■ 隣接する国会議事堂、聖マーガレット教会とともに世界遺産に登録されている、ウェストミンスター寺院。1066年にイングランドを征服したウィリアム1世が戴冠式を行って以来、現在のエリザベス女王に至るまで歴代の国王・女王が同所で頭上に王冠を戴いてきた。また、17世紀までの君主の多くが眠る「王家の墓所」でもあり、今でも王族の葬儀や結婚式が行われている。今号では、ロンドンの代表的な観光名所のひとつを改めて紹介する。
●征くシリーズ●取材・執筆/本誌編集部
ウェストミンスター寺院の起源は、1000年近く前までさかのぼる。
敬虔なキリスト教徒であったアングロサクソン系の最後の王エドワード懺悔王が、僧院跡に「東の大聖堂(east-minster)」のセントポール大聖堂に対する「西の大聖堂(west-minster)」として修道院を建設。1065年に死去した後、同所に埋葬された。翌年に王位を主張してフランスのノルマンディーから上陸したウィリアム1世(征服王)は、前王が眠るウェストミンスター寺院で戴冠式を行い、イングランド王として即位。以降、38人の英君主が同地で戴冠しており、記念すべき40人目はチャールズ皇太子と考えられている。ちなみに、幽閉中のロンドン塔で暗殺されたと伝えられる少年王エドワード5世と、「王冠を賭けた恋」で有名なエドワード8世は戴冠式を行っていないため、これに含まれていない。
懺悔王の死から約200年が経ち、聖人に列せられた故人を深く信仰していたヘンリー3世は、かの王の隣で永遠の眠りにつきたいとウェストミンスター寺院を大改築。現在の姿の基礎を築いた。このヘンリー3世に倣い、懺悔王のそばに埋葬されることを望んだ国王らの棺が並んでいるのが、寺院の中心部「エドワード懺悔王の廟」にあたる場所だ。
さらに、テューダー朝の祖ヘンリー7世が、同家専用のチャペル(礼拝堂)を増設。ここにはテューダー朝とステュアート朝の君主や早逝した王子・王女など、20名以上が埋葬されている。余談だが、テューダー朝の君主で同チャペルにいないのはヘンリー8世のみ。離婚のために英国国教会を樹立し、カトリック系修道院の解散令を発布したヘンリー8世は、ウェストミンスター寺院への埋葬を許されなかった。
寺院の地下には3300人以上の王侯貴族、そしてニュートンやダーウィン、ディケンズといった偉人たちの棺が安置されており、空きスペースはほとんどない。最近では、2018年に理論物理学者のスティーブン・ホーキング博士が新たに加わったものの、王族ではジョージ2世が1760年に埋葬されたのを最後に、ウィンザー城の聖ジョージ・チャペルが終の棲家になっている。とはいえ、今でも同所では王室の重要な行事が開かれ、ダイアナ元妃やエリザベス皇太后の葬儀、エリザベス女王やウィリアム王子夫妻の結婚式も執り行われている。
また、エリザベス女王の即位60年を記念し、2018年にオープンした「クイーンズ・ダイヤモンド・ジュビリー・ギャラリー」にも、ぜひ足を運んでいただきたい。2階のギャラリーから寺院全体を見下ろすことができる上に、必見の逸品も多い。ウィリアム3世と共同統治を行ったメアリー2世のためだけにつくられた「戴冠の椅子」、葬儀で飾る故人に似せた彫像(funeral effigy)など。卵巣腫瘍で亡くなったとされる腹部が大きく膨らんだメアリー1世の葬儀像や、デスマスクをもとに制作された非常にリアルなヘンリー7世の頭部など、興味深い遺物が並ぶ。
今回取材先にウェストミンスター寺院を選んだ理由のひとつが、「写真撮影OK」となったこと。昨年から続くロックダウンで、観光名所が頭を悩ませたのが入場者数の激減。歴史ある古い建物はメンテナンスに多大な資金を要し、そうした中で考え出されたのが「SNSによる集客力」だ。教会側にとっては苦肉の策かもしれないが、観光客にとっては嬉しい変化と言えるだろう。歴史好きにはたまらない、王家の「お墓参り」に行ってみては?
【15~17世紀の君主の墓所】
The Henry VII's Lady Chapel ヘンリー7世チャペル
❶ ヘンリー7世夫妻
ヘンリー8世の両親で、テューダー朝の創始者。1503年に自らの墓所として増築したチャペル内、聖母子像が飾られた祭壇の後方にある鉄柵の中に、モニュメントが設置されている。
❷ エドワード5世兄弟(中央奥)
1483年頃にロンドン塔で暗殺されたと言われる、12歳と10歳のエドワード5世兄弟。1674年に彼らと思われる遺骨が発見され埋葬された。手前の2つはジェームズ1世の早逝した娘たち。
❸ エドワード6世
ヘンリー8世と3番目の妻ジェーン・シーモアの息子。7歳で即位し、未婚のまま15歳で死去。正確な埋葬場所はこの墓碑の位置とずれており、祭壇とヘンリー7世の墓の間あたり。
❹ エリザベス1世(写真左)/メアリー1世
ヘンリー8世の娘で、異母姉妹にあたるメアリーとエリザベス。メアリー1世は同所に、エリザベス1世はヘンリー7世の近くに埋葬されたが、1606年にジェームズ1世がエリザベスの棺をメアリーの棺の上に置くよう指示し、華やかな墓碑のモニュメント(写真右)も制作させた。
❺ メアリー・ステュアート
イングランド王位を求めてエリザベス1世の暗殺を計画し、処刑されたスコットランド女王。ピーターバラ大聖堂に埋葬されていたが、息子のジェームズ1世によりウェストミンスター寺院へ移送された。
【11~15世紀の君主の墓所】
The Shrine of St. Edward the Confessor エドワード懺悔王の廟
❻ エドワード懺悔王夫妻
懺悔王が祀られた、ウェストミンスター寺院の中心部である聖域。懺悔王を取り巻くように、王や王妃の棺が並ぶ。聖人となった懺悔王の助力により、天に昇ることができると考えていた。毎週火曜の朝8時から開かれるミサでのみ、この廟内に立ち入ることができる。
❼ エドワード3世(奥)
❽ リチャード2世夫妻(手前)
外側から廟を見ると、周囲よりも一段高くなっているのがわかる。
❾ チャールズ・ディケンズ(写真左)
1400年にチョーサーが埋葬されて以降、詩人・作家・芸術家が眠る「詩人のコーナー」。写真のようにディケンズ、キプリング、ハーディが並んで眠っていると思うと興味深い。
❿ 主祭壇
ウェストミンスター寺院で最も神聖で重要な場所。床の中央に描かれた円の上に、「戴冠の椅子」が置かれる。君主しかこの円に触れることはできない。
⓫ アイザック・ニュートン
力学の確立や微積分法を発見したニュートンの墓碑のモニュメントがある一帯は、物理学者が多く埋葬されている。
⓬ The Coronation Chair/戴冠の椅子
戴冠式で君主が座る椅子。1308年のエドワード2世の即位以降、すべての戴冠式でこの椅子が使われている。座面の下の部分には、スコットランド王が戴冠時に使ったとされる「運命の石」がはめ込まれていたが、1996年に返還。今はエディンバラ城に展示されている。
Travel Information ※2021年8月23日現在
Westminster Abbey
20 Dean’s Yard, London SW1P 3PA
Tel: 020 7222 5152
www.westminster-abbey.org
開館時間: 月・火・木・金曜10:00~14:00
水曜16:00~19:00
土曜9:00~13:00
入場料: £18(オンラインでの事前購入)
※The Queen's Diamond Jubilee Galleriesへの入場は£5
(オンラインのほか、当日にギャラリー入口での購入も可)
最寄り駅: Westminster
週刊ジャーニー No.1203(2021年8月26日)掲載