ホンネで語る!
英国の日本人女性起業家

前編

自分らしい働き方

会社に勤めるという働き方ではなく、事業を起こすという選択をした日本人女性起業家たち。英国で起業した女性たちの声を聞くべく、座談会を決行。起業して5年以内のフレッシュな起業家が直面する、悩みや仕事に対する考え方を語っていただいた(全2回シリーズ)。
参加者のプロフィール
小幡洋子さん
1996年に渡英。航空会社に勤務したのち、2010年頃から美容の道へ。2015年に自然コスメ・ブランド「Kotoha Cosmetics London」を設立。
クラウリー利恵さん
2004年に渡英。日系企業を支援する会社で働いたのち、2016年にプロモーション&コンサル会社「Pointblank Promotions Ltd」を設立。
樋田もとこさん
2006年に渡英。同年、パンの配達販売を始め、2015年に会社化し西ロンドンに、無添加・安心・安全をモットーにした「Happy Sky Bakery」をオープン。
  

自分のやりたいことを仕事に

―起業に至る経緯を教えてください。

コトハ 小幡洋子さん (以下、小幡)
美容の道に進もうと思ったきっかけは、自分の肌荒れなんです。既製品で自分の肌に合うものがほとんどなく、10年ほど前に色々と調べているときに手作りコスメのクラスを見つけて参加したら、楽しすぎて! 当時航空会社で働いていたのですが、そのうち化粧品製造のコースを見つけ、「私がずっとやりたいと思っていたのは、これかもしれない」って、起業を考えるようになりました。
ポイントブランク クラウリー利恵さん (以下、クラウリー)
私は前職がグラフィック・デザイナーで、デザイナーとしてイベントの仕事にも携わっていたのですが、企画を考える側に立ちたいと思っていたんです。あるとき、日系企業の海外コンサルを手掛ける会社のお手伝いをすることになりました。しばらくすると中心になって企画を動かせるようになり、それが面白くって。ですが、そのうち会社の方向性が変わってしまい、自分でやってみようと思ったんです。
ハッピー・スカイ・ベーカリー 樋田もとこさん (以下、樋田)
私は東京でイギリス人の夫と出会い、2006年に結婚で渡英しました。それまで中国と日本で7年間、アパレルの分野でキャリアを積んでいたので、イギリスでも、と思ったのですが、同じ業種で仕事を見つけるのが難しくて。英語もしゃべれなくて、人材紹介会社に行ったら英会話学校に送られるというレベル。それなら、自分で起こそうと思って、自分が好きなことを探っていたときに、パンのことが頭に浮かびました。

―渡英してすぐの決断ですね。

樋田
貧乏性だから、すぐ働く! 出産直後だったので限られたチョイスの中で、始めたのがパン作りの仕事です。
クラウリー
子供が小さいと仕事を探すのも難しいですよね。私も子供が2人いて今は12歳と13歳。リタイアした元夫が面倒を見ているから私はフルタイムで働けるのですが、子供が生まれて6、7年はパートタイムの仕事が限界でした。
樋田
親の手も借りられなくて、お金で解決するにしてもまだ小さすぎたから、子育てと仕事で踏ん張り時がずっと重なっていました。

―それでも決意したのは?

樋田
私、音楽活動にはまり高校を退学になっていて、その悲しい経験から(笑)組織に属するよりも自分の立ち位置や仕事は自分で作ろうと昔から思っていました。
小幡
その気持ち、わかります。航空会社での仕事は決して悪くはなかったのですが、職場にずっといることの息苦しさを感じることもありました。そのタイミングで会社がたまたま休職者を募ったので、自分のやりたいことに向き合うためのいい機会かなと思って会社を辞めました。

「変なことをやってやれ!」

―ビジネスはどのようにスタートしたのでしょうか?

小幡
手作りしたプロダクトを交えながら、自宅でプライベートエステを始めてみると、みんな同じように肌の悩みを抱えていることがわかりました。美容商品を一般販売するための方法を模索しているうちに、フォーミュラ(処方)や販売方法、認可などを学ぶコースが見つかったので受講して。そんなこんなしてたら、徐々にお客さんもついてくださるようになりました。その後、イギリスに住む外国人を対象にしたビジネス支援プログラムを見つけたんですよ。ビジネス・アクセルレーター(business accelerator)という。

コスメ・ブランド「KOTOHA」の小幡洋子さん。美容プロダクトだけにとどまらず、美容講座を開くなど、「美」を軸に活躍中。

樋田
それはイギリス政府の?
小幡
ではなく、いわゆるエンジェル(ビジネス支援者)です。そのプログラムに選ばれて、ノウハウを学ぶことができたので、これをきっかけにリミティッド・カンパニーにして、自分のフォーミュラを作ってくれるワークショップを見つけて、そこで製造してもらい、販売するようになりました。
クラウリー
うちはプロモーションの会社なので、会社の存在を知ってもらわないと始まらない。だからまずは「目立つことを!」と思いました。そこで自分で出資して「ギルティー・ヌードル」というブランドを作ってポップアップをしました。50~60種類のインスタントヌードルを集めて美術館的な感じで展示販売して、食べられるスペースを設けたんです。雑誌に取り上げられたり、ソーシャル・メディアで話題になったりして、ケータイを見ながら「ギルティー・ヌードルここや!」って来る人もたくさんいました。1ヵ月間でしたが、ものすごく反響があって自信になりました。
樋田
攻め方がかっこいい。
クラウリー
パフォーマンス・アーティストのサカクラカツミさんと、世界に落語を広める活動をされているカナダ人落語家の桂三輝(かつら・さんしゃいん)さんのプロモーションをする仕事もあったので、2人のパフォーマーと自分の会社を盛り上げるために、とりあえず「変なことをやってやれ!」と。自腹でド赤字だったけれども、インパクトはかなり大きく、会社の存在を知ってもらえたと思います。
樋田
面白い試みですね。私は自宅で製造できる許可を行政から取得して、家でパンを作って、配達販売することからスタートしました。家を無理やり工場にしたのでラックが山積みで、スタッフも出入りするから、大変なことになっていました。子供も夫も工場の隙間で寝てました(笑)。
クラウリー
初めはどこで販売したんですか?
樋田
イーリングの日本人学校や幼稚園の近くで販売していました。

プロモーション&コンサル会社「ポイントブランク」のクラウリー利恵さん。日本企業・自治体の海外進出のサポートなど、日本と海外の文化の橋渡しを行う。

言うことはしっかり言う

―起業後のトラブルは?

小幡
ラッキーにも起業してすぐの2016年に、ナチュラル・コスメ界で大きな賞をいただいたんです。競争が激しい中での受賞だったので、おかげでお客さんの層が広がり始めました。ただ、そこに寄ってくる怪しい人たちもやっぱりいるんです。私が1人でやっていることを知られると、足元を見られるんですよ。プロモーション会社の人たちから色んな話がきて、運悪く人選を間違ってしまって(苦笑)。それがやるやる詐欺。求められた資料を渡しても何も動きがない。2016年に始めたのに、1年たっても何にも進まず、「騙されたんかもしれへんな」って思うようになりました。
クラウリー
マンスリーで支払ったんですか?
小幡
1プロジェクトとして2分割で払いました。連絡すると返事はあるのですが、「やります」と言いながら、まったく動いてくれない。騙されたと理解したときに裁判で取り戻す選択肢もあったのですが、色んな人に相談してみると、「そういう洗礼はどこかでみんな受けるものだから、会社が潰れるほどのダメージではなかったと思って忘れた方がいい。時間の無駄になるだけだから」って。しばらくは落ち込みましたけど。
クラウリー
私もギルティー・ヌードルのときは、ポップアップを得意とするイベント会社に依頼して一緒に進めたのですが、気を緩めていると、彼らがどんどんお金を使っていくんです。「あれ作りましょう、これ作りましょう」って。ロゴ入りのティッシュを作ったのですが、今考えると普通のでよかった。色々合わせると何千ポンドもセーブできたにもかかわらず、言われるがままにオッケーしてしまって。あの時期はもう必死だったから、思考力が鈍ってました。
小幡
私も当時は「ここで一気に拡大しなければ!」といきがっていて必死だっただけに、提案されたことに対して「その方がいいかも」って思っていました。
クラウリー
経験が少ないとね。
小幡
冷静な判断がちゃんとできていなかったんですよ。交渉したらもっと安くなったはずなのに、言われたままの値段でオッケーして。それも経験なんですよね。
クラウリー
始めたばかりのころは遠慮がちに物を言っていたというのもありますね。日本人の習慣からか言い方が甘くて、舐められていました。ちゃんとお尻を叩けなかったんですよね。それが徐々に、締めるところは締められるようになった。動いてもらう人に対して、「ちゃんと動いてください」ってビシッと言えるようになったというか。
小幡
日本人同士でお互いに知っていたらきつく言う必要はないけど、こっちの人はそうじゃない。言わないと舐められるし。
クラウリー
油断すると調子よく、いいようにやっちゃうからね。
樋田
私は起業後のトラブルというわけではないですが、店舗を構えようと思ったときになかなか物件が見つからなかった。本腰入れて探しはじめて3年かかりました。イギリスで飲食用物件を借りるときは、その物件でビジネスを運営していた人からビジネスの権利を買い取って自分のビジネスを始めるのが一般的で、そのお金がすごく高いの! 最初から借金をするわけにはいかないから、私は夜逃げ物件か、空き家物件を探しました。

― 簡単に見つかるものですか?

樋田
だから3年! 店の状態は最悪で、まず塩をまいて「私がこの空間を生き返らせるから」ってお祓いしました。電気を引き直して、配管も壁も直しました。ネズミの死骸が出てきたり、夜逃げしたオーナーが最後赤ワインで労をねぎらったのか、飲みかけの赤ワインが置いてあったり。
小幡
クラウリー
(笑)
樋田
改修にかなりお金がかかりました。店を構えるときに会社化したばかりだったので、オーブンなどの機材を買うときにリースが組めず、現金で全部買い取る必要があったので、結局大きな出費になりました。

パン屋「ハッピー・スカイ・ベーカリー」の樋田もとこさん。西ロンドンのハマースミスで、日本の菓子パンから総菜パン、食パンを製造販売する。

「頭のネジを1本外して…」

クラウリー
お金のことで言えば、2017年にサカクラさんと桂三輝さん(前述)の企画が最終段階にきたときに、三輝さんが緊急入院され、イベントがキャンセルになったんです。場所代のキャンセル料は痛かった。その後、ニューヨークで三輝さんが公演するのに合わせて、ギルティー・ヌードル用にもシアターを借りていたのですが、今度はサカクラさんのビザが間に合わなかったんです! そこでも出費。変なところでひっかかった不幸な2017年でした。
樋田
そういうのは自腹?
クラウリー
自腹。誰も怒れないから、「お金が落ちてなくなった…」って。色んな仕事が回り始めたのが今年。最初の1、2年は投資の年でしたね。

― その期間は不安になりましたか?

クラウリー
もちろん不安ですけど、頭のネジを一本外して「いける」と思い込んで(笑)
小幡
それすごくわかる! 私もネジ緩めてます。
クラウリー
躊躇しながら中途半端なことをしてもしょうがない。ここまで投資したら、最後までやりきるしかない。やるしかないってところまで持っていって、ギリギリのところですり抜けかけている段階かな、今(笑)

― 女性という理由で困ったことはありましたか?

樋田
私はないかな。
小幡
初期のころは、日本人の女性1人ということで、舐められたことは何度かありました。高い値段を提示されたり、「早く返事を出して。今ならこのディールだから」ってプッシュされたりとか。
クラウリー
私も初めの頃は馬鹿にされましたね。でも正直な話、自分の経験も浅かったから仕方がない。企業のプロモーションはともかく、ショービジネスは始めたばっかりで、自分に自信がなかったのも重なって、やっぱり馬鹿にされた。お金払ってお願いした会社の人から、リスペクトに欠ける対応をされたこともあります。ただ、そこでどう舐められずにやっていくかが大事で、自分の中でどう強さを出すかは課題です。

― 現地企業とのやりとりの難しさは?

クラウリー
サービスが一定じゃない。いい人に当たればいいけど、悪い人に当たれば地獄みたいな。そういうのがイギリスには多い。今、あるウェブサイトにクライアントのプロモーションの一環として広告を出していて、窓口の人が要領が悪くて対応が遅い。悪い人ではないんですけど。そうなると、私が板挟みになって胃が痛い。
樋田
それわかる。私は流通で問題になることが多々あって、商品がお客様のところに届かない。それがお客様のクレームとなって帰ってくる。「申し訳ございません!」って。
クラウリー
どの業界も一緒ですね。板挟み。担当をかえてほしいっていうこともあります。
小幡
私は取引するサプライヤーさんや工場が、小規模のところが多いから、そういうのはあまりないかな。
クラウリー
向こうも必死でやってるからね。規模が大きくなると、適当に働く人もいるから。

― やっぱり起業してよかったと思うことはありますか?

クラウリー
まだオン・ザ・ウェイ(道なかば)だからな。
小幡
そうですね。やりたいことが形になっている感じですが、まだ道のりは長い。
樋田
私にとって起業って特別大きいことじゃないんですよ。より自分が働きやすいステージを作っただけなので、全く変わりはないかな。続けていくことの方が難しいから、それこそまだオン・ザ・ウェイだし。
クラウリー
そうそう。スタッフがちょっとずつは増えてはいますが、まだ組織ができていないから。「まだ君が手を動かしているうちは会社は大きくならないよ」ってよく言われます。
樋田
同じこと言われる。でも私は手を動かすために会社を作ったって感じ。それなのに付属の仕事がいっぱいあって大変。お金のこと、スタッフの社会保険、税金…。日々勉強してます。

週刊ジャーニー No.1110(2019年10月31日)掲載

「英国の日本人女性起業家」後編のテーマは、「孤独な社長業」です。
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