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■ 第105話 ■リージェントストリート、できた

▼博学にしてアートへの造詣深く、立ち居振る舞いがエレガントで「イングランド初の紳士」と評されるジョージ4世。一方で「快楽王」「放蕩王」「最低王」とクソみそにぶっ叩かれるジョージ4世。一体どっちが本当のジョージ? ジョージ4世崩御の際、タイムス紙は「これほど周囲から死を惜しまれなかった王はいない。どの瞳が涙をこぼしたか。どの心が悲しみに震えたか」と上流階級の人々の気持を代弁したという。こりゃ相当嫌われているな。

▼ジョージ4世が即位したのは57歳の時。その10年後に没した。皇太子、摂政時代は酒と女に溺れ、隠し子を大量生産した。莫大な借金を作っては父王や議会にお尻フキフキさせた。体重は130キロに達し、公の場で冷笑された。さんざん不摂生したため痛風、動脈硬化、浮腫などを患い、晩年は白内障で全盲となった。国王としてほぼ功績を残していないけど彼が生きた時代、イギリスは産業革命花盛り。また摂政(リージェント)だった1815年、英軍がナポレオンを粉砕。イギリスは名実共にヨーロッパ最強となり大繁栄期の入り口に差し掛かっていた。国民の血と汗と涙で手に入れた最強国家元首の座。最低王はいい時代を生きた。

ジョージ4世
皇太子時代のジョージですが、何か?

▼皇太子だったジョージが摂政となった1811年、マリルボーンパークのリース契約が切れ、王室の所有となった。ジョージは狩猟に最適なこの草原に宮殿を建てようと考えた。この頃、ロンドン北側の開発案が出ており、マリルボーンパークからジョージ4世の邸宅カールトンハウスまで続く大ショッピング通りを作る都市開発計画が持ち上がった。設計はジョン・ナッシュが担当した。通りが所帯じみないよう、大通りに面した建物に生活臭漂う居住空間を置くことを許さず、高級なショッピングストリート作りを目指した。通りの西側は貴族や上流階級が住むメイフェア地区。東側は労働者階級が暮らすソーホー地区。ピッチリ階級で住み分けさせた。マリルボーンパークで狩りをして遊んだ後は目の前にある一本道を馬でパカパカ30分ほど進めば自邸カールトンハウスに着いた。大ショッピング・ストリート建設にあたり王室は一切の資金提供を渋り、民間に投資させた。にもかかわらずマリルボーンパークは摂政ジョージに因んでリージェンツパークと改名され、大通りもリージェントストリートと呼ばれるようになった。

▼結局、パーク内に宮殿を作る計画は消滅した。さらにジョン・ナッシュの提言によりジョージ3世の妻や子専用に購入していた小ぶりなバッキンガムハウスを宮殿へと大規模リフォームすることになった。カールトンハウスは解体され、建材や膨大な数の絵画や装飾品はウインザー城やバッキンガム宮殿に移された。ジョージ4世はバッキンガム宮殿完成前に死んだ。彼が狩りを終えて一本道で自邸に帰れるよう設計されたリージェントストリートはカールトンハウスという終着点を失った。かつてロンドン三越があった通りを下って行くと突き当り手前に「カールトンハウス・テラス」というクリーム色の大きな建物がある。それがカールトンハウスの名残だ。ハリポタに登場するキングスクロス駅のキングもジョージ4世。さして王らしきこともせず、血税を湯水のように使って贅の限りを尽くした最低な快楽放蕩王だったがロンドン市内に生きた証しをしっかり刻みつけることに成功した。世の中、そんなもんよねと嘆きつつ次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1225(2022年2月3日)掲載

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