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■ 第56話 ■
紅茶とコーヒーの分かれ目

▼パリを中心にヨーロッパで花開いたサロン文化。始まりは文化的で高尚なものだったけど、拡散していく課程でだんだん俗っぽいものに変化していった。成功したIT企業のイケイケ社長たちが六本木ヒルズの一室に集結し、美女はべらせつつ情報交換しているような、鼻持ちならない空間だったのかと想像しちゃう。妄想に嫉妬しているだけなんだけどね。サロンの是非は別として、とにかくそこでヨーロッパの磁器は東洋のそれと全く異なる独特の進化を遂げていくことになる。

▼ポルトガルやスペインから始まった大航海時代。白人以外の人種にとって、悪夢の時代の幕開けだけど、幕を開けておきながらスペインは勝手に没落していった。や~い。取って代わったのはオランダだ。オランダには16世紀後半、カトリックの迫害から逃れてきたプロテスタントが集結。「悪魔に憑りつかれた哀れな異端者たち」を改心させ、カトリックに復帰させようとやってきたスペイン軍らと壮絶な戦いを繰り広げた。ローマ教皇に破門されたエリザベス1世も「おほほ~、おほほ~」とこっそり裏でオランダを支援していた。

▼カトリックは蓄財を善とせず教会への寄進を奨励した。一方のカルヴァンは労働と蓄財を推奨したため商人たちに好まれた。そのカルヴァン派の人たちが集結したのがオランダだった。商才溢れる人たちが1600年頃、オランダとイングランドで相次いで貿易を営む組織を立ち上げた。東インド会社だ。今じゃドイツやフランス、そしてイギリスといった大国に包囲されてすっかり小国となっちゃった感じのあるオランダだが、この当時は先端的アイディアを持った人たちだった。イングランドは初めの頃、貿易船を出す度に出資者を募り、無事に金銀財宝を持って帰国したら出資者で儲けを山分けして解散、という個別プロジェクト型だった。そのため船が沈んだ時の損害は甚大だった。一方のオランダの東インド会社は株を発行し、個別事業ではなく会社への出資を募った。そのため、会社も投資家もリスクが軽減され、安心してビジネスにまい進できた。株式会社のはしりだ。

17世紀、イングランドのコーヒー ハウスの様子ですが、何か?

▼オランダはインドネシアを植民地としてスパイスを独占する一方、ジャワのプランテーションでコーヒーを生産。アムステルダムで独占販売し莫大な利益を上げた。イングランドでもコーヒーが大流行。国内に3000軒ものコーヒーハウスが出現した。ところがコーヒーが流行れば流行るほどライバル国オランダを儲けさせるというジレンマに陥った。ヨーロッパ各国もオランダが稼ぎまくる姿を見るのは面白くなかった。そのためスペインやポルトガル、そしてフランスまでもがブラジルでコーヒーの生産を開始。南米がさらにヨーロッパ人の食い物にされていく。

▼イングランドは植民地でのコーヒー栽培に失敗。そこでセイロンで収穫した茶を酸化発酵させて飲むようになった。紅茶だ。こうしてイングランドは紅茶大国への道を歩み始める。いずれにしてもヨーロッパでは植民地から運ばれてくるコーヒーや紅茶、さらにはホットチョコレートを飲む習慣が広まった。サロンではコーヒーや紅茶を飲むための器が重要視されるようになり、以降様々な磁器が焼かれて行くことになる。日本が「わびさび」に夢中になっている間にヨーロッパの磁器がどんどん華美になっていっちゃう。ちぇーっ。例によって次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1176(2021年2月18日)掲載

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