gudaguda_title.jpg

■ 第46話 ■裏の顔がばれちゃった

▼本能寺の変で信長が死に、すったもんだの末に秀吉は北条氏を残し四国や本州をほぼ掌握した。だがこの頃、島津氏が九州で大暴れしていた。豊後の大伴宗麟は秀吉に援軍を要請。これに応じた秀吉が続々と兵を送った。九州各地でドンパチが始まった。最後は秀吉自らも乗り込んでようやく九州は平定された。

▼九州に来てみて秀吉は色んなことに驚いた。キリシタン大名がやたら多いこと。その中には領内にどんどん教会を建てる一方で神社や寺をぶっ壊している大名や信者がいること。処刑された僧侶らも随分いた。長崎一帯がイエズス会領になっていたことにはことさらタマゲた。キリシタン大名1号の大村純忠が、お家騒動が起こった際、ポルトガルにバックアップしてもらったお礼に長崎をイエズス会にあげちゃっていた。「な~に勝手なことやっとんだがね!」と秀吉でなくても怒りたくなる。この時大村氏の領内には6万人のキリシタンがいたと言われる。純忠が恐怖政治で入信を迫った結果と言われている。

▼仏教や神道に対する攻撃的な姿勢や、キリシタン同士の結束の固さを目の当たりにした秀吉の脳裏に浮かんだのは戦国時代に各地で起った一向宗信徒らによる一揆だった。さらに秀吉はポルトガル商人たちが日本人の若い男女を買い漁り、大量にマカオや東南アジア等に奴隷として売り飛ばしている実態を知り激怒した。イエズス会のガスパール・コエリョという武闘派司祭に「日本人を売り飛ばすの止めろ」と抗議したがこの司祭「売る奴がいるから買っている。売るのを止めさせろ」と食ってかかり秀吉をブチ切れさせた。秀吉は「とにかく止めろ。国外に連れ去った日本人も返せ」とコエリョに迫った。あら、秀吉って意外と貧民思いの立派な人だったのねと思ったら全然違う理由からだった。その辺はまた後日。

秀吉
秀吉ですけど、何か?

▼いずれにしてもこの九州出張で秀吉は、表では「愛」だの「平等」だの「天国」だの説くイエズス会の裏の顔を見た。ポルトガルが世界各地で殺戮を繰り返しながら植民地を増やし、アフリカで奴隷狩りをしているなどを知る由もなかったが、少なくともキリスト教に相当な脅威を感じた。即座に「バテレン追放令」を発した。1587年のことだ。ええっと追放される「バテレン」って誰?元は司祭を意味するポルトガル語「パードレ」。これが当時の日本人にはバテレンと聞こえた。なんせレモネードがラムネに聞こえちゃう国だからね。

▼バテレン追放令で日本はヨーロッパの魔の手から逃れたと思ったがこの追放令、タイトルは勇ましいが司祭たちを日本から追放するほどの迫力はなかった。イエズス会の布教活動は常に貿易とセット、抱き合わせ商法になっていた。布教なければ貿易なし。秀吉は貿易の利を捨てきれなかった。「う~ん、ヨーロッパの情報や武器、文物は天下統一に不可欠。じゃ、居てもいいけど、布教はダメよ」程度で何となくグズグズになっちゃった。

▼そうこうしているうちにポルトガル商人より質(たち)の悪い連中が日本にやって来た。スペイン人だ。以前書いたサラゴサ条約でポルトガルとスペインが世界を2国で分け合うため東経133度に線を引いた。東経133度は広島や愛媛あたりを縦に走っている。フィリピン植民地化に成功したスペインが、そこを拠点に日本を狙うのは時間の問題だった。こうしてまた日本で血が流れる。こわいよー。今回もガタガタ震えながら次号につづく。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1166(2020年12月3日)掲載

他のグダグダ雑記帳を読む