gudaguda_title.jpg

■ 第57話 ■ヨーロッパ磁器の逆流

▼ヨーロッパのサロンでは着飾ったご婦人方がコーヒーや紅茶、ホットチョコレートを啜りながら文学や芸術、時に政治や経済など、高尚な話題に熱中したと言われている。確かにそういうご立派な集まりも多かっただろうけど、ほとんどはゴシップ中心の集まりだったんじゃないかと邪推しちゃう。堅苦しいお勉強会だけじゃヨーロッパ中に拡散するのは難しい。「□□夫人、最近若いツバメ囲ってるってよ」「〇〇さんのご主人、今度男爵に昇格ですって」「▽▽さん、来週ギロチンらしいわよ」「まじ? いや~ん」なんてゴシップならいつまでも聞いていられちゃうのは筆者だけ?

▼17世紀以降、ヨーロッパで大流行したコーヒーや紅茶は100℃近い熱湯を注いで淹れられる。これが茶を飲むために作られた景徳鎮や有田の磁器と相性が悪かった。磁器は薄く焼き上げることが可能だ。生地が薄い分、熱湯を注ぐとアチチ過ぎて手で器を持つことが困難だった。そこで初めの頃はカップからソーサーにコーヒーや紅茶を移し、冷ました上でソーサーからすすった。ソーサー(saucer)とはその字が示す通り、本来はソースや調味料を入れる器として作られた小さな深皿のことだ。ソース皿からズズズッと啜るって、なんか高貴なご婦人方の姿としては滑稽だが、当時はそれが正しい作法であり、みんな真剣にやっていた。やがて気付いたらしい。「なんか、こういうの、労働者階級の飲み方っぽくない?」。鼻持ちならない言い草だが、そういうところからやがて持ち手(ハンドル)が付けられ始め、カップから直接コーヒーや紅茶を啜るようになっていった。スプーンやビスケットを置いたりするのに重宝だからと言う理由でソーサーは生き残った。

ヴァンセンヌ窯製、18世紀のカップ&ソーサー
ヴァンセンヌ窯製、18世紀のカップ&ソーサー。受け皿が深くなっておりますが、何か?

▼一方、ほうじ茶や玄米茶などを除けばお茶は通常90℃以下のお湯で淹れられる。高級な玉露ともなれば60℃以下という。そのため熱くて器を持てないということがほとんどなかった。必要が発明の母であるなら、日本で湯飲みに持ち手が付く必然性がなかった。ところがある日、浦賀にペリーがやって来て尊王だ、攘夷だで日本中が大騒ぎとなった。やがてチョンマゲの時代が終わり、欧化主義が始まった。途端に西洋の文化が日本に押し寄せて来て、コーヒーや紅茶と共に西洋式の器もガンガン入ってきた。かつてヨーロッパでは有田の磁器がステータスシンボルだった。ところが今度は日本のにわか上流階級が競ってヨーロッパ産の磁器製品を求めた。ヨーロッパ産の食器類が庶民の間で憧れとなるのはずっと先だけど、徐々に立場が逆転していった。

▼ところでイギリスでは磁器焼成に必要なカオリンを含む陶石が見つからなかった。18世紀半ば、ロンドン近郊にいた陶工が近所の牛市場で譲り受けた動物の骨を粉砕して土に混ぜて焼いてみた。すると上々の仕上がりだった。それから半世紀。ストーク・オン・トレントのスポード親子が、動物の中でも牛の骨が最強であることを突き止めた。牛骨粉を混ぜて焼いた器は磁器より白が際立ち、より硬くて割れにくかったため大変な人気となった。ボーン・チャイナの誕生だ。そうしてイギリスではウエッジウッドへと繋がり、後年日本で大流行する。今や立場はすっかり逆転してしまったが「西洋磁器のルーツは日本を含む東洋。なので日本の磁器も正当に評価しようね」と叫んだところで次号、再び日本に戻る。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1177(2021年2月25日)掲載

他のグダグダ雑記帳を読む