ホンネで語る!
英国人夫との国際離婚

前編

離婚を決意した理由

精神的にも体力的にも、結婚以上にエネルギーを要するといわれる離婚。英国人と結婚し、後に離婚にいたった日本人女性たちの生(なま)の声を聞くべく、座談会を決行。それぞれの体験を語っていただいた(全2回シリーズ)。
参加者のプロフィール
Aさん(58歳)/子ども2人。結婚生活は10年間(そのうち半分は別居)、2000年頃に離婚。
Bさん(48歳)/子ども1人。結婚生活は12年間、破局&別居開始は2009年、2011年に離婚成立。
Cさん(44歳)/結婚生活は12年間、別居開始が2013年、2015年に離婚成立。

3年後に現れた、夫の本性

― まずは離婚の原因から聞かせてください。

A
ものすごく大きい出来事がありまして…。私はイギリス人の夫と東京で仕事関係で知り合って結婚して、2人の子どもをもうけました。5、6歳になるまで一緒に東京で育てていましたが、あるとき、夫の前妻の息子が家に転がり込んできたんです。16歳のオーストラリア人、不良少年。問題いっぱい。毎晩、別の女の子から電話がかかってくるし、ふらふら遊びにいっちゃうし。挙げ句の果てに大麻不法所持で強制帰国に。
BC
えっ!?
A
最終的にはそうなっちゃったんですけど、その前の段階で、彼と住んでいたら子どもたちに悪影響が及ぶと思い、別居を考えるようになりました。1年くらい悩んだかな。夫は、不良息子をオーストラリアに送り返すことはできないというから、「じゃあ、私が出ます」と。と言っても、私の実家は、母親が再婚していたので帰る先がなくて…。当時、子どもたちをブリティッシュ・スクールに通わせていたこともあって、イギリスで教育を受けさせようと決め、夫に「家賃くらい支払いなさいよ」と宣言して、ロンドンに引越しました。国際別居!

― 思い切った決断ですね。

A
上の子どもを産んだのが24歳のときで、決断したのが30歳くらい。まだまだ何でもできるような気がしていたんですよ。イギリスに来て「あれ、違うな」って思いましたけど(笑)

― 過去にイギリスに住んだ経験はあったのですか?

A
アメリカなどには旅行したことがあったのですが、イギリスは旅行で訪れたこともなく、生まれて初めての国に子どもを連れて引越し。ビザを取らなきゃいけないから最初は夫も一緒に来ました。子どもが従兄弟たちと同じ小学校に通えば、慣れるのが早いかなと思って、お義母さんと彼の兄弟の近くに家を借りました。
B
私はそんなドラマはなかったです。もともと学生としてイギリスに住んでいて、ちょうどビザで悩んでいるときに付き合い始めたのが元夫。1年弱くらい付き合ってわりと勢いで結婚したんです。若かったから、あんまり考えてなくって、それが一番の失敗なんですけど。
A
考えてたら結婚できないですよ。
B
ですよね。お互いあまりお金がなく、初めの頃は「愛があれば耐えられる」と思っていたのですが、息子が生まれた後、そのうち夫の頼りないところばかりが目に付くようになりました。父親としてはいい父親だったのですが、些細なことが積み重なって…。そうなると夫婦間が険悪になって、言い争いしたり、冷戦になったり。次第に家庭の雰囲気が悪くなっていったんです。この状況で子どもを育てるのは息子の精神上よくないんじゃないかと思ったのが一番の理由です。
C
私のところは壮絶でした。元夫はいい職に就いていたんですけど、アルコールがひどくって。仕事で完璧人間を装っているから、家に帰ってきてからのギャップがすごいんです。結婚して最初の頃はまだまだスイートだから猫かぶってたみたいなんですけど、こういう人って本性がでだすのが3年後くらいらしいんです。

― 結婚前に予兆は?

C
イギリスの大学卒業後に知り合って、友達の期間が1年半くらいありました。私もビザの問題で不安になっていた時期があって、そのタイミングで元夫に「好き」って言われたんです。これもご縁かもしれないと思って、それから半年ほどお付き合いして、この人やったら安心できそうかなと思いました。その頃からちょっと怒りっぽいところがあるのは知ってたんですけど。若かったから…。
B
深く考えないですよね(笑)

子どもを連れてイギリスに引越したAさん(右)。「あまり考えずに結婚したのが失敗」と話すBさん(左)。
C
付き合いだしてすぐに一緒に住み始めて、半年後に結婚しました。それから3年後に変貌しだすんです。初めはアルコールが入って管を巻く感じだったのですが、年月を重ねるごとにエスカレートしていって、5年目くらいには物を壊したり、窓ガラスを割ったりと、かなり暴力的になりました。

― どのくらいの頻度ですか?

C
それも年月を重ねるごとに増えていくんですよ。1ヵ月に1度くらいのときは、「今よっぽど仕事でストレスなのね」という風に見ていたのですが、頻度が増えてきて、とにかく物を壊すというのが続いて、8年目くらいになったら手がつけられない状態になりました。そのときシフトワークの職に就いていて、早朝出勤のために早く寝ないといけないときにも、彼が夜中の3時くらいまで飲みながら大爆音でテレビを見ていることがありました。よくそれで彼は次の日仕事ができるなと思ってたんですけど。
B
仕事には行ってたの?
C
仕事では完璧なんですよ。それが怖いところなんですけど。職場では、愛妻家で仕事ができて、ユーモアがあるという評価だったようです。だけど、家に帰ってきたら全然違う顔。私に手を上げることはなかったのですが、あるときに、肩をひっぱられたんですね。そのとき、これってDVかなって思い始めました。インターネットで検索したら、「手を出してなくても物を壊したり、怖がらせたりする行動自体はすでにDVです」と書かれているのを見つけたんです。自分がまさかDVの被害者になるなんて夢にも思ってませんでした。

結婚から3年後に、相手の変貌を目の当たりにしたCさん。初めは「仕事でストレスなのね」と思っていたと話すが…。

― ひっぱられた以外にも暴力は?

C
家の中を引きずりまわされて、上の階に住んでた人が異変に気づいて警察を呼んだこともありました。
B
周りに聞こえるくらいだったんですね。
C
そう。それで警察が駆けつけたんです。警察の人って「これはDVやな」とわかっても、被害者の口から言わないと彼らは何もできない。そのときに、女性警官の方からカウンシルが運営している相談所の存在を知らされました。自分の状況を知るために行ってみたところ、「典型的なDVやね」って言われました。

態度と言葉で愛情表現

― 離婚の原因として、文化の違いはありましたか?

B
それはないかな。
C
私もそんなにないですけど、彼はイギリス人らしく、食に対してあんまりオープンではなかったかな。
A
私も特にないかな。というか日本人と結婚したことがないからよくわからない。
B
そうですね。ただ、習慣の違いとして挙げるならば、「日本人はあんまり愛情表現をしない」と、よく言われましたね。
A
今の彼にも言われています。
B
私もそうなんですよ。日本人ってわりと言わなくてもわかるでしょという感じがありますよね。イギリス人は愛情を態度と言葉で表現しないとダメなんですよね。
A
行ってらっしゃいチュッチュッチュみたいなね。
B
日英カップルでそう言われる日本人は多いと聞きますよ。あと、日本人は子どもができるとお父さんお母さんになっちゃうじゃないですか。「いつまでもカップルでいたい」と英国人夫に言われる日本人妻の話はよく聞きます。

国際別居から5年後、離婚を決意したと話すAさん。

離婚しないと先に進めない

― 離婚を決断するまでにどんな葛藤がありましたか?

A
彼が東京、私がイギリスで国際別居を始めてからしばらくは、半年に1回、彼が会いに来ていました。最後の方は、彼が時々イギリスに来ている間に、顔も見たくないと思ったことありました。向こうは何でそんなに無愛想なんだって言ってましたけど。

― 不良少年が強制帰国した後、日本で一緒に暮らすことは考えましたか?

A
その頃には子どもたちの学校も順調だったので、逆にイギリスに来ればいいんじゃないのと思ったこともありました。だけど彼は日本で飲食業を営んでいて、そっちの方が楽しかったみたいです。ただ、彼はアル中だったんです。やっぱりお酒が好きな人がお酒のビジネスをしちゃいけないんですよ。開店から飲んじゃう。そのうちアル中度が増して、事業の方もダメになって家賃の仕送りもなくなったので、結婚から10年目の頃に決断しました。後押ししてくれたのはジャーニーさんで。

― えっ!?

A
その節はお世話になりました。ちょうど「とぶちゃんを探せ!」のプレゼントで全日空の航空券が当たって(笑)

― おめでとうございますと言っていいのか…。

A
離婚しないと先に進めないような感じがしていたんです。子どもたちもあいまいになっちゃうから、区切りをつける必要があると思っていましたし、私がバリバリフルタイムで働いて、ちっちゃいけどフラットを買うほうが苦労する甲斐があるような気がしました。なので、仲の良い日本人の友達に「とぶちゃんが当たったんで、離婚しに一旦日本に帰る! ちょっと子どもたちを頼むわ」って言って、日本にいる夫に会いに行きました。彼とは既に話をしていたから、向こうもこうなることはわかっていました。

― Bさんは離婚を伝えるまでにどんな葛藤・悩みがありましたか?

B
結婚してからずっと悩みっぱなしでした。でも、子どもができて私だけの問題じゃなくなったので離婚を考えました。元夫がメンヘルな人だったので、急に伝えてショックのあまり自殺されちゃったら困るから、時間をかけて徐々に離婚に持っていこうとしたんです。でも自分がストレスのあまり病気になってしまって。このまま我慢していたら、私がおかしくなると思って、決断した感じです。
C
私は結婚して5年目くらいから悩み始めました。そのうちDVだという自覚も出始めて、言葉の暴力もひどくなって、私もうつ病になり、薬を飲むようになったんです。自分がある程度よくなる必要があったので、行動に移すまでに時間がかかりました。いいところも知っていたので、悩んだのですが、「本当の意味で幸せになりたい」って思ったんですよね。

タイミングを見計らって離婚を切り出したと話すBさん(左)。子どもを連れての国際別居も「どうにかなった」と笑顔で振り返るAさん(右)。

父親への告白

― 離婚後の不安はありましたか?

A
貧乏のどん底で、どうしようかと思っていましたね。
B
うちは絶対何とかなるみたいな。むしろ子どものために頑張ろうと。
C
私もすごい不安でした。会社を辞めてしまっていて、ちょうど自分のビジネスを立ち上げようという転換期だったので、ほんとにやっていけるのだろうか。自分と(当時、そして現在も飼っている)猫を養えるんだろうか、という不安はものすごくありました。お恥ずかしい話ですが、最初は父親に家賃数ヵ月分のお金を借りて生活とビジネスを始めて、とにかく必死でした。
B
離婚後の生活が不安で離婚したくてもできない人は多いと思います。でも思い切ってやってみると、どうにかなってしまうものです。パートでも何らかの仕事を持っている方が決断しやすいかもしれませんね。

― Aさんは不安を抱えて、英国に来られたんですよね。

A
当時はあんまり考えてなかったんです。今思うとばかなことしたなって(笑)。でもどうにかなっちゃいました。

― BさんCさんは日本に帰るという選択肢はありましたか?

B
私は日本に帰って親に子どもを見てもらっている間に仕事すればなんとかなるかなって思ったんです。一応、元夫に聞いたら、「嫌だけど、子どもの将来のためならいいよ」ってオッケーはくれていました。でも子ども目線で考えたときに、父親が側にいたほうがいいなというのと、イギリスで育ったほうが子どもの将来の選択肢が広がると思ったんです。たとえばイギリスの大学を出ると、就職はイギリスのほかにも、そのころはまだEUもごたごたしていなかったのでヨーロッパもあるし、日本もあるし、アメリカとかオーストラリアとか、選択肢がたくさんあるんじゃないかなと。悩んだ結果、イギリスに残ることを決めました。
C
私は、父親はもちろん親戚のおばちゃんまで出てきて、帰ってきたほうがいいよって言ってくれて。でも、離婚経験のある人から「離婚成立まではいたほうがいい」って言われたんです。その子は日本に帰っちゃって、旦那さんから「離婚するんやったらするでいいけど、(手続きに関して)協力はしない」って言われたみたいで、日本から色々手続きして、プロセスに5年くらいかかったらしいんです。私は「5年なんていやや」と思ったので、とりあえずは帰らないでおこうと思いました。
B
離婚後の不安というわけではないですが、離婚を通して一番辛かった瞬間は、自分の親に告げたことですね。前々から「別れるかもよ」と伝えていたんですけど、実際「別れることにしました」と電話で伝えたときは…。
A
お母さん泣いちゃったりした?
B
お母さんが留守でお父さんが出たんですよ。こっちも言う覚悟で電話してたから、言わないわけにはいかなくなって、父親に伝えました。
A
どんな反応だったんですか?
B
わりと冷静だったんです。むしろこっちの方が、辛かった思いが一気に押し寄せてきて号泣。外国にまで来て、私は結婚も勝手にしちゃったから、それで離婚になって、とにかく申し訳ない気持ちでした。でも伝えたことで少しすっきりして、ハードルが越えられた感じがしました。

週刊ジャーニー No.1088(2019年05月30日)掲載

「英国人夫との国際離婚」後編の内容は、「裁判所を通す、英国の離婚」です。
今後のテーマ、参加者を募集中!