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■ 第35話 ■ コットンがイングランドに見っかっちゃった

▼ポルトガルとスペイン。わずか500年ほど前、この2国は世界を勝手に分け合い、各地で先住民族を殺戮しては美味しい汁をチューチュー吸いまくっていた。そこに後から割り込んできたのがオランダとイングランドだ。イングランドはのちに七つの海を制する大国となるがそれは18世紀後半になってからのこと。17世紀、没落したスペインに代わってトップに躍り出たのはオランダだった。風車クルクルの、あのちっちゃ~い国が、なんで?

▼大国スペインから独立をもぎ取った頃、オランダには大海に漕ぎ出す条件が育っていた。その担い手の一つが風車だ。オランダの正式国名はネーデルランド。「低い土地」を意味する。オランダの歴史は水との闘いだった。水車や風車を作って水を掻き出しては干拓し、洪水から土地を守ってきた。風車の羽根は強靭な布でできていた。これが船の帆布に応用された。さらに水車や風車を動力とする様々な機械が作られ、これらの技術も造船に活かされた。新教国だったオランダにはカトリックからの弾圧を逃れ、ヨーロッパ各地から新教徒の商人やユダヤ教徒が集まっていた。金儲けが好きな人たちと最先端技術が出会うことで外洋に出る条件が整った。

▼一方のイングランドはスペイン無敵艦隊に勝利したものの財政は逼迫し、オランダに比べて随分見劣りする状態でアジアを目指した。しかし各地で先行するオランダのいじめに遭い、インドまで撤退した。さらに1642年、本国で清教徒革命が始まり貿易どころじゃなくなった。国王チャールズ1世が首を刎ねられて革命は終わり、イングランドは一時的に共和制となり、護国卿となったオリバー・クロムウェルは交易に力を入れ始めた。

収穫期を迎えた綿花。この白い綿が良くも悪くも世界を大きく変えた。

▼イングランドの東インド会社もアジアでスパイスなどを仕入れて大儲けしようと始まったが、同時にイングランドの製品をアジアで売ろうと試みた。当時、イングランドにはまだロールスロイスもウエッジウッドもなかった。主要商品は毛織物(ウール)だった。彼らは大量の毛織物を持って熱帯の諸国に売りに行った。北極でかき氷を売ろうとするようなもので全然売れなかった。逆に彼らはインドで毛織物よりも遥かに汎用性が高い布に出会った。木綿(コットン)だ。綿は軽くて吸湿性に優れ、染色もしやすく頑丈な上に肌触りもよしと、毛織物を遥かに凌駕していた。さらにインドは労働力が安価な上、織布工たちの高い技術は古くから他を圧倒していた。

▼東インド会社は大量のコットンを仕入れてせっせと本国に送った。まずは王室に献上し、宮廷で火がついた。ミーハーな貴族もすぐに色鮮やかな新素材コットンに飛びついた。ちなみにコットンは積出港カリカットがなまって「キャラコ」と呼ばれて普及していく。突然雪崩のように押し寄せてきたコットンに慌てたのはイングランドの主要産業、毛織物に従事する人たちだった。たちまち論争となり暴動も起きた。街中で着ていたコットン製の服をはぎ取られる事件も頻発した。それでもコットン人気はとどまるところを知らなかった。

▼東インド会社はコットン代を銀で支払っていた。買わされるだけで一方通行の貿易不均衡。面白くないイングランドはやがてコットンでもっと儲けたいと考え始める。貿易会社だった東インド会社が極悪暴力団のようになっていく。こわいよー。ガタガタ震えながら次号につづく。チャンネルはそのままだぜ。

参考文献:浅田實著『東インド会社』他

週刊ジャーニー No.1155(2020年9月17日)掲載

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