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■ 第150話 ■医師ジョン・スノウとの出会い

▶4週間に渡りソーホー地区で発生したコレラ禍のことを書いた。読んでないの? シクシク。読んでね。たった1人で疫病や権威に立ち向かった医師ジョン・スノウ。出会いは偶然だった。今年9月末、筆者はコレラ感染爆発の震源地となったブロードストリートで「ジョン・スノウ」という名のパブに目を留めた。店名が人名というのは珍しい。調べてみた。1854年夏にソーホー地区でコレラ感染爆発が起こり短期間に600人以上が命を落とした。スノウはコレラ感染の原因は汚染された水にあると主張した医師。しかし医学界からは敵視され、メディアにもぶっ叩かれ続けた孤高の人ということが分かった。そしてパブの前にはコレラ感染源となった井戸水を汲み上げるポンプのレプリカが置かれていることを知った。間抜けだった。筆者はそのポンプの横で何枚も写真を撮りながらポンプの存在に全く気づいていなかった。

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▶翌朝7時頃、筆者は再びパブを訪れた。早朝であればさほど人も出歩いておらず、写真も撮りやすいと思ったからだ。しばらくパブやポンプの撮影をしていると「あ、あった。ここだ」という日本語が聞こえて来た。声の方に顔を向けると年配のご夫婦と高校生くらいの男の子がいた。ポンプの前に立ち、記念撮影を始めた。勇気を振り絞って話しかけてみた。「ジョン・スノウをご存知なのですか?」。するとご主人が「大学で微生物の研究をしている者です。ロンドンに来る機会を得たのでかつてコレラと闘ったスノウ医師にご挨拶をと思って」と語った。筆者はこういう偶然の出会いは必然だと思う傾向がある。前日まで全く知らずに生きてきたジョン・スノウという医師が翌日には筆者にとってとてつもなく大きく、重要な存在になり始めていた。スノウに「私のことを書きなさい」と言われている気がした。

▶早速資料集めが始まった。英語のものはすぐ手に入った。日本語で読みたい書籍が2冊あった。そのうち1冊は電子書籍化されていたのですぐに手に入った。もう1冊は現物をオンラインで購入し、在東京の妻宛てに配送してもらった。受け取った妻が郵便局に行き、ロンドンに送ってくれたまでは良かったが「ウクライナ情勢のため航空便が使えず船便になるって」。おお妻よ。目の前が真っ暗になった。目を開けたら明るくなった。最近は船便も早くなっていると聞く。楽しみに待った。長州ファイブや夏目漱石もこんな風に一日千秋の思いで仕送りの到着を待っていたのだろうか。結局、2ヵ月待っても書籍が届くことなく原稿の締め切りが迫った。英語書籍と格闘する覚悟を決めた。資料の分厚さに号泣した。

▶パンデミック以降、種痘(天然痘ワクチン)開発に成功したジェンナーや手洗いを奨励したハンガリー人のセンメルヴェイスなど、正しいことを主張しながら固定概念に硬直した医学界や世間から猛バッシングを受け、孤独な戦いを余儀なくされた医師たちの姿を取り上げて来た。共通するのは権威の怖さだ。医学が科学になる前、人類は様々な病気の解釈を間違え、誤った治療を行ってきた。的外れの治療法に権威たちが太鼓判を押すことで正当な治療法となった。そのため後の研究者たちは固定概念を覆すのに大変な苦労をし、辛酸をなめた。偶然の出会いから始まったヴィクトリア期のロンドン探索。資料と格闘中、さらに衝撃の事実と出会うことになる。てなこって次号に続くぜ。チャンネルはそのままだ。

週刊ジャーニー No.1270(2022年12月15日)掲載

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