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■ 第104話 ■快楽王、放蕩王、最低王、誕生

▼勤勉、実直、妻一筋という王様は素晴らしいんだろうけど歴史上の人物としては影が薄くなる。話題性で言えばハノーヴァー朝ジョージ4世は群を抜く。父王ジョージ3世が長生きだったため、在位短く、晩年は超メタボで病に侵され、ヤク漬けでほぼ役立たず。ただ、この王の皇太子と摂政(リージェント)時代は激ヤバい。子孫のアンドリュー王子が過去の性的暴行疑惑で窮地に追い込まれているけど、ジョージ4世の破壊力と比べたら象のフンとノミの鼻クソくらいサイズ感が異なる。

▼皇太子ジョージは英語の他に独仏伊語を理解した。博学で芸術や建築に興味を抱き、ファッションセンスもあった。褒めるとこ、以上。少年時代から酒と博打と女に溺れ、金を湯水のように使った。議会と父王から毎年莫大な補助金や年金(現在の価値で20億円くらい)をもらっていたが趣味や遊興に気前よく使い過ぎ全然足りなかった。21歳の時、カールトンハウスという大邸宅を与えられた。同年、6歳年上で2度未亡人となっていたカトリック教徒の女性と恋に落ちた。当時、絶対に王妃になれない履歴の女性だった。しかし2人は王に内緒でこっそり結婚した。その後も皇太子の借金は増え続け、負債額は現在の価値で30億円を超えた。「パパ~、何とかして~ん」と擦り寄ったが父王は「だめ~」と拒絶。以降2人は敵対した。見かねた議会が救済の手を差し伸べ、莫大な借金を清算した。しかし皇太子の浪費は止まらない。1795年、33歳の頃には新たに作った借金が100億円を超えた。父王は「ドイツの有力貴族の娘キャロラインと結婚するなら借金を肩代わりしてやる」と言って無理やり二人を結婚させた。翌年娘が誕生したが、夫婦の相性は最悪で結婚から1年で別居。王妃キャロラインは大陸に避難した。お互いすぐに愛人を囲った。フランクフルトからロスチャイルド家3男のネイサンがイングランドに到着したのはちょうどこの頃だ。

パーシバル
パーシバル暗殺の瞬間ですが、何か?

▼1811年、父王ジョージ3世の心の病が悪化した。議会は皇太子を摂政とすることに渋々同意した。摂政になってもジョージの放蕩ぶりは続いた。時の首相スペンサー・パーシバルに「補助金、もっと寄こせよ~」と迫った。高潔な弁護士上がりの首相はこれを拒否し続けた。ジョージはパーシバルを憎んだ。一方、ナポレオン戦争の最中、密貿易で莫大な富を築いたネイサン。ヨーロッパが戦争している隙にアメリカが領土拡大を企んでいることを察知。パーシバルに「アメリカに軍を送るべし」と迫った。大陸での戦争に忙しい首相は「アメリカに割ける兵はない」と拒絶しネイサンを失望させた。1812年5月11日夕刻、パーシバルは国会議事堂内庶民院ロビーで至近距離から胸を撃たれて即死した。死に際の言葉は「murder(殺人だ)」だった。パーシバルは英国史上唯一、現役で暗殺された首相となった。犯人はその場で捕まり、精神異常者とされサクッと処刑された。パーシバル暗殺の翌月、ネイサンが望んだとおり英米戦争が勃発した。暗殺の黒幕を知ろうとするのはタブー。

▼1820年、ジョージ3世崩御。摂政ジョージが即位し後に快楽王、放蕩王、最低王と酷評されるジョージ4世が誕生。戴冠式参加のため急ぎロンドンに戻ったキャロライン王妃は戴冠式会場から締め出され、2週間後、ハマースミスで急死した。最後の言葉は「毒を盛られた」。死の真相は誰も知らない。深い闇に震えながら次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1224(2022年1月27日)掲載

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