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◆◆◆《第931回》◆◆◆
ICCを守れ

兼ねてよりICC(国際刑事裁判所)を目の敵にしていたトランプ政権は八月十八日、ついに赤根智子所長ら二人の最高幹部を制裁の対象に加えた。ICCは戦争犯罪や人道犯罪に関わった個人を糾弾するための裁判所である。本部はオランダのハーグに置かれている。日英をはじめとして一二五の国と地域が加盟しているが、アメリカ、中国、ロシア、イスラエルは加盟していない。
二〇二四年十一月、ICCはイスラエルのネタニヤフ首相とギャラント前国防相に逮捕状を出した。パレスチナのガザ地区に対する攻撃を非人道的行為と見なしたのである。これに対してネタニヤフ氏はもちろんのこと、イスラエルを支持するアメリカのトランプ大統領も猛然と反発した。
トランプ政権は対抗手段として、判事九人を含む十一人のICC職員に制裁を科したが、先月ついに日本出身の赤根智子所長とセネガル出身のセエ上級裁判弁護士も制裁の対象とした。
制裁の理由として、ルビオ国務長官は「赤根氏らがICCに加盟していない国の政府当局者に捜査、逮捕、拘束、訴追を行なおうとしたこと」をあげた。要するにアメリカが支持するネタニヤフ首相に逮捕状を出したことが気に入らないので、ICCに圧力をかけているのだ。
赤根所長らに対する制裁の内容は、アメリカへの入国禁止、アメリカにおける資産凍結、アメリカの企業や個人との取引の停止などである。具体的にはVISAのクレジットカードやアマゾンなどの通販のほか、GMAILも使えなくなる。アメリカ以外の金融機関もアメリカの金融決済網から排除されることを恐れ、制裁対象者の銀行口座を凍結する可能性がある。トランプ政権はそのような方法で、赤根所長らを追い詰め、孤立させようとしている。
赤根所長らへの制裁が発表された翌日、ICCが本部を置くオランダのベーレンドセン外相は赤根会長と会談をした後、「オランダは断固としてICCを支持する」と述べ、加盟国に支援を呼びかけた。国連高等人権弁務官事務所のターク弁務官も、「アメリカがICCに科した新たな制裁は撤回すべきだ」と述べ、赤根所長を擁護した。EUのフォンデアライエン委員長も「赤根所長及び当局者と固く連帯する。ICCの裁判官と当局者は外部からの圧力を受けることなく、独立して職務を遂行出来なければならない」と述べた。英仏独も同様のコメントを発表し、赤根所長を支援する姿勢を明確に打ち出した。

情けないのは日本である。赤根所長に対する制裁が発表された時、高市首相は記者団に「とても残念」と述べた。これは個人のつぶやきのようなもので、制裁を打ち出したトランプ政権への怒りや、赤根所長への連帯感は感じられなかった。こうした態度に野党だけでなく与党からも「首相は弱腰だ」と批判する声があがった。内閣支持率を気にする高市首相はその後、「制裁は日本の立場と相容れるものではない。大変深刻に受け止めている」とやや踏み込んだが、アメリカに制裁の撤回を求めたわけではない。
渦中の赤根所長は八月二十六日、オンラインで記者会見(日本記者クラブ主催)を開いた。彼女は冷静な口調で「ICCとその職員は中立公正に捜査・訴追し、裁判業務に従事して来た。制裁を受ける理由は全くない」と断言した。その上で「日本政府はアメリカの同盟国としてICCの重要性や正当性について対話を重ねて、今回の制裁がさらにエスカレートしないようにしていただきたい」と述べた。
ICCに非加盟のアメリカはロシアや中国と同じように「力の支配」を押し通す一方、加盟国にICCからの「脱退」を呼びかけている。こうした状況について赤根所長は「今は正念場だ。日本の政府はここで踏ん張ってICCを支えて欲しい。多くの国々が日本に期待し、注目している」と要望した。
二〇〇二年に設立されて以来、日本はずっとICCを支援して来た。加盟国の中で最大の分担金を拠出しているのも日本である。国際司法協力担当大使や最高検察庁検事を歴任した赤根氏をICCに送り込んだのも日本の政府である。アメリカやロシアが国際法を無視する中、日本はICCを支援することによって「法の支配」を大切にして来た。これは世界に誇るべきことだ。
高市首相にはぜひ「ICCを守ろう。赤根所長を守ろう」と声を上げてもらいたい。トランプ大統領の顔色を窺ってばかりでは余りにも情けないではないか。

週刊ジャーニー No.1461(2026年9月10日)掲載

くろだいぬひこ
在英三十年のエッセイスト。商社や銀行勤務を経て、現在は執筆に専念。酒、旅、そして何より犬を愛する。
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