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■ 第281話 ■あたくしが辿り着いた幕末明治 

▶不凍港獲得はロシアの悲願。クリミア半島を手に入れたがオスマン帝国内の海峡を通らないとロシア艦隊は外洋に出られない。植民地インドへの最短ルート「スエズ運河」死守のためイギリスはこれを妨害。バルカン半島に港を持とうとする動きもイギリスが封じた。そこでロシアは中央アジアに視線を移した。アフガニスタンはインドの隣。宝物の「インド」が危ない。イギリスは先手を打ってアフガニスタンに侵攻し緩衝地とした。中央アジアを巡る英露の駆け引きはチェスになぞらえて「グレートゲーム」と呼ばれた。そして日本は図らずもこのゲームに引きずり込まれた。それどころかこの陣取りゲームの幕引きという大役を担わされることになる。

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▶バルカン半島もダメ、黒海もダメ、アフガニスタンもダメ。「グレートゲーム」でダメ3連発を食らったロシアは標的を東アジアに変えた。イギリスはロシアの動きを察知して手を打とうとした。しかし植民地を広げ過ぎていたイギリスは東アジアまで手が回らない。そんな時、ペリーが日本と和親を結んだ。イギリスも慌てて日本に向かった。しばらくして島津の大名行列にイギリス人商人が惨殺された。生麦事件だ。報復を理由にイギリスは薩摩に軍艦を送って鹿児島城下を火の海にしたが返り討ちにあった。イギリスの傍若無人ぶりを嫌悪した幕府はフランスに接近。一方、薩摩と和解したイギリスは薩摩と長州を同盟させ、倒幕に向かわせた。

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▶日本のレジームチェンジ(体制転換)に成功するとイギリスは明治政府に海軍拡張を急がせた。英海軍コピー版の力を試す機会が訪れた。日清戦争だ。日本は圧勝したがロシアが「遼東半島を清に返せ」と要求。日本は三国干渉に屈した。ロシアは賠償金立て替えと遼東半島奪還の見返りに清から遼東半島を略奪した。日本はブチ切れた。1901年、シベリア鉄道が完成した。さらにロシアは清と「露清密約」を締結。ロシアか清、いずれかが日本と戦争を始めたら互いに兵を出す。ロシアが清国内の港を自由に使えるというロシアに都合のいい内容。ロシアが南下を始める条件が整いつつあった。しかしイギリスは南アフリカで展開中のボーア戦争が長期化して動けない。「グレートゲーム」敗北の危機。遂に「光栄ある孤立」を棄てて日英同盟を結び、日本にロシア南下の阻止を託した。日本は期待以上の働きをしてロシアを粉砕した。


▶日本がロシアを破った2年後の1907年、イギリスは弱ったロシアに接近し、ちゃっかり「英露協定」を結んだ。台頭して来た共通の敵ドイツ包囲のためだ。日本はイギリスに不信感を抱いた。こうして1813年から始まった「グレートゲーム」の第一章が終了した。日本はチェスの駒にされ、莫大なコストを払ってロシアを撃退。「グレートゲーム」に終止符を打つ大仕事をさせられた。イギリスは日本を称賛した。同時に強国日本に対する警戒心が芽生えた。やがてロシアが再びバルカン半島に照準を合わせたことで世界は「グレートゲーム」の第二章、第一次世界大戦へと突入してゆく。これが数年かけて辿り着いたあたくしの結論。ペリー来航以来のドタバタを経て日清、日露戦争に向かった「日本変質」の謎が氷解する。しかしこの説が正しければ、イギリスがちょっと嫌いになっちゃうよってな辺りで次号に続く。チャンネルはそのままだ。

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週刊ジャーニー No.1403(2025年7月24日)掲載

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