
■ 第144話 ■イギリス、EUに復帰すんの?
▶聞きかじりと知ったかぶりだけで144話まで続けて来た当欄だが、今回はその極みだ。ユーチューブに最新国際ニュースを扱う「及川幸久THE WISDOM」というチャンネルがある。及川氏はかつてシティの米系金融機関に勤務した経験もある人。トラス前首相が10月20日に辞任を表明した翌日、その及川氏が1本の動画を投稿した。内容はトラス氏の辞任は経済政策の失敗やそれに伴う市場の混乱が原因ではなく、保守党内の内紛だったという刺激的なものだ。イギリスで今、一体何が起きているのか。
▶トラス前首相が辞任を表明する3日前の10月17日、英紙デイリーテレグラフに1本のスクープ記事が掲載された。それは後に更迭されるブラヴァマン内務相の「現在、政権内でトラス首相を引き摺り下ろすためのクーデターが進行中だ」という発言に始まる。この時、ほとんどの人がこれを否定した。ところが後日、記事を書いたテレグラフ記者のワッツアップに著名な保守党員から次のメッセージが届いた。「スナク首相、ハント財務相、モーダント外相。全て決まりだ」。保守党内で実際にクーデターが進行していることを暗示する内容だ。では保守党内で一体誰と誰が対立しているのか。10月20日付のデイリー・エクスプレス紙が詳細を語る。それはEU「離脱派」と「残留派」だ。2016年の国民投票で決着がついたはずのブレグジットだが、実は決着していなかった。突然解任されたクワーテング前財務相や先出のブラヴァマン前内相はいずれも「離脱派」だ。トラス前首相はジョンソン元首相同様、残留派から離脱派に鞍替えした人物。バリバリの「残留派」であるジェレミー・ハント氏はトラス氏にリストを渡し、離脱派を内閣から一掃するよう“命じた”。経済政策の失敗で弱り切っていたトラス氏にもはや「ノー」と言える力は残っていなかった。EU離脱派を政権から駆逐して党内内戦に火をつける、それがハント氏の真の狙いだという。その後ハント氏は財務相の座に就くや否や、トラス政権の減税公約をほぼ全面的に撤廃した。

▶24日、スナク氏が首相に決まった。筆者は新閣僚の発表を胸ドキで待った。ハント氏は財務相留任。これでペニー・モーダント氏が外相になればテレグラフの記事通りとなり残留派の描いたシナリオが着々と実行に移されている可能性が高まる。ところが外相はジェームズ・クレヴァリー氏に決まり、モーダント氏は引き続き下院院内総務とあった。「やはりガセネタだったか」と少しほっとしたのも束の間、26日付のBBCニュース(電子版)に「モーダント氏は最後まで外相の座を争っていたが党首選にしがみつき過ぎたため、その代償を払わされた」とあった。どす黒いものがうごめいているようで今週も失禁ジョジョジョだ。
▶英国民の多くが嫌悪していたEUからの安い労働力。失ってみれば各地で人手不足が深刻化して大混乱。物価も爆上がりを続ける中、EU離脱が正解だったのかどうか、懐疑的になっている人も多いと聞く。北アイルランドの国境問題は今も喉に刺さった小骨。スコットランド独立の動きも不気味だ。党内団結を謳い、離脱派をも巧みに内閣に散りばめたスナク政権。総選挙まで最大で2年。徐々に「EUに復帰した方がいいんじゃないか?」的雰囲気作りの大芝居が幕を開けるのだろうか。少なくとも役者は揃ったようだ。まるで自分で見聞きして来たかのように語ったところで次号に続くぜ。チャンネルはそのままだ。
週刊ジャーニー No.1264(2022年11月3日)掲載
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