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■ 第41話 ■
ザビエル、動きます!

▼本稿第32話で「世界は2国のためにある」を語った。2国とは大航海時代の先駆けとなったポルトガルとスペインのことだ。コロンブスがアメリカ大陸に辿り着いたことで両国は先を争ってカリブ海や中南米各地を蹂躙し、植民地化した。各地で衝突を繰り返した両国はある日、大西洋上に線を引いて「ここまでが君、こっから先は僕」と侵略の縄張りを決めた。ローマ教皇もこれを認めた。この取り決めをトルデシリャス条約(1494年)という。

▼ところがその後、マゼラン一行が地球一周して帰って来ちゃった。地球は丸かった。丸い地球を2国が反対方向に進めばやがてどこかでもう一度衝突する。事実両国はアジアで正面衝突した。そこで再び話し合い、今度は太平洋上にもう一本線を引き「ここまでが君の、ここから先は僕のだよ」と新たな縄張りを決めた。これをサラゴサ条約(1529年)という。サラゴサ条約で彼らが引いた線は東経133度だった。世界地図を広げ、東経133度線を北から南に指でなぞっていくと日本列島にぶち当たる。そしてその線が島根、広島、愛媛、高知辺りを縦に走っていることが分かる。つまりサラゴサ条約とは島根や広島、愛媛、高知より西をポルトガルの、東側をスペインの縄張りに分ける厄介なものだった。そのため日本にはポルトガル、そしてスペインの両国が我が物顔でやって来ることになっちまう。

▼1543年、鹿児島県の種子島にポルトガル商人を乗せた中国船が漂着し、日本に鉄砲が伝わった。ヨーロッパは遂に黄金の国、日本を「発見」した。それから6年後の1549年、フランシスコ・ザビエルが鹿児島に上陸した。ザビエル。日本にキリスト教を伝えた人として何となく立派な人、みたいな扱いを受けているような気がするけど、ほんとに立派な人?

▼ザビエルはスペインのバスク地方にあったナバラ王国の貴族の家に生まれた。パリ大学で学んでいる時、6人の仲間と共にイエズス会を立ち上げた。1534年のことだ。この当時、ヨーロッパでは宗教革命の嵐が吹き荒れていた。もともとはドイツの聖職者マルティン・ルターが免罪符(贖宥状)の販売を始めた教会に「それ、ダメじゃん」と95か条の論題を突き付けたことから始まった。やがて宗教改革の嵐はスイスやフランス、オランダにも飛び火。そこに来てイングランドのヘンリー8世がカトリックを離脱した。ヘンリーは元々敬虔なカトリック信者だった。だがある日、男子継承者を産まずに高齢となった王妃を棄てて愛人と再婚しようとした。しかし離婚を禁じているカトリックはこれを認めない。愛人は「王妃になれないならエッチもなし」とヘンリーに決断を迫る。7年もエッチをお預けされたヘンリー。このままじゃ愛人も高齢になっちゃう。待ちきれず自ら作った国教会のトップの座に就くと国王至上法を発布し「オレ様が一番エライ」と宣言。ローマをガン無視し20年以上連れ添った最初の王妃を棄てた。これがイエズス会創設と同じ、1534年のことだ。

マルティン・ルターですけど、なにか?

▼偶然ではない。イエズス会とはつまり、続々と離脱していく新教国に対するアンチ宗教改革の実戦部隊だった。ローマもお墨付きを与えたため“教皇の精鋭部隊”とすら呼ばれる。これ以降、イエズス会は世界宣教をテーマに各国で地域一番店を目指す。ザビエルはまずインド西岸、ポルトガルの植民地となっていたゴアに向かい、ここを拠点に活動を始める。ザビエルとは一体何者だったのか。その光と影を追う。なんかジャーナリストっぽくてかっこいいぜ。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1161(2020年10月29日)掲載

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