
●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部
■ 1961年8月21日、ロンドンのナショナル・ギャラリーから英陸軍の英雄、ウェリントン公爵の肖像画が消えた。窃盗の痕跡は一切残っておらず、手慣れた「プロ」による国際的な組織犯罪が疑われたが、4年後に逮捕されたのは意外な人物だった――。今回は、英国中に衝撃をもたらした美術品盗難事件についてお届けする。
8月21日の受難

美術品の盗難事件は世界各所で発生しているが、20世紀に起きた事件の中でも異色を放っているのが、1911年にパリのルーヴル美術館からレオナルド・ダ・ヴィンチ作「モナリザ」が盗まれた事件と、1961年にロンドンのナショナル・ギャラリーからゴヤ作「ウェリントン公爵の肖像」が消えた事件ではないだろうか。この2つの名画盗難事件には共通点が多い。「素人」による単独犯行であったこと、動機が「営利目的」ではなかったこと、犯人はほぼ罪に問われなかったこと、そして事件を起こした日が「8月21日」であること――。
「モナリザ」を盗んだのは、パリで暮らすイタリア出身の塗装職人であった。「モナリザ」を保護するガラスケースの設置作業に携わったことがあったため、セキュリティにも詳しかった。前日から館内に潜み、8月21日の早朝に絵画を壁から取り外し、保護ガラスと額縁を無造作に投げ捨て、油絵だけを作業服の中に隠して逃走。「モナリザ」は2年ほど彼の自宅に隠されていたが、イタリアへ帰国する際に持ち出され、やがてフィレンツェの画商らの通報によって発見された。しかし、イタリアのメディアは犯人を「『我が国の誇りの象徴』を祖国へ帰還させた英雄」と報道し、男は半年程度の収監という大した罰も受けなかった。
それからちょうど50年後、ナショナル・ギャラリーから「ウェリントン公爵の肖像」が持ち去られる事件が起きる。足跡をまったく残さない鮮やかな犯行手口は、プロの国際犯罪グループによるものだとして捜査が行われたが、4年後に逮捕されたのはナショナル・ギャラリーと縁もゆかりもない「普通の男」。イングランド北部ニューカッスルで年金生活を送る、60歳の元タクシー運転手だったのである。
年金生活者の「希望」

ケンプトン・バントンは1904年、ニューカッスルで生まれた。父親は従軍した第一次世界大戦でけがを負い、家の中には常に鬱々とした空気が漂っていた。補償も十分とは言えず、社会から隔絶した生活を送る父親の唯一の楽しみは「テレビ」。1922年から放映が始まったBBC放送は、暗く沈みがちなバントン家に笑いや話題をもたらした。
ケンプトンの中で「テレビは年金生活を送る高齢者、退役軍人の孤独を癒す『希望』」という信念が強まるのに比例して、BBCを視聴するためには「ライセンス料金」を支払わなければならないことに、大きな不満が募っていった。反骨精神に溢れて弁が立った彼は、わずかな収入から支払うには高すぎるライセンス料を不服とし、集金担当者が家を訪れるたびに「BBCを必要とするすべての人が利用できるようにするべきだ」と抗議。支払いを拒否して投獄もされている。
そんなケンプトンを激怒させたのが、政府が大枚をはたいて「ある絵画」を購入したというニュースだった。18~19世紀に活躍したスペインの画家ゴヤが描いた「ウェリントン公爵の肖像」を、米国の美術品収集家がオークションで競り落としたことに焦った英政府が、国外への美術品流出を防ぐため、同額で買い取ったのである。その金額は、現在にして200万ポンドを超えていた。
「そんなカネがあるなら、テレビのライセンス料を無料にしろ!」
それほどの価値がある絵なのか…? ケンプトンは電車を乗り継ぎ、肖像画が展示されているロンドンのナショナル・ギャラリーへ向かった。
警備員の失態
まさに「魔が差した」と言えるのかもしれない。彼は悪魔のささやきに耳を貸してしまい、またなぜか天は彼に味方したのである。
いざ肖像画を前にしても、ケンプトンはそれに価値を見出せなかった。話題の絵画を一目見たいと混み合う様子を眺めながら、ふと近くにいた警備員に声をかけると、思いがけず話が弾んだ。やがて会話はギャラリーのセキュリティ問題にまで及び、警備員はうっかり口を滑らせてしまった――赤外線センサーとアラームを用いたセキュリティ・システムは、早朝の清掃時に一時的に解除されることを。ただ、その話を聞いた時点では、ケンプトンも絵を盗もうとは考えていなかった。だが、立ち寄った男子トイレの窓が開いており、そこから改修工事用に組まれた足場にハシゴがかけられたままになっているのを目にした瞬間、頭の中に「ある可能性」がよぎってしまったのだ。

1961年8月21日の早朝、ギャラリーの裏手に面したセント・マーティンズ・ストリートへ行くと、ハシゴはやはり放置されたままであった。そのハシゴを静かにのぼり、トイレの窓に手をかければ、こちらも鍵はかかっておらず、すんなりと館内に侵入できた。そして警備員の情報通り、ちょうど警報装置のスイッチも切られていた。こうしてあっという間に、「ウェリントン公爵の肖像」は持ち出されることになる。絵が展示されはじめてから、わずか19日目のことだった。
スペインの画家ゴヤが描いた 英雄「ウェリントン公爵の肖像」

当時43歳だったウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーの肖像画(左)は、1812年にスペインで指揮したサラマンカの戦いで勝利した後、首都マドリードに滞在していたときに描かれた。ゴヤはウェリントン公爵の肖像画を3点制作しており、習作素描は大英博物館、「ウェリントン公爵の騎馬像」(右)は彼の私邸「アプスリーハウス」に所蔵されている。フランス軍との連戦が続き、長期遠征の多かったウェリントン公爵は疲弊していたが、3年後の1815年にウォータールーの戦い(ワーテルローの戦い)で、ついにナポレオンを下した。
この絵画はウェリントン公爵自身が購入し、実兄の妻の妹(リーズ公爵夫人)が譲り受けて以降、リーズ公爵家が所有。しかし、1961年にサザビーズで競売にかけられた。
「公爵は無事です」
開館以来の初めての盗難事件に、ナショナル・ギャラリー側はパニックに陥った。警察は「極めて狡猾で経験豊富、資金力のある国際的な犯罪組織による犯行」と発表、大々的に捜査を進めるものの、行方はまったくつかめず、懸賞金までかけられた。
8月31日、新聞社に1通の手紙が届く。「犯行声明」とも言えるその手紙には「絵を売るつもりはありません。私の目的は、豊かな社会で軽視されているように見える貧しい高齢者のために、テレビ・ライセンス料を支払うチャリティー団体を設立すること」と書かれており、政府が購入した絵の金額と同額を、設立したチャリティー団体に寄付するよう求めていた。ところが、警察は「労働者階級の『素人』」からの手紙を一顧だにしなかった。彼らが思い描く犯人像と、あまりにもかけ離れていたからである。
反応がないことに苛立ったケンプトンは、今度は絵の裏面に貼られていた作品番号などのラベルを同封。そうして何通も「身代金要求書」を送り続けたが、騒ぐのはメディアだけ。政府も警察もギャラリーも動かなかった。
4年近くが過ぎた1965年、ケンプトンは再びペンを手に取る。「公爵は無事です。私はこの事件を『冒険的ないたずら』と考えてきました。でも、もううんざりです。今となっては自分が間違っていることはわかっていますが、退却するにはあまりにも行きすぎました」。彼は絵の返却を約束した上で、戻された絵は有料で一般公開し、その収益をチャリティー団体へ寄付するよう提案して手紙を終えた。
やがてバーミンガム・ニューストリート駅のロッカーの領収書を受け取った新聞社の通報により、同所から額縁のない肖像画が発見される。奪還された絵画はすぐにナショナル・ギャラリーに展示されたが、やはり有料公開されることはなかった。
それから6週間後、ケンプトンはロンドン警察に自ら出頭。英国中で長く注目されてきた事件だ、裁判の様子は大きく報道されるに違いない。法廷でテレビ・ライセンス料の無料化について国民に訴えよう――。そう考えての自首であった。
犯行の動機とその熱意は裁判員や国民の心を大きく揺さぶり、罪状は非常に軽いものとなった。絵画自体は返却されたことから窃盗罪には問われず、額縁を盗んだ罪だけが成立。3ヵ月ほど刑務所で過ごしただけで、すぐに釈放されている。75歳以上の年金生活者のテレビ・ライセンスが無料となったのは、事件から40年後の2000年のことである。
驚愕の大どんでん返し

2012年、この名画盗難事件に関する警察の極秘ファイルが公表された。驚くべきことに、そこには肖像画を盗んだ真犯人はケンプトンではなく、20歳だった息子のジョンであることが記されていた。
当時から、ケンプトンが犯人であることに疑問を抱く者はいた。長身でがっしりした体格、体重は110キロ。そんな男が機敏に動き、トイレの小さな窓を出入りできるのだろうか? しかし、彼は自らの犯行を認めており、新聞社へ送った手紙の筆跡も合致していた。
事件が再浮上したのは1969年、ケンプトンが出所してから4年後のこと。リーズで軽犯罪で逮捕された息子のジョンが、指紋を採取される際に動転し、盗難事件の真犯人だと自供したのである。ジョンによると、当時トッテナム・コート・ロードに住んでいた彼は、話題の絵を見るためにナショナル・ギャラリーへ足を運んだものの、盗んだのは衝動的だったという。我に返ったジョンは絵の処遇に困り、父親に相談。燃やして証拠隠滅を図ろうとしていた息子を止めたケンプトンは、テレビ・ライセンス無料化運動の道具として絵を使うことを提案し、最終的にはナショナル・ギャラリーに返却すると話していたと明かした。犯行が暴かれた場合は、自分がその罪をかぶるから、「絶対に名乗り出るな」と言われたという。
ジョンの自白を立証する証拠はない。また、この事件を再検討することは、ケンプトンに見事出し抜かれたことを意味し、法曹界にとっては大恥の出来事だ。結局、真実は表に出ることなく闇に葬られたのだった。
この事件以降、英国の美術館や博物館のセキュリティは大きく見直された。多数の監視カメラの設置や警察犬を連れての夜間パトロールなど、さまざまな改善策が導入され、今日に至っている。
名画盗難事件を描いた映画 「ゴヤの名画と優しい泥棒」

2022年に公開された、ナショナル・ギャラリーからゴヤの名画「ウェリントン公爵の肖像」が盗まれた事件を描いた映画(英語のタイトルは「The Duke」)。ケンプトン役をジム・ブロードベント、長年苦悩してきた妻をヘレン・ミレンが演じている。ケンプトンが死去した年(1976年)に生まれた孫、クリストファーが製作総指揮に加わっている。
前半はコメディー調でストーリーが進むが、クリストファーが「この映画は労働者階級の闘争の物語」と語るように、後半の裁判シーンは息をのむ展開に。ケンプトンが実際に公判で行った演説が、ほぼそのまま再現されている。
過去の関連特集記事はコチラ
週刊ジャーニー No.1355(2024年8月15日)掲載










セール情報をいち早くGET!今週のお買得★食料品『TKトレーディング』