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■ 第55話 ■
バブル期に見た切ない光景

▼ヨーロッパの磁器が華美になっていく課程で重要な役割を果たしたのがルイ15世の公妾、ポンパドール夫人だと言われる。17世紀初め、一人のローマ駐在外交官の娘がフランスに帰国。彼女の目にはイタリアの洗練された宮廷文化に比べて自国のそれが随分野暮ったく見えた。そのためイタリアで流行っていたサロンを真似し、各界から知識人を自宅に招いて私的な勉強会を開いて教養を磨き合った。才色兼備のポンパドール夫人もまた宮殿内で頻繁にサロンを開催した。集まった女性たちは芸術家たちのパトロンとなって経済的に支援し、ロココ文化を育んだ。サロンに加わることはご婦人方のステータスシンボルとなり、やがて創成期の高尚な勉強会からかけ離れた「おほほ~」な世界になっていった。17世紀に活躍した劇作家モリエールはサロンに集う女性たちを「才女気取り」と揶揄して軽蔑したという。何となく、わかる~。

▼余談始まる。バブル期のロンドンには日系企業が山のように進出していた。駐在員夫人の社内お集まりも結構あった。ご主人の会社での序列がそのままご婦人の世界にも反映された。必然的に若いご婦人は下っ端になり、お集まりは大抵地獄タイムとなった。つい数年前まで渋谷や六本木あたりのクラブでブイブイ言わせていた姫たちも、その空間に一歩足を踏み入れた瞬間、農民の娘同然となった。

▼ある晩、取材のためメイフェアの某フレンチレストランで食事をしていた。しばらくすると10人ほどの日本人女性の団体がやってきて筆者のテーブルのすぐ近くに着座した。若い方からご年配の方までグラデーションに揃った御一行様だった。みなさん一様に控え目に着飾っている。ご婦人方だけの「夜会」はなかなか珍しい。メニューが配られてしばらくするとウエイターが注文を取りに来た。自然な流れの中で最もご年配でボスっぽい女性の元へ行って「お決まりですか?」と尋ねた。ご婦人は静かに言った。「フィッシュ」。ウエイターは一瞬、凍り付いたようだった。「フィッシュにもいくつか種類がございますが」。ご婦人は表情を変えずに答えた。「フィッシュ」。ウエイターは気を利かして言った。「舌平目のムニエルでしょうか」。夫人は黙って頷いた。

ポンパドールですが、何か?

▼「フィッシュって、機内食かいな」と思ったが、それよりも他のご婦人がどうするのかが気になり耳を澄ました。ウエイターが隣の女性に尋ねた。「お決まりですか?」。ご婦人は答えた。「フィッシュ」。そのお隣も「フィッシュ」、その後は「フィッシュ、フィッシュ」の大輪唱。故伊丹十三監督の映画「たんぽぽ」にも同様のシーンが出て来るが、まさか目の前で本物を見られるとは思わなかった。「私は今宵、どうしても肉が食べたい‼」と叫ぶ気骨あるご婦人はいないのか! と思ったが、これも和をもって尊しとなす日本文化の美徳なのか。肉を食いそこなった農民娘の無念さを思うと思わず目頭が熱くなった。こういった集まりもまたサロンの一つなのか。余談終わり。

▼ポンパドール夫人が支援した事業の一つが磁器製造で、その中で急成長したのがセーブル窯だった。セーブル焼きではポンパドール夫人が愛した薔薇を器に描いたり、金塗りを施したりして繊細で華美な器を作り上げていった。そしてこのサロンがヨーロッパ磁器躍進の背中を押していくこととなる。余談が長過ぎて紙面が尽きたぜ。反省しながら次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1175(2021年2月11日)掲載

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