●サバイバー●取材・執筆・写真/ホートン秋穂・本誌編集部
独断ピックアップじっくり鑑賞したい!おすすめ地下鉄駅17選
編集部が独断で選んだ17駅のうち、残りの12駅をご紹介したい。5駅については「 」にてご覧ください。ホルボーン駅 Holborn
ゾーン1
大英博物館の最寄り駅である当駅のホームは、エジプト考古学の発見品やヒエログリフ、古代石版画など大英博物館の所蔵コレクションがモノクロの写真で飾られている。注目してほしいのはギリシャ建築物風の柱の写真。3Dのように浮き出て見える工夫がなされている。
チャリング・クロス駅 Charing Cross
ゾーン1
まずはノーザン線ホーム一面に展開される、デヴィッド・ジェントルマンによる木版の原画を転写した壁画アートをじっくりと鑑賞したい。13世紀イングランド国王エドワード1世の妻、エリナー・オブ・カスティルの記念碑が置かれた場所、当時のチャリング村(現在のチャリング・クロス)の様子を100メートルにわたる壁画で表している。
一方、ベーカールー線ホームではシェイクスピア、エリザベス1世の肖像画やレオナルド・ダヴィンチ、ボッティチェリの絵画の一部など、至近距離にあるナショナル・ギャラリーやナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵の優れた作品がホームの壁を華やかに飾っている。
キングズ・クロス・セント・パンクラス駅 King’s Cross St. Pancras
ゾーン1
ヴィクトリア線のタイルに注目。王様の冠を十字(クロス)にしたモチーフは、キングズ・クロスの駅名の語呂遊びをデザイン化したもの。なお、乗り入れる路線が多い割にはデザイン的に見るものが少ないのが意外。むしろ地上の鉄道駅の方が建築デザインとして一見の価値がある。
ピカデリー・サーカス駅 Piccadilly Circus
ゾーン4
1906年開業当時はレスリー・グリーンの建築だったといわれる駅舎は、29年には改築のために閉鎖され、80年代に取り壊されるに至った。現在目にする、ぐるりと回る大円形状のコンコースはチャールズ・ホールデンの設計によるもの(1928年)。ガンツ・ヒル駅同様、地上には駅舎がない数少ない駅の一つだ。ベーカールー線の茶色、ピカデリー線の濃青色を組み合わせたタイルワークに注目して両方のホームを歩いてほしい。またピカデリー・サーカス広場のシンボル、エロスの像のタイルがどこにあるか探してみるのも楽しい(プラットホームとは限らない点、ご留意を)。
ヴィクトリア駅 Victoria
ゾーン2
ヴィクトリア線のホームを彩るタイルのモチーフは駅名そのまま、ヴィクトリア女王の横顔のシルエットがデザインされている。英国人画家エドワード・ボーデンの作品。
レイトンストーン駅 Leytonstone
ゾーン3
映画監督アルフレッド・ヒッチコックが生まれ育った場所としても知られる、東ロンドンのレイトンストーン。生誕100周年を記念して制作されたヒッチコック作品の有名なシーンをモチーフとしたモザイクアートが、駅舎入口から改札へと向かう通路沿いにずらりと並ぶ。いくつ分かるか試してみては?
オックスフォード・サーカス駅 Oxford Circus
ゾーン1
1900年にセントラル・ロンドン鉄道(現在のセントラル線)の駅として、1906年にはベーカー・ストリート・アンド・ウォータールー鉄道の駅が同じ場所に別々に開業。前者はハリー・ベル・メジャーズ、後者はレスリー・グリーンによる設計とデザインが異なる2つの駅舎の外壁が今でも一部残る。
現在は駅のコンコースにあり、もともとはヴィクトリア線のホームにあったのがドイツ人グラフィック・デザイナー、ハンス・ウンガーのタイルアート=写真左。円を意味する「circle」とオックスフォード・サーカスの「circus」をかけあわせ、同駅に乗り入れる3つの路線の色をクロスで表現している。84年からヴィクトリア線には、複雑に路線が入り乱れ、都会のジャングルに迷いこむ人間をパロディ化した「蛇梯子」のタイル=同右=がこれに代わり設置されている。
近未来的な美しさを備える駅
ウェストミンスター駅 Westminster
ゾーン1
ウェストミンスター駅の改札からジュビリー線のホームへと続く空間には、巨大なコンクリートの円柱と梁が十字に組まれ、奥深い地底まで複雑に走るステンレス製の長いエレベーターは映画のセットで登場する宇宙船の内部のような趣だ。建築家マイケル・ホプキンスによる設計で1999年に完成し、2001年には王立英国建築協会(RIBA)「スターリング賞」を受賞。
カナリー・ワーフ駅 Canary Wharf
ゾーン2
同じく、現代的な建築が印象的なカナリー・ワーフ駅(ジュビリー線)は、広いコンコースに4台並列して走る長いエスカレーターを経て、巨大な半楕円状の窓を仰ぎ見ながら出口へと向かうデザインになっている。そして、窓の外には金融街の高層ビルの姿が映し出される。天井が低く閉塞感を感じる地下鉄駅も多い中、この2駅は広々としており、荘厳かつ近未来的な美を感じさせる。
エリザベス線 Elizbeth Line
2022年にようやく開通したエリザベス線。グリムショー、メイナード、エクウェイジョンといった複数の建築家・建築事務所などがチームとしてデザインにあたった。テーマはメンテナンスが容易でこれからの変化に柔軟に対応していけるデザイン。2024年、優れた建築物に与えられる王立英国建築協会(RIBA)「スターリング賞」を受賞した。
ロンドン地下鉄とは思えない! 牧歌的ムードいっぱいの駅
チェシャム駅 Chesham
ゾーン9
メトロポリタン駅の終着駅チェシャムは、ロンドン市内中心から地下鉄で行ける最も遠い駅(チャリング・クロス駅から北西に40キロメートル離れている)。なんとゾーン9!1889年開業当初の小さな駅舎や信号扱所=同左下、貯水槽=同右下=は歴史的建造物「グレードII」に指定されている。1つしかない地上ホームには緑があふれ、カントリーサイドの長閑な雰囲気が満ちる。ホームにある煉瓦造りの貯水槽は蒸気機関車の水の補給に用いられたもの。
ニュー・ジョンストン書体を造りだした日本人、河野英一氏
ロンドン地下鉄の表示やパンフレット、マップに使われている専用書体「ニュー・ジョンストン」=写真右=の生みの親が日本人だということをご存知だろうか。目に飛び込んでくるような、くっきりとした書体。この文字は1979年、それまで使われていたジョンストン・フォントを英国在住のグラフィック・デザイナー、河野英一(こうの・えいいち)氏が全面的にリニューアルしたものだ。1916年にエドワード・ジョンストンが生みだした書体は後の書体に多大な影響を及ぼす画期的なものだった。しかし書体は主に駅名表示=同左=を目的としたため、文字幅が広く、また、ボールド書体(太字)には小文字がないなど、パンフレットや時刻表には不向きだった。1年半かけて制作された河野氏の「ニュー・ジョンストン」書体だが、デザインにおいて同氏が気を使ったのは、意外にも自分のオリジナリティを抑えることだったという。「必要なのは足りない部分を補うこと。人が気づかないように変わっているのが一番いいんです」と、河野氏。イタリック体などを含めて8パターン、1000文字近くが手書きで仕上げられた。「ニュー・ジョンストン」はそれ以来、駅名表示から小さなパンフレットに至るまで、愛着をもって使われ続けている。
週刊ジャーニー No.1366(2024年10月31日)掲載