ブルーベルが花咲く森アッシュリッジ・エステートを征く

■ 古くから英国各地の森に自生し、春本番を迎える4月下旬頃から5月にかけ、森を群青色の深い海のように染めてしまう可憐な花「ブルーベル」。今回はロンドンから電車でも日帰り可能な場所にあるブルーベルの景勝地「アッシュリッジ・エステート」を征くことにしよう。

●征くシリーズ●取材・執筆・写真/ネイサン弘子・本誌編集部

「妖精」の宿る花

ブルーベル(正確にはイングリッシュ・ブルーベル)は、その名の通り、紫がかった濃い青色の細長い鐘(ベル)を思わせる小さな花で、鈴なりに可憐な花々を咲かせる。英国では古くから『妖精の花』『ブルーベルの咲く森には妖精が住む』といわれ、ブルーベルに関する様々な伝承が伝えられてきた。たとえば、「ブルーベルを摘むと妖精に惑わされ、森で永遠に彷徨い続ける」「ブルーベルの音(自分への弔いの鐘)を聞くと、悪い妖精が訪ねてきて死んでしまう」など、少し怖い印象を与える言い伝えが多く、それはこのか弱い花を守ろうと人々が広めたからなのかもしれない。

そんな神秘的な花が群れを成して広がり、毎年見頃を迎えると『花見客』で賑わうのが、アッシュリッジ・エステートだ。筆者も初めて訪れた7年前にその美しさにすっかり魅せられ、ほぼ毎年のように花見に出かけているが、何度訪れても幻想的な光景に飽きることなく圧倒される。まだ実現してはいないが、いつか日本の家族にも見せたい「最も美しい英国の風景のひとつ」と感じている。

新緑と青のコントラストが美しい森

ハートフォードシャーとバッキンガムシャーの境にあるこの地は、今からおよそ3200年前の鉄器時代には農場だった。その後、古代ローマ時代に集落ができ、やがて修道院、鹿公園、王族たちの邸宅が建っても、依然としてそこに存在してきた。住人が移り変わるその間、同地の深い森の中でブルーベルは奇跡のように着々と繁殖し、まるで静かに森を飲み込むさざ波のように、その群青色の花房を広げていった。

現在、ナショナル・トラストが管理する5000エーカー(東京ドーム約432個分)にも及ぶ広大な敷地の全貌は、同地を二つに分ける道路(B4506)を中心に、東西で説明するとわかりやすい。

ブルーベルが咲く森が広がるのは西側のエリア。駐車場があるのもこちら側で、電車と徒歩でトリング駅からやってくる人が到着するのも西側だ。花のシーズン中の週末は駐車場が混みあうが、常時出ていく車もいるので、これまでの経験上、駐車できなかったことはない。カフェはあるものの、かなり混雑するのでピクニックがオススメ。また、駐車場付近はバーベキューが許可されているため、停めた車の近くで簡易バーベキューを楽しむ家族連れも多い。

西側エリアにある駐車場の奥に、ブリッジウォーター・モニュメント(中央)が建っているのが見える。2つのブルーベル・ウォーク・ルートがあるのは、こちらのエリア。

さて、まっすぐに伸びた駐車場を境にし、西側には2つのブルーベル・ウォーク・ルートがある。それぞれ雰囲気の異なる森が広がっており、道に迷いにくく、比較的短時間でブルーベルを楽しめるのは左手のエリア。カフェの横から出発しよう。

さらに奥深い森歩きを体験したい人は、より背の高い木々に覆われた右手のエリアへ。1832年に建てられた記念塔「ブリッジウォーター・モニュメント」の正面右側、車いすやベビーカーも通ることができる広めのフットパスを進み、縦横無尽に伸びる細いフットパスへそれると、駐車場の人混みが嘘のように人影がまばらで静かな森が現れる。

まるで妖精に魔法をかけられたかのごとく方向感覚を失い、筆者自身も道に迷ったことが何度かあるが、東西南北どちらかの方向に真っすぐ進めば、道路か駐車場、または広いフットパスに戻ることができるので大丈夫。繊細な花々を守るためにも、くれぐれもフットパスから外れないよう注意しながら歩こう。

幻想的なブルーベルの森を歩いていると、まるで童話の世界に足を踏み入れたように感じられ、英国で数多くの優れた童話やファンタジー小説が誕生したのも不思議ではない、自然とそんな気がしてくるはずだ。

童話やファンタジー映画の世界に迷い込んだかのような、静かで神秘的なブルーベルの森。足元に気を付けよう。

また、ブルーベルの森を散策した後、まだまだ脚に自信のある人は、森を抜けて「アイヴィングホー・ビーコン(Ivinghoe Beacon)」まで足を延ばしてみよう。羊がのんびりと草を食む様子を眺めながら、ちょっと急だが長くはない丘をのぼり、かつての狼煙台(のろしだい)に立つと、360度広がる田園地帯の壮大な景色を目にすることができ、深呼吸せずにはいられない。ささっと移動したい人は、丘のふもとに駐車場があるので車移動も可能だ。

360度広がる田園地帯の壮大な景色を目にすることができる、アイヴィングホー・ビーコン。

変化に富む景色を楽しむ

そして東側のエリア。ブルーベルの盛りに東側まで赴く人は多くはないようだが、夏にこのエリアを訪れみると、西側とは雰囲気の違う森、樹齢数百年はあろうかと思える見事な巨木、なだらかな斜面に咲く夏の花、修道院として建てられたネオ・ゴシック様式の壮麗な「アッシュリッジ・ハウス」など、変化に富むウォーキングを楽しむことができる。

まるで城のようなアッシュリッジ・ハウスは700年の歴史を誇り、ヘンリー8世から娘のエリザベス1世へ私邸として受け継がれた後、貴族の邸宅、保守党の研修所、戦時中には病棟となり、現在はビジネス・スクールに姿を変えながらも連綿と受け継がれている。内部は残念ながら一般公開されていないが、結婚式や会議の会場として貸し出されている。

修道院として建造されたアッシュリッジ・ハウスは、ヘンリー8世やエリザベス1世の私邸としても使われていた。

ちなみに、前述した「ブリッジウォーター・モニュメント」は、かつてアッシュリッジ・ハウスに住んでいた第3代ブリッジウォーター公爵を記念して建てられたもので、4~10月の週末のみ有料解放され、塔の上までのぼることができる(大人2・50ポンド)。

また、このアッシュリッジ・ハウス付近には、英国史上最も有名な造園師であるケイパビリティ・ブラウンが手掛けた「ゴールデン・バレー」が広がっている。「英国式風景庭園(Landscape Garden)」の生みの親ならではの人工の谷は、何があるという訳でもないが、なだらかな稜線が続きとても優雅だ。

東側のエリアに広がる、ケイパビリティ・ブラウン作によるゴールデン・バレー。

ブルーベルの絨毯が広がる春、名も知らぬ草花が夏風に揺れる夏、森が黄色く染まる秋…と、四季を通して異なる表情をみせてくれるアッシュリッジ・エステート。今年もブルーベルの見頃を迎えようとしている同地に、ぜひ足を運んでみてはいかがだろうか。

Bluebell

イングリッシュ・ブルーベル(写真上)は「野生生物と田園に関する法律」(1981年)で保護されており、野生のブルーベルを掘り起こすことや自分の土地から持ち出すことは禁止されている。変化を好まないブルーベルが咲く森は「古代の森」であることを示す指標にもなっており、野生が咲く森は少なくとも誕生から400年以上が経過している。

また、民家の軒先などで見かけるブルーベルの多くは、外来種のスパニッシュ・ブルーベル(同右上)。茎の先が下垂しているイングリッシュ・ブルーベルとは異なり、真っ直ぐ伸びているのが特徴。花も群青色というよりは薄紫色で、一列ではなく四方を向いて咲く。イングリッシュより葉も幅広で、生命力が強い。

学名:Hyacinthoides non-scripta
英名:English Bluebell
原産地:北西ヨーロッパ
花言葉:謙遜、不変、節操
開花時期:4月下旬~5月

Travel Information 2022年4月28日現在

Ashridge Estate
Moneybury Hill, Ringshall, Berkhamsted HP4 1LT
www.nationaltrust.org.uk/ashridge-estate
開園期間
カフェ9:00~17:00
ショップ/ビジターセンター10:00~17:00
入場無料
アクセス
車…ロンドンより北西方面に車で約1時間。駐車場無料。
電車…ユーストン駅より電車でトリング(Tring)駅下車(乗車時間は約45分)。トリング駅より徒歩約40分、バス+徒歩なら約20分。

週刊ジャーニー No.1237(2022年4月28日)掲載