世界で唯一の宿泊施設

 完成後、数百年も経過しているような建造物は大規模な修復を要するものが多い。そのため、それらの保護にあたり、ランドマーク・トラストは発足以降、独特のアプローチをとっている。
まずは、伝統的な方法にこだわった修復を行うことである。建造時より遥かに進歩した現代の技術や素材が、必ずしも過去の建物に適合しているとは言えないからだ。21世紀の素材を使って単純に繕うことは可能だが、それは10年後、20年後、あるいはもっと先の未来で建築物にダメージを与えかねない。このために採用されたのが、建設時に用いられた、あるいはそれに近い技術、そして素材だった。それは結果的に、伝統技術を改めて学ぶ絶好の機会ともなり、その存続にもつながっている。
またホリデー・ハウスとして貸し出すからといって、人目を惹くようなモダンさや、宿泊者の便利さのみを追求することも、同団体の目指す姿とはかけ離れている。長い歴史によって培われながらも、放置されたことで朽ちる運命にあった個性、あるいは『味』とも表現できる特徴、美しさを最大限に引き出すことを常に考えた措置がとられた。
初期のプロジェクトが成功すると、ランドマーク・トラストの理念は多くの人から支持を集めていった。現在までに同団体によって救われ、新たな生命が吹き込まれた建造物は200を数える。そして今でも年間100以上の『救出依頼』が届けられている。
一言に歴史的建造物といっても同団体が手がける『ランドマーク(歴史的建造物)』の顔ぶれは実にユニークだ。決して英国史の表舞台に出てくるものばかりではないことは、発足のきっかけからもご想像いただけるだろう。起源を13世紀にさかのぼることができる古民家や、1840年代にチャンネル諸島に造られた要塞など、年代も異なるなら、背景もさまざま。滞在可能人数が最大1人の小さな施設もあれば、16人は泊まれる広さの建物もあるなど、同じものはふたつとない。一件一件の背景を見ていくと、地元の産業を支えた工場も、灯台守らが日々足を運んだ詰め所も、農家の人々が暮らした家もまた、この国の歴史を紡いできたかけがえのない存在であることをランドマーク・トラストの活動は教えてくれる。

 

盛宴を支えたチューダー・キッチン


フィッシュ・コートと呼ばれる路地。突き当たりの扉が、宿泊施設「フィッシュ・コート」の入り口。扉に向かって左手にはすぐに展示室があるなど、まさに「ヘンリーズ・キッチン」の一部であることを実感できるだろう。

 ランドマーク・トラストが1991年に着手したのが、ハンプトン・コート宮殿にある、一部の建造物だ。
同宮殿は、王が暮らした場所として知られるが、1760年に即位したジョージ3世は、同宮殿があまり好きではなかった。一説によると、宮殿で過ごした幼少時代の嫌な思い出に起因するといわれている。ジョージ3世は、使わなくなった宮殿施設や来訪者のために用意されていた客室を、集合住宅(フラット)に変更した。そしてそれらを「グレース・アンド・フェイバー・ホーム(Grace and Favour Home)」として提供することにしたのだった。ちなみに、フラットの数は50に上り、それぞれが平均で12~14室を備え、最も広いものでは40室もあったとされている。
ところが1970年代後半になると、グレース・アンド・フェイバー・ホームとしての役割も縮小されていく。こうして不要となった住居の一部を、再び生きた形として利用したのが、ランドマーク・トラストが管理する2つのホリデー・ハウスである。
ハンプトン・コート宮殿の主要な見所は、13ページのコラムにゆずるとして、敷地内にある2つの宿泊場所へと話を進めよう。
ランドマーク・トラストのセーラさんに案内されて宮殿へと入り、取材班は赤いレンガ造りの建造物が建ち並ぶ一角に向かった。ヘンリー8世の命による宮殿拡張の際に作られた、『食品工場』とも形容される大きな調理場「ヘンリーズ・キッチン」のあるエリアだ。
調理時に使われた炉や釜が並ぶ部屋を通り抜けると、細い路地が現れ、その突き当たりで、突然セーラさんが歩みを止めた。正面の扉の横には、過去に暮らしたと思しき人の名と「Landmark Trust」と書かれた表札がさりげなく掲げられている以外、目印はない。隣はすぐに展示室となっていることから、辺りには一般の見学者の姿が見られ、好奇の視線が向けられる。ソワソワする取材班をよそに、セーラさんは鍵を取り出し、扉を開けてくれた。そう、ここがホリデー・ハウスのひとつ、「フィッシュ・コート」だ。
最大6名まで滞在可能なこの居住空間は、1階はエントランスのみで、2階、3階にシングル・ルーム2部屋、ツイン・ルーム1部屋、ダブル・ルーム1部屋、リビング、ダイニング、キッチン、バスルーム2つが用意されている。

シングル・ルーム。
寝室はどれも簡素でこじんまりとしているが、同団体のハウスキーパーによって丁寧に管理されており、清潔感があふれている。
 建てられた当初はペイストリー部門の責任者の執務室として利用された。決して豪華なつくりではないが、窓からは同宮殿の特徴のひとつでもある煙突、赤レンガの壁や屋根が望める。最上階の寝室からは、チューダー朝時代には1日に1200食をまかなったとされ、日々大量の食材が運び込まれた広場「マスター・カーペンターズ・コート」を見下ろすことができ、宮殿の一部にいることを改めて実感できる。

「フィッシュ・コート」の2階にあるダイニング・ルーム。
© The Landmark Trust
 余談ながら、ローストや煮込みといった調理法が主流だったヘンリー8世の治世、精巧に飾られたパイ料理は、豪勢な宴にさらなる彩りを添えていた。ここに暮らしたペイストリー責任者の毎日の思案はいかがなものだったのだろう。取りまとめる者としての使命を感じながら、時に、滞りなく宴に料理を供したことに安堵し、時に不安を抱えながら職を奉じたであろう責任者の姿を想像すると、感慨もひとしおだ。
余談ついでにもうひとつ。建物の前から伸びる狭い路地は、16世紀には食材が保管された場所でもある。今日では保存手段に腐心することはあまりないが、当時は電気冷蔵庫など存在しない。人々は、通年日が射し込まないこの路地が比較的低温であるという好条件を利用して、食材を保存したのだ。主に魚介が運び込まれたことから、この路地は「フィッシュ・コート」と呼ばれ、ホリデー・ハウスの名もこれに由来する。こういった豆知識は挙げればきりがなく、歴史がぎっしりと詰まった場所であることを、改めて認識させられる。

グレース・アンド・フェイバー・ホーム…国や君主に多大な貢献を果たした人物やその寡婦または一部の公職者などに無料で与えられる住まいのこと。