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■ 第84話 ■帝国の墓場、アフガニスタン

▼アフガニスタンとは「アフガン人の土地」という意味だ。19世紀前半、ロシアが南下してきた。インドを植民地化していた大英帝国は先手を打ってアフガニスタンに侵攻し、2度の戦争の末、これを保護国とした。第一次世界大戦が終わるとアフガニスタンは独立を求めて再びイギリスと激突した。大戦で疲弊していたイギリスはわずか2ヵ月でお手上げ。アフガニスタンは独立を宣言し王制が復古した。

▼1978年、アフガニスタンで革命が起こり共産主義政権が誕生。保守部族層はこれに反発し各地で反乱が起こった。そこに黒幕ソ連が軍事介入してきた。広大な砂漠と山岳地帯でゲリラ戦を展開するムジャヒディーン(聖戦を遂行する者:戦士)にソ連軍は苦戦した。アメリカがパキスタン経由で密かにムジャヒディーンに資金や武器を供与していた。世界各地のイスラム戦士が助っ人に駆け付けてソ連軍と戦った。その中にサウジアラビア大富豪の御曹司がいた。ウサマ・ビンラーディンだ。ビンラーディンはパキスタンを拠点に資金や建設機械を提供して支えた。やがて拠点をアフガニスタンに移し自らも戦闘に参加し始めた。1988年、ビンラーディンは新組織「アルカイダ(基地)」を立ち上げて徹底抗戦した。

▼1989年、ソ連軍が撤退した。国内の支配を巡りムジャヒディーン軍閥が分裂。アフガニスタン紛争が始まった。この時、パキスタンとの国境付近の難民キャンプに神学校が作られた。この神学校の学生たちは「タリバン(学生たち)」と呼ばれた。彼らは厳格なイスラム教に基づき、軍事的に教育、訓練を施されていく。インドと対抗するパキスタンはタリバンを支援した。1990年、イラクがクウエートに侵攻し、湾岸戦争が勃発。サウジアラビアは米軍に基地を提供した。ビンラーディンは「聖なるアラビア半島に異教徒を招き入れるとは何ごとか~」と憤慨し、サウジアラビア政府を糾弾したことで祖国を追われた。ビンラーディンの怒りはアメリカに向けられた。1996年、タリバンは首都カブールを制圧。アフガニスタン・イスラム共和国を建国。音楽などの娯楽を禁じ、公開処刑などを日常的に行った。女性は学ぶことも働くことも禁じられ、単独での外出も認められなかった。あまりにも偏狭で頑強なイスラム教の解釈を押し付けたことでアフガニスタン国民の支持も失っていった。

ビンラディン
ビンラーディンですが、何か?
©Hamid Mir

▼2001年9月11日、世界同時多発テロが発生した。タリバン政権は首謀者とされるビンラーディンやアルカイダを客人として迎え入れ、かくまった。アメリカはビンラーディンを差し出せと迫ったがタリバンはこれを拒絶。アフガニスタン紛争が勃発した。アメリカを中心とする同盟軍が首都カブールを制圧し、新共和国を成立させた。傀儡政権の誕生だ。それから20年、アメリカはアフガニスタンからの米軍の完全撤退を決め、実行に移した。その隙をついてタリバンが主要都市を押さえ、この8月15日、首都カブールを制圧。20年続いたアメリカ製民主政権は崩壊した。我々は今、その歴史的瞬間の目撃者となっている。

▼かつてアフガニスタンに手を出した大英帝国はその後弱体化し、ソ連は崩壊した。そして今回のアメリカの撤退。今やアフガニスタンは専門家たちの間で「帝国の墓場」と呼ばれている。そしてアメリカが去った後のアフガニスタンに熱視線を送る大国があるという。中国だ。やめておきなはれ。痛い目にあうで! アフガニスタンの人々に恒久的な平和と自由と平等が訪れますようにと心底祈ったところで次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1204(2021年9月2日)掲載

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