
●サバイバー●取材・執筆・写真/本誌編集部
■ 17世紀以降、ロンドンの人口増加に合わせて爆発的に増えた、ロンドンのビール醸造所(ブルワリー)。20世紀に入り、一度は消滅の危機に瀕したものの、近年再び活気を取り戻している。今回は、「ロンドン・プライド」で有名なロンドン西部にある醸造所を征く。
チョーサーが著作に描いた14世紀の庶民や、シェイクスピアが劇場で沸かせた16世紀のロンドンの観衆、そしてパブでプレミアリーグの中継に熱を上げるファンなど、英国人に長く愛されてきたビール(エール)。しかし、実はホップ(ビールに苦味や香り、泡立ちを加える植物)が広く使われるようになったのは15世紀のことで、昔と今ではビールの味がまったく異なることをご存知だろうか。それだけでなく、水の衛星状態が悪かった時代には、ろ過や煮沸する工程を経たビールのほうが、水よりもむしろ「健康的」と考えられていた。

昔は、家事を切り盛りする女性たちが地道に自家製ビール造りに汗を流す一方で、セント・ポール大聖堂でも大規模なビール醸造が行われていた。記録によれば、1286年には1年で約54万パイントもの量が大聖堂で醸造されている。やがてロンドンの人口が急増すると、ビジネス・チャンスを見い出した資産家たちが醸造所の運営に乗り出し、商業化が加速。17世紀末には、約200件の醸造所がしのぎを削るまでになった。
ところが、風潮の変化とともにビールの量産化が進むと醸造所は姿を消していき、1904年には90件、戦後の1952年には25件、1976年にはなんと9件にまで減ってしまった。ただ、時代は巡るもので、世界的なクラフトビール・ブームが到来したことで、2010年頃からはまたロンドンのビール醸造所数が増えはじめている。
さて、今回取材班がビール造りの世界を覗くべく訪れたのは、ロンドン西部のチズィックにある老舗醸造所「フラーズ」。ロンドン中心部からA4を西方面に走っていくと、テムズ河沿いに見えてくるレンガ造りの大きな建物が、フラーズだ。1845年に創業した同社は、今年180周年を迎える。2019年にはアサヒ・ビールが買収し、当時英国で大きな話題となったことを憶えている人も多いだろう。

ちなみに、フラーズを代表する銘柄といえば、1959年から生産がスタートした、赤いラベルでお馴染みの「ロンドン・プライド」。同製品は、ドイツ軍によるロンドン大空襲(The Blitz)で荒れた地に「サキシフラガ・ウルビウム(Saxifraga×urbium)」が咲き乱れたことから、1941年に「復興の花」として称える愛国歌「ロンドン・プライド」が誕生。その歌名から取られている。
この地でビール造りが行われるようになったのは、チズィックがまだ小さな漁村だった中世時代。1600年代後半には小さなコテージで一家が醸造所を営んでいたが、そこの「職人肌」の主人が亡くなると、一緒にビール造りに携わっていた「やり手」の義理の息子トーマス・モーソンが、近隣のほかの醸造所やコテージ、パブを購入して規模を一気に拡大。これが現在のフラーズの基礎となっている(ちなみに、モーソンの名はフラーズの一角にあるパブ「The Mawson Arms」の名前の由来となっている)。
その後、醸造所は幾人かのオーナーの手にわたり、19世紀に入ってイングランド南部ウィルトシャーの資産家、フラー一族が運営に参画。1845年に現在のフラーズが開業した。
ビールで喉を潤したくなる季節が近づいてきた。ぜひロンドン一の有名ビール醸造所を訪れてみては?

① ガイドツアー当日は、ブルワリー・ショップに15分前に集合しよう。開始時間になると、隣接する博物館「Hock Cellar」に案内され、フラーズの歴史を紹介する映像をみんなで観賞。そしていよいよ、2時間ほどのツアーがスタート!

② ビールの主な原料は、モルト(麦芽)、ホップ(植物)、イースト(酵母)、そして水。フラーズのトレードマークである「黄金のグリフィン」が掲げられた工場の扉を開けると、中から温かい空気と、モルトの香りがぷわ~ん。実際に使われているモルトのサンプル(写真)を手にとって、香りをかいだり、味見をしたりできる。これがビールの味や色の違いに繋がっていく。
伝説の生物「グリフィン」

同所は「グリフィン・ブルワリー(Griffin Brewery)」の名前で知られている。1816年、ロンドンのクラーケンウェルにあった「グリフィン・ブルワリー」の屋号を買い取り、この醸造所がその名で呼ばれるようになった。1892年以降は、「グリフィン」がトレードマークとして使われている。

③ これは「麦汁」をつくるための銅製のタンク(マッシュ・タン)で、1863~1993年まで使用されていたもの。昔はタンクに残った麦芽の粕をショベルを使って掻き出さなければならず、その清掃作業がかなりの重労働だった。ところが、この作業を担当するとビールを1杯無料で飲めたため、意外にも人気の仕事だったとか。かつて従業員は1日2杯までビールを無料提供されていたので、多い人は合計3杯も飲めたのだ!

④ こちらは現在稼働中のマッシュ・タン。粉砕されたモルトとお湯がこのタンクに入れられ、麦汁がつくられる。麦汁はモルトに含まれるでんぷんが糖化した状態であるため、この段階では「ただ甘いだけの汁」だという。

⑤ 麦汁が完成したら、ろ過して煮沸用のタンクに移される。ここで苦味と香りの源となるホップが加えられる。フラーズでは、以前「コーヒー風味のビール」をつくったことがあるそうだが、そのときはこのタンクの中にコーヒー豆を入れた袋を吊るして、風味付けしたらしい。

⑥ 仕込みを終えた麦汁は冷却した後、別のタンクでイースト(酵母)が加えられ、発酵が行われる。この過程でアルコールが発生する。その後、イーストが取り除かれて、別のタンクで熟成されるという。


⑦ 完成したビールは、樽やボトルに詰められ、出荷される。樽詰めは2種類あり、英国の伝統的ビール(エール)は、カスク(cask)と呼ばれる樽に詰められる。

パブに並ぶビール・サーバーのうち、主にハンドポンプを引いて注がれるのがカスク・エールにあたる。醸造後、ろ過・殺菌処理されることなく樽に詰められ、出荷される。樽内で発酵が進み、飲み頃と判断されるとサーブされる。冷えて炭酸の効いたビールに慣れていると、「ぬるくて気が抜けたビール」という印象を持つが、独特の風味を味わえる。

ケグ(keg)=写真上=に詰められるのは、醸造後に不要な物質を取り除き、殺菌処理したビール。グラスに注ぐ際にガスを利用することで、炭酸の効いた飲み口となる。冷たい状態で提供されることからも、日本人にはケグの方が馴染み深い。

⑧ ツアーの最後は博物館内にあるバーへ戻って、ついにお待ちかねの試飲タイム!フラーズの名物ビール「ロンドン・プライド」が、いつもより美味しく感じられるのは、醸造所ツアーのマジック!? アサヒスーパードライも飲めるよ!
1816年に中国から渡って来た「英国最古の藤」がフラーズに!

藤が最初に英国にもたらされたのは1816年。中国・広東で英国へ輸出する茶の検査官を務めていたジョン・リーブスが、ロンドン園芸協会(現・王立園芸協会/RHS)から「珍しい植物の入手」を依頼され、中国の藤の挿し木苗を送ったことが始まりだ。このときの2本の挿し木苗は無事に英国へ届けられたものの、後に枯れてしまった。
そのすぐ後に再度持ち込まれた2本の挿し木苗のひとつが、フラーズにある。「グリフィン・ブルワリー」の名で新たなスタートを切った醸造所を祝し、当時の醸造所責任者が暮らすコテージの前に植えられたものだ。藤の木はそのまま成長し、現在は建物の壁をすっかり覆っている。ただ、樹齢210年という老齢のため、花の咲き方は少々寂しげ(写真)。開花は5月頃。
ちなみに、もう1本の藤はキューガーデンで育てられたが、やはり枯れてしまい、現在キューガーデンで見られる「英国最古の藤」はこのフラーズから分木されたものである。日本から藤がもたらされたのは1830年代だった。
Fuller's Brewery Tours※2025年3月25日現在
Griffin Brewery, Chiswick Lane South, W4 2QB
www.fullersbrewery.co.uk/pages/brewery-tours
【ツアー時間】
火~土曜/11:00~1時間おき(最終は15:00)
日曜/13:00~1時間おき(最終は15:00)
【料金】 £28(試飲込み)
【最寄り駅】 Turnham Green / Stamford Brook
(駅から徒歩15分程度)
動画で見よう!
楽しいビール工場見学フラーズ醸造所(2019年・編集部制作)
週刊ジャーニー No.1386(2025年3月27日)掲載