをマンチェスターが宣言し、これをITVが墓地から生中継したのだ。マンチェスターは墓地の最奥にある建物「カタコンベ」(共同墓地)へ向かい、ロープを使って割れた天窓から建物内に降り立った(扉は施錠されていた)。そして空の棺を探しながら聖水とニンニクで悪魔払いを行い、周囲に塩をまき散らした。

ハイゲート・セメタリーの西区画にあるカタコンベの外観(写真左)と内部(同右)。両脇の壁には、今も遺体が収められた棺が並ぶ。マンチェスターはここで悪魔祓いの儀式を行った。ガイドツアーでのみ見学可能。

予想外なことは、この直後に起きる。番組終了後、吸血鬼を狩ろうと何百人ものヴァンパイア・ハンター志望者たちが、武器を携えて墓地に集結したのである。彼らは警官を振り切り、ゲートや壁を乗り越えて墓地に侵入、吸血鬼を探し回った。

黒焦げの首なし遺体

それから4ヵ月以上が過ぎた8月、墓地で棺から引きずり出されたと思われる女性の遺体が、首を切断されて黒焦げの状態で発見される。黒魔術の儀式に使われたのではないかと警察は考え、警戒を強める中で逮捕されたのは、なんとファラントであった。彼は深夜に十字架と木の杭を持って、墓地に隣接する教会へ侵入したところで警察に逮捕されたが、女性の遺体損壊については強く否定。「吸血鬼の正体を確かめるために霊媒師と儀式を行ったが、生贄などは捧げていない」と訴え、のちに釈放されている。

一方、マンチェスターは霊能者の助力によって、悪魔崇拝者がカタコンベから別の納骨堂へ密かに移したとみられる「不気味な黒い棺」を墓地で発見。棺を開けると、顔に多くのシワが刻まれ唇が引きつった、想像を絶するような残酷で邪悪な容貌の男が寝ていたという。彼は仲間たちと「吸血鬼を滅ぼしたので安心してほしい」と発信し、住民たちに安堵のため息をもたらした。

マンチェスターに見事してやられたファラントだが、両者の確執はその後も続いた。1973年4月13日(金)には、2人が墓地の近くに広がるハムステッド・ヒースの草地で「魔術対決」をするとの噂が出回ったものの、結局実現しなかった。そして翌1974年には、吸血鬼消滅を信じていなかったファラントが墓地で黒魔術の儀式を行い、墓石や遺骨を破壊したとして再び逮捕されている。

ハイゲート・セメタリーのガイドツアーに参加すると、必ずこのハイゲート・ヴァンパイア事件について言及される。「馬鹿げた騒動」として語られるが、マンチェスターは英国国教会の司教となり、今も現役のエクソシストとして活動。ハイゲート・セメタリーの吸血鬼を倒した後、さらに数十人の吸血鬼を滅ぼしたと主張している。

吸血鬼は本当にいたのか?――信じるか信じないかは、あなた次第。


ブラム・ストーカーが書いた「吸血鬼ドラキュラ」とは?

吸血鬼の前身と考えられるような悪魔や精霊が登場する物語は、古代から存在していたものの、現在知られている吸血鬼像が広まったのは、英作家・医師のジョン・ポリドリが発表した怪奇小説「吸血鬼(The Vampyre)」(1819年)が起源。その後、多くの小説家たちが吸血鬼をテーマにした作品を生み出したが、その頂点を極めたのは、1897年に出版された英作家ブラム・ストーカー(写真下)の「吸血鬼ドラキュラ(Dracula)」だった。

ドラキュラとは、ルーマニア・トランシルヴァニア地方の貴族で不死の吸血鬼、ドラキュラ伯爵のこと。英国へ渡って来たドラキュラ伯爵に襲われた女性が、殺されて「吸血鬼化」してしまい、彼女の恋人や親友たちが仇を討とうと伯爵に立ち向かう物語。博識なオランダ人学者エイブラハム・ヴァン・ヘルシング教授の協力を得て、吸血鬼討伐を成し遂げるストーリーとなっている。

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映画「ファンタビ2」のロケ地ハイゲート・セメタリーを散策しよう!

ハイゲート・セメタリーは、1839年にオープンした西区画(West Cemetery)と、1860年に拡張された東区画(East Cemetery)の2つのエリアに分かれているが(地図参照)、人気が高く、見どころが多いのは西区画。とくに古代遺跡のような入口を通り抜けた先に現れる、レバノン杉の木を中心に霊廟がずらりと円形に配置された「サークル・オブ・レバノン」(写真上)は、数々の映画やTVドラマのロケ地になっている。

最近では、映画「ファンタスティック・ビースト」シリーズの2作目、「黒い魔法使いの誕生(Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwald)」(2018年)の中で、レストレンジ家の墓があるフランスのペール・ラシェーズ墓地として登場。主人公のニュートとグリンデルバルドたちが、派手な魔法決戦を行った。

東区画の見どころは、このドイツの経済学者・哲学者カール・マルクスの墓。彼の顔を模した度肝を抜く大きさの墓碑は、異様な存在感を放つ。

Highgate Cemetery
Swain's Lane, London N6 6PJ
https://highgatecemetery.org

入場料金:
【西/東区画・共通】£10
【西/東区画・共通+西区画ガイドツアー】£18
【東区画のみ】£6 
 ※2024年11月から£7
【東区画ガイドツアー】£14 
 ※2024年11月から£15


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週刊ジャーニー No.1364(2024年10月17日)掲載