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■ 第20話 ■
クラスターが分からない

▼新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以来、日本のメディアには以前は耳にしたことがないカタカナが躍り始めた。クラスター、オーバーシュート、ロックダウンにソーシャル・ディスタンス。これらはいずれも専門家の間では普通に使われている言葉らしいけど、正直意味わからん。なんで日本語に置き換えないの? 政府関係者の話では「正確に言い換える言葉が見つからなかったから」だって。本当か? ちゃんと字幕の大御所、戸田奈津子さんにも聞いたのか?

▼新聞の記事を読んでいて驚いた。「〇〇市でクラスター(集団感染)が発生した」という記事だった。いやいやいや、「○○市で集団感染(クラスター)が発生した」じゃないの? 何でよく分からない英語が先に来てその後によく分かる日本語解説がオマケのようにくっつくの? オーバーシュートは感染爆発、ロックダウンは都市封鎖。日本語の方が分かりやすいんだけど。「ロックダウン中の都内で発生したクラスターは瞬く間にオーバーシュートに発展した」って言われて「えらいこっちゃで」って慌てふためく日本人っている?「都市封鎖中の都内で発生した集団感染は瞬く間に感染爆発レベルに発展した」って言ってくれたら「えらいこっちゃで。くわばら、くわばら」となってみんな家に籠るのに。

▼そんな中で最も気になっているのが「ソーシャル・ディスタンス」だ。英語圏では「ソーシャル・ディスタンシング」と報じられている。日本でも初めは「ディスタンシング」と正しく報道されていたのにいつのまにか「ディスタンス」になっちゃった。似たことが昨年、ゴルフの全英女子オープンで渋野日向子選手が優勝した時にも起こった。渋野選手は4日間に渡って終始にこやかにプレーしてギャラリーや視聴者を魅了し続けた。ついたあだ名は「スマイリング・シンデレラ」。プロ1年目、若干20歳でメジャー大会を制した彼女はまさに「笑顔のシンデレラ」だった。ところが日本では「スマイル・シンデレラ」という英語風日本語に変化して拡散され定着してしまった。日本人は「ing」が嫌いなの?

▼渋野選手の「ing」割愛は無害としても、「ソーシャル・ディスタンス」と端折るのは少々問題があるようだ。というのも英語では「ソーシャル・ディスタンシング」と「ソーシャル・ディスタンス」では全く別の意味になってしまう。前者は今回我々が実体験しているように人と人が「物理的な距離をとる」という意味だ。それに対して後者は心理学等でよく使われる言葉で「対人関係等での距離」、つまり精神的な距離を指すらしい。コロナウイルスが蔓延する今、人と人は物理的には距離を置くが、精神的なつながりは一層、密にすべき時なのに日本では全く逆のことを言っていることになっちまう。

▼日本語が外来語に席巻されるのはもう慣れっこだけど、誤って解釈された上にそのまま定着してしまっている外来語があまりにも多い。だけどそれを指摘すると煙たがられて物理的に距離を置かれちゃうから言わずに遠くから吠えるだけにしておくけどね。さあ、レストラン再開まであとわずか。美味しい食事とお酒が待っている。チャンネルはそのままにして一緒に乗り切ろうぜ。

週刊ジャーニー No.1140(2020年6月4日)掲載

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