© National Gallery, London

●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部

■ ロンドンの中心地、トラファルガー広場に面して建つナショナル・ギャラリー。英国初の「絵画専門」の国立美術館で、2600点以上の絵画作品を所蔵、すべて無料公開されている。前回の大英博物館に続き、今回はロンドンで人気の高い観光スポットのひとつであり、今年オープン200年を迎えた同館の誕生の物語をお届けする。

出遅れた英国

既成の権威に抗い、人間性の尊重や新たな秩序の樹立を目指す「啓蒙思想」が、ヨーロッパで勢力を増した18世紀後半。この動きは、やがてフランス革命にまで発展していくのだが、そうした流れの中で、ヨーロッパ諸国では没落したり断絶したりした王家や有力貴族らが収集していた美術品コレクションの国有化が進んだ。そして国に買い上げられた美術品は、一般市民へと公開されるようになったのである。

1779年にはドイツ・バイエルン地方を治めていた旧ヴィッテルスバッハ家のコレクションが一般公開され(現在のアルテ・ピナコテークの基礎)、1789年にはイタリア・フィレンツェのメディチ家の所蔵品も公開となり(現在のウフィツィ美術館の基礎)、ついに1793年にはフランス・ブルボン家の歴代コレクションも一般に披露されている(現在のルーブル美術館の基礎)。

しかし、このようなヨーロッパ大陸の潮流の影響をそれほど受けなかった英国では、王家も有力貴族も変わらずに存続しており、貴重な美術品は今だに限られた特権階級の人々だけが楽しむものとされていた。そのため、英国人の美術方面への知的関心は、他国よりも後れをとっていたのだった。

実際に、英国の初代首相を務めたロバート・ウォルポールが死去した後、多大な債務を抱えていたウォルポール家は1777年、所有する世界各国の貴重な絵画コレクションを売りに出したが、英議会は見向きもせず、ロシアの女帝エカチェリーナ2世に奪われてしまっている(現在はエルミタージュ美術館が所蔵)。

この出来事に大きなショックを受けたのが、英国の芸術家たちだった。「貴重な宝物」の国外流出を嘆いた彼らは、「英国絵画が発展するためには、ヨーロッパ諸国の優れた絵画と接する機会が必要不可欠である」――と訴えた。そして美術愛好家として知られる貴族たちも巻き込み、英国美術振興協会 (The British Institution)を創設。初の国立美術館の開館へ向けて、ようやく動きはじめた。

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国王との争奪戦⁉

銀行家ジョン・ジュリアス・アンガースタインの絵画コレクションが、最初にナショナル・ギャラリーに収蔵された。

その活動がやっと実を結んだのは19世紀に入った1823年、ある人物のコレクションがロンドンで売り出されたときのこと。その人物とは、ロシア出身の銀行家ジョン・ジュリアス・アンガースタイン。10代後半で渡英し、ロイズ銀行の会長にまで上り詰めた羽振りの良い実業家で、絵画収集家としても名を馳せていた男だった。

1823年にアンガースタインが亡くなると、その秀逸な絵画コレクション38点がオークションに出品された。作品数としては決して多くないが、ルーベンスやレンブラント、ベラスケス、ティツィアーノ、ラファエロなど、英国内では目にすることが難しい巨匠による名画ばかりが、売却リストにずらりと並んでいたのである。

やっと訪れたチャンスであったが、議会による買い上げはすんなりとは進まず、ひと悶着が起きてしまう。なんと贅沢と芸術を愛する稀代の快楽放蕩王、こと当時の国王ジョージ4世が、アンガースタインのコレクションに興味を示したのだ。

だが、王室が購入すれば絵画を他国へ散逸させなくて済むものの、結局は「王室所有品」となってしまい、市民へ一般公開することが叶わなくなる。ジョージ4世はごねにごねたが、そもそも皇太子時代からの度重なる散財で、議会に借金をしている身。無事に諦めさせることに成功し、38作品すべてを国家で買い上げることができたのであった。

1824年にナショナル・ギャラリーとして開館した、旧アンガースタイン宅(No100 Pall Mal)
ナショナル・ギャラリーで収蔵作品ナンバー「1」をつけられている、セバスティアーノ・デル・ピオンボ「ラザロの復活」。アンガースタインのコレクション38作品のうちの1点。

さらに、議会はアンガースタインが暮らしていたロンドンのタウンハウス(パル・マル100番地)も合わせて手に入れ、同宅を「国立美術館(ナショナル・ギャラリー)」と命名。翌1824年、ついに扉が一般へ開かれた。


新天地へ引っ越し

ナショナル・ギャラリーのエントランスホール。

ナショナル・ギャラリーの開館は大きな話題を呼び、入口からは常に長蛇の列が伸びていた。ギャラリー内も多くの人々で溢れかえり、あまりの混雑ぶりから「国を代表する美術館として、この狭さは相応しくないのではないか」という世論が高まっていった。


1991年にオープンした、ナショナル・ギャラリーに付属するセインズベリー棟。有料のエキシビションは同所で開催される。その名の通り、大手スーパー「セインズベリーズ」を経営するセインズベリー兄弟からの多額の寄付で建造された。
© Richard George

また、美術愛好家や画家自身の寄贈を中心に、館長や管理委員会の個人的な好みで新しい作品が収蔵されていったため、室内は慢性的な過密状態に陥ってしまう。臨時の分館をつくるなど対策をたてるも、まるで焼け石に水状態…。議会は、すべての作品を一堂に所蔵可能であり、また大英帝国を代表する美術館として恥ずかしくない建物を新築することを決断。新天地はパル・マルからも程近い、再開発中だった王室厩舎跡の広場(現・トラファルガー広場)に決めた。こうして1838年に大きく生まれ変わったナショナル・ギャラリーは、その後も増改築され続け、今に至っている。

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ナショナル・ギャラリー必見の逸品5選

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ
「ひまわり」
Sunflowers 1888年/Room 43

ヤン・ファン・エイク
「アルノルフィーニ夫妻像」
The Arnolfini Portrait 1434年/Room 28

フェルメール
「ヴァージナルの前に立つ女」
A Young Woman standing at a Virginal1670~72年頃/Room 16

レオナルド・ダ・ヴィンチ
「岩窟の聖母」
The Virgin of the Rocks1491~99年、1506~08年頃/Room 9

ポール・ドラローシュ
「レディ・ジェーン・ グレイの処刑」
The Execution of Lady Jane Grey1833年/Room 45

Travel Information

The National Gallery, London
ナショナル・ギャラリー

Trafalgar Square, London WC2N 5DN
www.nationalgallery.org.uk

開館時間:10:00~18:00(金曜21:00まで)
入場無料(※企画展は有料)

週刊ジャーニー No.1327(2024年2月1日)掲載