●征くシリーズ●取材・執筆・写真/ネイサン弘子・本誌編集部

■ バラの愛好家ならばその名を知らない人はいないであろう、バラの育種家、デビッド・オースチン。今号では、バーミンガムから車で45分ほどの場所にある、今や世界中に輸出されるほどの人気品種となった「イングリッシュ・ローズ」誕生の地を征くことにしたい。

毎年春が訪れると、シュロップシャーの田園地帯にあるデビッド・オースチン・ロージズ(David Austin Roses/表記は日本での登録名に統一)に、待っていましたとばかりの勢いで次々と車が吸い込まれていく。バラの育種家でイングリッシュ・ローズの生みの親、デビッド・オースチンが創設した同所は、育種農園に囲まれ、豊富な種類のイングリッシュ・ローズが購入できるプランツ・センターと、園芸用品やオリジナル商品が買えるショップ、ため息が出るほど美しいバラと芳しい香りで溢れかえる複数のバラ園、カフェとレストランから成り、園芸ファンならずとも楽しめる地だ。

1926年、シュロップシャーの農家で生まれたデビッド少年が植物への関心を開花させたのは、学校の図書館に置かれていた雑誌『ガーデンズ・イラストレイテッド』との出会いがきっかけだった。雑誌の中の美しい草花に魅了された少年は、教師からの後押しもあり、花へ情熱を注ぐようになる。

ある日、苗床を経営する父の友人の農場を訪れたデビッド少年は、「ルピナス」という花の育種の様子を見せてもらう。美しい花の品種を人の手で創り出せることを知った少年は、自分でも花の育種をしてみたいと思い始める。農夫の父からは「あまり実用的ではない」と理解されることはなかったが、成長しても、花に対する彼の情熱と育種の夢は冷めることはなかった。そして21歳の誕生日、姉から「オールド・ガーデン・ローズ」というバラを贈られたことで、彼の人生は大きく変わっていく。

すっかりバラに魅了されたデビッドは、趣味としてバラ栽培を始める。彼が20代前半であった1940年代後半頃は「ハイブリッド・ティーローズ」(木立ち性で大輪系のバラ、モダン・ローズの一種)が流行していたが、彼は「オールド・ローズ」(主に15〜18世紀に栽培されていたつる性/半つる性のバラ)をより好んでいた。それでも両者を比較するために、ハイブリッド・ティーローズもいくつか取り寄せて観察するうち、オールド・ローズにはない色彩と繰り返し咲く性質に着目。それが「ひらめきの瞬間」となり、オールド・ローズの美しさと香りを持ちながら、モダン・ローズの利点を兼ね備えた全く新しいバラの誕生を目指すようになった。

デビッドはバラの育種を本格的に開始するが、経験不足により、最初の苗は真菌の病気で全滅。翌年に再び最初からやりなおすなど試行錯誤を重ね、1961年、遂に商業的に開発されたイングリッシュ・ローズの第1号『コンスタンス・スプライ(Constance Spry)』が誕生する。しかし、淡いピンク色で、手のひらで優しく包まれたようなコロンとした花形がエレガントなこのバラは、当時の専門家たちから「こんな時代遅れのバラは誰も買わない」と酷評され、苗床からも取り扱いを拒否されてしまう。だが、デビッドはそれらの厳しい声に心折れることなく、自宅のキッチンを拠点にして、顧客に直接バラを販売した。

第1号誕生の後、育種プロセスは安定しだし、1969年に最初のローズ・コレクションを発表。この時、フランスには「ガリカ・ローズ」、スコットランドには「スコット・ローズ」があり、「バラが文化と歴史に深く結びついている英国にも、独自のグループがあってもよいのではないか」と考えた彼は、このコレクションで初めてオールド・ローズとモダン・ローズの融合を象徴する「イングリッシュ・ローズ」という総称を考案している。

その後も着実にファンを増やしながら販路を広げると同時に、さらなる育種を続け、1983年、チェルシー・フラワー・ショーで3種類のイングリッシュ・ローズを発表。深みのある黄色の『グラハム・トーマス(Graham Thomas)』は大反響を呼んだ。翌年にはチェルシー・フラワー・ショーで最初の金メダルを獲得し、デビッド・オースチンの名とブランド価値は、揺ぎないものとなったのである。

デビッドは、2018年に92歳で逝去するまでバラを追求し続け、その努力は数々の賞によって報われた。2007年には園芸への貢献が認められ、大英帝国勲章(OBE)を受勲。このことについて彼は「毎日、自分がバラの育種で生計を立てられていることを幸運に思う。私の最大の喜びは、私のバラが世界中の庭師やバラ愛好家に喜びをもたらすことだ」と語った。

今や世界中の園芸店に出回るほどの人気を博し、庭園で、個人の庭で、街角の花壇で花咲き、人々を癒すイングリッシュ・ローズ。バラが最盛期を迎える5~6月、彼の夢と愛情が詰め込まれたデビッド・オースチン・ロージズを訪れてみてはいかがだろうか。

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誕生から来年で65周年!イングリッシュ・ローズの特徴

英国とスウェーデンの友好条約の締結350年を記念して2004年に生まれた、コロンとしたカップ咲きの「クイーン・オブ・スウェーデン」。条約を結んだ当時、スウェーデンはクリスティーナ女王の統治下だった。

バラは樹形から、木立ち性(ブッシュ・ローズ/木バラ)、半つる性(シュラブ・ローズ)、つる性(クライミング・ローズ/つるバラ)の3タイプに分けられる。イングリッシュ・ローズはシュラブ・ローズにあたり、イングリッシュ・ガーデンの特徴のひとつである、園路の脇や壁際などにつくられる「ボーダー花壇」への植栽に適している。

花型は、オールド・ローズ・スタイルと同じで多弁。耐病性に優れ、花期は長い。花形は丸いティーカップの様な形に見える「カップ咲き」、または花びらが芯から放射状に伸びる「ロゼット咲き」が特徴。どちらも花びらの枚数が多いため、華やかながらも可憐な印象だ。

2017年に発表された、ロゼット咲きの「デイム・ジュディ・デンチ」。英国を代表する名女優(写真右=© Caroline Bonarde Ucci)にちなんで名づけられた。


デビッド・オースチン・ロージズでの過ごし方

■ ロンドンから車で3時間弱なので、日帰り旅行も可能。ここでは、取材班が昨年6月半ばに日帰りで訪れた1日の様子をご紹介したい。

午前8時半

ロンドン北西部を車で出発。M1からM6を走り、途中で休憩をはさんで午前11時半頃に現地到着。バラ園に囲まれた無料駐車場に駐車。エントランスから続くショップに後ろ髪を引かれながら、早速バラ園へと足を運ぶと、質のいい石鹸のような、甘いフルーツのような、心躍る香りに身を包まれ、思わず深呼吸!

午前11時半

大きなバラの鉢が並ぶ「パティオ・ガーデン」、頭上のパーゴラから零れ落ちそうなほどにバラが咲き乱れる「ロング・ガーデン」、まるで秘密の花園ような「スピーシーズ・ガーデン」、円形の「ヴィクトリアン・ガーデン」、細長い人工池が特徴の「ルネサンス・ガーデン」、ライオンの石像が目印の「ライオン・ガーデン」の6つのバラ園があるが、歩き回るだけなら1時間もかからない。だが、香りを楽しむために足を止め、著名人やユニークな名前がつけられたバラに目を止め、写真を撮り…なんてしていたら、あっという間に時間が過ぎていった。

午後1時半

レストランで腹ごしらえ(❶ 写真はカフェのテラス席)。カラッと揚がったフィッシュ&チップスと新鮮なニョッキに大満足。スコーンと紅茶のクリーム・ティー(❷)も楽しんだ後はプランツ・センターへ(❸)。 プランツ・センターには切花向け、ヘッジ向け、オベリスク向け、フェンス向け、トゲの少ない品種など、シーンや種類ごとに鉢植えがずらりと並び、片手で持ち上げられるほどの大きさの鉢植えが30ポンド代で販売されていた。

午後3時半

オリジナル商品や素敵なデザインのガーデニング用品が並ぶショップで買い物(❹)。庭用の温度計やガーデニング用の手袋などを購入し、午後4時頃、大満足で帰路に着いた。

Travel Information※2025年4月22日現在 

The David Austin Rose Gardens & Plant Centre (David Austin Roses)
Bowling Green Lane, Albrighton, Shropshire, WV7 3HB
www.davidaustinroses.co.uk

【オープン時間】 毎日:午前9時~午後5時
※年に数日の休園日があるので、詳細はホームページにて要確認のこと。
【料金】 入場無料
【アクセス】
車:ロンドン北西部からM1~M6経由で2時間半~3時間。
公共交通:London Euston駅からStaffordを経由してWolverhamptonで下車。バス891番でFire Stationにて下車し、徒歩15分ほど。所要は約2時間半。

実は日本にもある! デビッド・オースチン・ロージズ

関西国際空港から車で20分、大阪府泉南市の花咲きファームにあるデビッド・オースチンのイングリッシュ・ローズ・ガーデンは、本場さながらのイングリッシュ・ローズを楽しめる場所として、知る人ぞ知る存在。広大な敷地にはバラ園、プランツ・センター、ショップがある。

とくに英国のデビッド・オースチン・ロージズにある「ルネサンス・ガーデン」からインスピレーションを得たというエリアは、なだらかな丘陵斜面を流れる清流が美しく、バラ愛好家や多くのアマチュア写真家で賑わう。機会があれば、是非足を運んでみては?

〒590-0524 大阪府泉南市幡代2001番地
www.davidaustinroses.co.jp
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週刊ジャーニー No.1390(2025年4月24日)掲載