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■ 第173話 ■スペイン没落、次に誰が来た?

▶15世紀末以降、ポルトガルとスペインが世界地図をたった2国で勝手に2分割した。一時は「太陽の沈まない国」とまで言われた大国スペインだったけど、太陽はゆっくりと沈んでいった。次は一体誰が来るの? イギリスと言いたい所だけど実際に来たのはオランダだ。オランダの正式名はネーデルランド。ネーデルランドとは「低い土地」を意味する。その名の通りこの辺りは海抜よりも低い土地が多い。かつては現在のベネルクス一帯がネーデルランドと呼ばれた。ルター発の宗教改革をきっかけに16世紀のヨーロッパには宗教戦争の嵐が吹き荒れた。そしてネーデルランドは各地で迫害されたプロテスタントたちの駆け込み寺となっていた。

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▶フランスからは虐殺を逃れたカルヴァン派の信徒たち(ユグノー)が大量に流れ込んだ。カルヴァン派は勤労による利益獲得を奨励する教えだったため特に商人に支持された。カトリックは利益追求を良しとしない。そのためカルヴァン派を異端視し、激しく弾圧した。ネーデルランドは反スペイン、反カトリックの人たちを歓迎した。敵の敵は友。ネーデルランドはヨーロッパ各地で迫害を受けていたユダヤ人たちをも受け入れた。ユダヤ人資本家が集結したアントワープはヨーロッパ有数の交易都市として大いに栄えた。

フィリピン国名の元、フェリペ2世
フィリピン国名の元、フェリペ2世ですが何か?

▶15世紀末以降、ネーデルランドはスペイン・ハプスブルク家の領土だった。スペイン王フェリペ2世はネーデルランドにカトリックを強要し、重税を課した。ネーデルランドの人々がこれに反抗するとスペインは大軍を派遣した。カトリックが多かった南部ネーデルランドは早々に脱落。後にベルギーとルクセンブルクになった。北部ネーデルランドはしぶとく戦い続けた。彼らを陰で支援する国があった。エリザベス女王率いるイングランドだ。激怒したフェリペ2世は1588年夏、イングランドに鉄槌を下すため無敵艦隊を差し向けた。しかし返り討ちに遭い、ほうほうの体でスペインに逃げ帰った。財政上欠かせないユダヤ資本家たちを自らの手で国外追放していたスペインは以後、徐々に衰退に向かった。北部ネーデルランドは独立を勝ち取った。アムステルダムは繁栄し、アントワープは没落した。

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▶オランダは造船、商業、金融の中心地となった。オランダ東インド会社が誕生した。航海に船が出る毎に出資を募る古いイングランドの東インド会社と比べてオランダの東インド会社は初めから先進的な株式会社だった。銀行や株式、証券取引所といった新しい考えは常にユダヤ人たちが主導した。ユダヤ人抜きにこの時のオランダの躍進は語れない。香辛料を求めてイングランドがインドネシアに辿り着いた時、すでに一帯はオランダに支配されていた。イングランドはオランダに敗れた。アンボイナ島では反逆罪で捕らえられたイングランド人と日本人傭兵たちが無実のまま処刑された。イングランドはオランダを憎悪した。対スペインで共闘した2国は敵同士となった。

▶オランダは絶頂期を迎えた。日本では追放されたポルトガル人やスペイン人に代わって独占的交易権を得た。そんなイケイケのオランダ人が突然ブラジルに現れた。ポルトガル人はワチャ~と震えた。ブラジルにいたコンベルソ(改宗ユダヤ人)たちはポルトガルやスペインの時代は終わったと察し、サッサとオランダに鞍替えした。そしてオランダが絶賛植民中のマンハッタン島を目指した。ってなこって次号に続く。チャンネルはそのままだ。

週刊ジャーニー No.1295(2023年6月15日)掲載

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