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■ 第34話 ■ オランダ人に処刑された9人のサムライ

▼ポルトガルやオランダ、そしてイングランドはアジアで各種スパイスを求めたが、中でも珍重されたのがナツメグだ。日本ではハンバーグにチョイ混ぜするくらいしか使い道がないが、エリザベス朝時代の医者たちがナツメグの匂い玉が死に至る恐ろしい疫病に効く唯一の薬だと喧伝したため爆発的な価格高騰を誘発した。ナツメグは整腸作用があり今でも生薬として使われているが病気を治す薬効は認められない。しかし当時の人たちはこの風聞にすがった。ナツメグをイングランドに持ち帰れば価格が仕入れ値の600倍に跳ね上がったという。ナツメグの小袋1つあればロンドンのホルボーン辺りに立派な一軒家が買え、生涯召し使い付きの生活が送れたという。命知らずの連中が次から次へとアジアを目指したのはこういう理由からだ。

▼香料諸島からポルトガルを追い出し、抵抗する原住民を殺戮し、先にナツメグやクローブを「これ、オラんだ」と押さえたのはオランダだった。しかしそこにイングランドがやって来て各地で小競り合いが発生した。そこで本国同士が「仲良くしようよ」と協定を結び、既に見つかっている産地で収穫されるスパイスの取り分はオランダが3分の2、イングランド3分の1と定めた。そして今後発見される新しい産地での取り分は折半と決めた。本国同士は折り合いをつけたつもりだったが、現地は依然、バチバチに対立していた。ある時、2国が決定的に決裂する大事件が起こった。

今じゃ二束三文のナツメグ。これのためにいっぱい人が死んだ。

▼香料諸島の中にアンボンという島があり、オランダは早くからこの島に要塞を築いていた。オランダとイングランドが本国で協定を結んだ結果、イングランドはオランダの要塞の一角に商館を置いた。オランダは大坂夏の陣が終わって失業した30人ほどのサムライを傭兵として雇っていた。1623年2月10日、長崎県平戸出身の七蔵という傭兵がオランダ兵に要塞内の防御力や配置人員等を尋ねた。七蔵は職務に忠実な男でただ要塞がどれくらいの攻撃に耐えられるか知っておきたかっただけと言われる。ところがオランダ兵は七蔵の行動を不審に思いイングランドのスパイではないかと疑い、上司に報告した。

▼オランダの上層部は日ごろからイングランドの謀反を警戒していた。すぐさま日本人とイングランド人を捕らえ、連日連夜、火責め水責めの過酷な拷問を加えた。朦朧とする意識の中、一人、またひとりとオランダ側が書いたストーリーを認めさせられ、ウソが誠になった。その結果、イングランド人10人、日本人9人、そしてポルトガル人1人、合計20人が有罪となり首をはねられた。後世の研究では香料諸島でのスパイス独占を目論んだオランダ東インド会社による謀略だったと言われる。これがアンボイナ事件だ。

▼この事件以降、イングランドの東インド会社は香料諸島をあきらめてインドまで後退した。しかしイングランドはそこで大躍進に繋がるある商品と出会うことになる。その結果、さらに大量の黒人が奴隷船に積み込まれることとなる。ただし、奴隷船が向かったのは中南米ではなく、北米だった。いよいよイングランドの未曽有の悪事が始まる。やばいよ、やばいよ。チャンネルはそのままだぜ。 参考文献:永積昭著『オランダ東インド会社』他

アンボイナ事件の詳細を知りたい方は本紙掲載の「激突 オランダVSイングランド 香料諸島を奪取せよ」をお読みください。

週刊ジャーニー No.1154(2020年9月10日)掲載

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