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■ 第283話 ■助けてくれた恩人なのに  

▶幕末明治で知ったかぶりしたと思ったら次は中東方面だ。2023年10月7日、ハマスがイスラエル領域内に攻撃を仕掛け、パレスチナ・イスラエル戦争が始まった。あと出しジャンケンだから何とでも言えるけどこの時、最終的にイスラエルがイランに戦争を仕掛ける気がしていた。なぜか。イスラエルにとってイランは中東最大の敵。そのイランの核兵器が完成に近づいているという噂があった。核兵器が出来上がったらイスラエルが直面する脅威は顔面蒼白レベル。イスラエルはどうしてもイランの核開発を阻止したい。一体イスラエルとイランはなぜこれほどまでにお互いを憎み、敵視するようになったのか。いつものように浅~く掘ってみる。

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▶筆者知る限り、イラン(ペルシャ)とイスラエル(ユダヤ)が同時に歴史に登場するのは2600年前のこと。「お前にカナンの地(パレスチナ)」を与えよう」と神様から約束されたユダヤ人の祖アブラハムが旅に出てから数百年後の紀元前11世紀終わり頃、アブラハムの子孫たちはようやくパレスチナに辿り着いた。ダビデの息子、3代目のソロモン王がエルサレムに立派な神殿を作った。そのソロモンが死ぬと北部にいた10部族がイスラエル王国として独立。取り残されたユダ族とベニヤミン族の2部族は南部にユダ王国を建国した。紀元前922年のこと。それから200年後、北のイスラエル王国はアッシリアによって滅ぼされた。これが「失われた10部族」。ユダ王国は生き延びたが紀元前586年、ネブカドネザル2世率いる新バビロニアによって滅ぼされ、ソロモンが建てた神殿も破壊された。

バビロン捕囚の様子
バビロン捕囚の様子ですが、何か? 

▶この時、ユダの民の7割ほどが殺害された。生き残った人たちも捕らえられて首都バビロンに連行された。「バビロン捕囚」だ。50年後、今度は新バビロニアがアケメネス朝ペルシャによって滅ぼされた。ペルシャの王様はキュロス2世と言った。とても寛大な王様で捕らえられていたユダの民たちに「国に帰んなさい。そして神殿を再建して拝みなさい」と告げて解放した。優しい。ネブカドネザル2世がユダ王国の人々を一人残らず殺すか、キュロス2世がユダの捕虜をそのままペルシャに留めておいたら今日、ユダヤ教も中東問題もなかったかもしれない。ユダの人々はエルサレムに戻り神殿を再建した。これが「嘆きの壁」の第2神殿。彼らはバビロン捕囚で味わった民族的苦痛の体験を後世に伝えるために様々なことを書き留めた。ユダヤ教の始まりだ。12あった部族はユダ族だけとなった。以降、彼らはユダヤ人と呼ばれるようになった。


▶生き残ったユダヤ王国だったがアレクサンダー大王の東方遠征により征服され、その後はローマ帝国の属州となった。それも束の間、西暦66年には独立を目指してローマと戦い、これに敗北するとユダヤ人はパレスチナから追放され、離散(ディアスポラ)した。この日から1948年にイスラエルが建国されるまで約1900年にも及ぶ流浪と迫害の日々が始まる。こうして見るとユダヤ人は約2500年前、寛大なペルシャの王様によって救われてパレスチナに生還。王の勧めもあって神殿の再建までした。いわばペルシャ(イラン)は大恩人。なのに今日、お互いが「奴らを世界地図から消したる」と罵り合うほど仲が悪い。この間、一体何があった?やっぱりイギリスが絡んで来ちゃうのよ、ってな辺りで次号に続く。チャンネルはそのままだ。

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週刊ジャーニー No.1405(2025年8月7日)掲載

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