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■ 第10話 ■
カキ食うロンドン

▼ローマ軍が引き上げた5世紀のブリテン島にゲルマン民族がなだれ込んで来た。彼らはローマ人が築いたヴィラ(村落)や農業にはほとんど興味を示さず、独自の文化を築き始めた。食もしかり。肉、肉、肉、ときどき魚。ローマ人が絶賛したカキにも全く興味を示さず、養殖場も見捨てられた。今回はアングロサクソンが一度は見捨てたこのカキについて薄っぺら~く語っちゃう。

▼イングランドで再びカキが食べられるようになったのは8世紀ころと言われる。富める者も貧しい者もカキを海水で煮てエール(ビール)をかけて食べた。16世紀後半になるとカキは人気の食材となり、シェークスピアの作品にも登場するほどになった。小粒なものは生で食べられ、大粒のものはシチューの具材として使われた。さらに豚やラムの肉と合わせてソーセージを作った。七面鳥やダックをローストする際の詰め物としても使われた。酢漬けにされたカキは内陸部へと運ばれた。

▼19世紀になるとイングランドのカキは狂ったようなスーパー繁栄期を迎える。なんせテムズ川下流、淡水と海水が交わるエリアで天然や養殖ものが大量に育ち、価格も大暴落。安価な上に鉄分やカルシウム、ビタミンやミネラルが豊富なカキは労働者たちのハートを鷲づかみ。低所得層の貴重なたんぱく源となった。

かつてロンドンの街に溢れていたネイティブオイスター。残念ながら今は希少種になってしまった。

▼金持ちは生食を好んだが貧困層は牛肉の代用品としてカキを使ったシチューやスープを食べた。カキどっさり入りのパイも大人気となった。ロンドンの通りという通りにカキ売りの屋台が並んだ。1864年にはロンドンだけで7億個のカキが消費された。ビリングスゲートの魚市場にはカキが満載された樽が所狭しと並んだ。カキの養殖や販売に従事する人は全国で12万人にのぼった。当時、グレーターロンドンの人口は今の半分以下の300万人程。7億個ということは一人当たり年に230個くらい食べていた計算になる。すげー。

▼しかし、いい時は長く続かない。ヴィクトリア時代、大英帝国はさらなる発展を遂げた。それに伴いテムズ川は工場から出る排水で汚染された。ただでさえ乱獲で疲弊していたカキの養殖棚はとどめを刺された。テムズのカキは全滅した。イギリス各地でも乱獲によってカキは激減した。価格の高騰が始まった。いつしかカキは金持ちやエリートのための高級食材となった。

▼行き交う船舶が川底の砂を激しく巻き上げるため茶色く濁って見えるが、テムズの水質自体は近年、驚くほど改善している。ロンドン動物学協会によると、そのテムズでカキを復活させるための実験的養殖が昨年から始まった。カキは水質を改善する仕事をするため、成功すれば他の資源の回復も期待できるという。数年後にはロンドンのあちらこちらで安くて新鮮なカキを売る屋台が軒を連ねることになるかもしれない。おおっ、イギリスがもっと美味しくなるかも。労働者諸君、楽しみに待とう。おーっ!

週刊ジャーニー No.1130(2020年3月26日)掲載

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