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■ 第65話 ■キリシタン大名第1号

▼ドン・バルトロメウ。キリシタン大名第1号、大村純忠(すみただ)の洗礼名だ。純忠は現在の長崎辺りを所領としていた。お隣、肥前の戦国大名、有馬晴純の次男だが、母が大村家出身だったため養子入りし大村純忠となった。純忠が洗礼を受けたのは1563年のこと。この時、日本は戦国時代の真っただ中。九州もドンパチやっていた。純忠はイエズス会宣教師らと交流し、火薬製造に必要な硝石を買っていた。

▼1572年、ガスパル・コエリョという軍人あがりで好戦的で傲岸不遜で激ヤバなイエズス会司祭が日本地区のトップになった。日本の教科書はイエズス会を何となく尊い存在かのように書いていた気がするが、少なくとも当時のカトリックは武力を駆使してでも世界制覇を目指す集団であり、イエズス会はその急先鋒だった。キリスト教徒が人を殺してもいいの? いいの。だって異教徒は不信人者であってもはや人ですらないんだもの。イエズス会の創設メンバーの一人であったザビエルは確かに崇高な志を持った人だったかもしれない。しかし、そのザビエルですら釈迦と阿弥陀を悪魔と称して敵視し、悪魔に勝利せねばならないと考えていた。ザビエルの後に続いた司祭の中には目的のためには手段を選ばない、カルト集団的な連中も多数存在した。

▼コエリョは純忠に「デウス(神)様に感謝の気持ちを示すには偶像崇拝を根絶するのが一番。領内に1人の異教徒もいなくなるように頑張ろうね」と説教した。一神教のカトリックにしてみればカトリック以外は全部ダメー。同じキリスト教でもプロテスタントはダメー。異教徒も異端者も根こそぎぶっつぶさなければならない。純忠が敬虔なクリスチャンだったのか、単に硝石欲しさからのジェスチャーだったのかははっきりしない。たぶん両方だろう。いずれにしても純忠は領民全てにカトリックへの改宗を命じた。家臣や領民の中には抵抗する者も多かった。しかし説得は簡単だった。恐怖政治だ。

また呼ばれて出て来たザビエルですが、何か?

▼領内では神道も仏教も厳禁とされ、住民はキリスト教への転宗を強制された。領内の社寺仏閣はキリスト教布教上、障害になるとしてことごとく焼かれるか破壊された。抵抗した者の多くが殺された。壊した神社や寺の建材を再利用してあちこちに教会が建てられた。領内の信者は6万人にまで増えた。最後まで抵抗した者たちは捕縛された上、硝石と引き換えに二束三文でポルトガル商人に売り飛ばされた。ポルトガル商人らは格安で手にした奴隷を鎖でつないで船底に押し込み、世界各地に運んで高値で売りさばいた。このように長崎付近では一時、領民のほとんどが自ら、または強制されてキリスト教徒となった。しかし江戸時代に入って状況は一転。キリスト教が禁じられると、今度は徹底的な弾圧が加えられ、棄教に応じなかった信者が多数処刑された。1637年、幕府がポルトガル人を追放し、鎖国に踏み切るきっかけとなる島原の乱がこの地で起ったのも偶然ではない。異国情緒溢れる長崎だが、異国情緒の裏には壮絶な歴史が潜んでいる。

▼ちなみに大村純忠は1587年に55歳で病死する。死の間際、神父を病床に呼び、来世のことを語らせては満足そうに涙したという。また飼っていた小鳥を籠から放ち、自由にしたとされる。若い頃、散々悪事を働いて他人を不幸にした上で豊かになった金持ちが、死の間際、帳尻合わせの慈善活動をチョイとやって天国行きを願うようなものだ。失笑しながら次号に続くぜ。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1185(2021年4月22日)掲載

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