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■ 第63話 ■火縄銃できたけど火薬がない

▼1543年に種子島に鉄砲が伝来してからわずか1年で日本は火縄銃の国産化に成功した。作ったのは刀鍛冶たちだった。時は戦国時代。日本の刀鍛冶の技術は当時世界トップクラスだった。たちまち近江の国友や大阪、堺などの刀鍛冶も火縄銃を完成させていった。火縄銃3000挺を揃えた信長・家康連合軍が武田勝頼軍を破った長篠の戦いがあったのは1575年。種子島でポルトガルの武器商人から買い上げたわずか2挺の火縄銃が32年後には日本のイクサの在り方をガラリと変えた。

▼確かに当時から日本のモノづくり技術には目を見張るものがあった。西欧列強は大航海時代に世界中を蹂躙したけれど、火縄銃をわずか1年で完コピしてみせたのは日本だけだ。彼らは本来、アフリカでやったように対立する部族の片方に銃を渡して内乱を起こさせ、捕虜となった兵や女子どもを奴隷として海外に売り飛ばすつもりでいたのかもしれない。しかし日本人はあっという間に火縄銃を模倣し量産もしていた。最盛期には15万挺の火縄銃が日本にあったとされる。当時世界で流通していた火縄銃の約半分が日本にあったというからなんか、すごくない?

▼パクれと言われればあっという間にやり遂げてしまう日本人だったが、発明という点ではかなり出遅れていた感がある。立派な火縄銃はすぐに出来た。弾丸もすぐに用意できた。しかしその弾を発射することができなかった。火薬だ。日本には火薬を作る材料がなかった。火縄銃に使われる火薬は黒色火薬と言って硫黄と木炭25%に硝石(硝酸カリウム)75%を混ぜ合わせて作られるらしい。火山大国日本では硫黄と木炭は簡単に手に入った。しかし硝石がほとんど手に入らなかった。というか硝石がどういうものか分かっていなかった。黒色火薬は6~7世紀頃には既に中国で発明され、硝石も生産されていた。しかし中国はどれだけ交易を重ねても火薬の作り方を日本に教えてくれなかった。どケチー。まあ、いつ戦争になるかも分からない隣国にそんな危うい軍事機密、簡単に教える訳ないけどね。

黒色火薬ですが、何か? ©Lord Mountbatten

▼硝石は日本でも作ることができる。あなたも硝石作りに必須の素材を日々作っては放出している。硝石とは窒素化合物で、し尿に含まれるアンモニアを微生物が分解する課程で作られる。土の中に枯葉などを重ねて置いて上から勢いよくオシッコ振り掛けると、やがて土の一部が白く結晶化する。この結晶が硝石だ。土葬すると遺体の周りにも勝手に出来た。つまり硝石とは日本をはじめどこでも作れるが、問題は硝石が水溶性ということにあった。屋内に便所がなく多雨の日本ではほとんどが雨に流されてしまった。よって硝石の主要産地とは主に乾燥したヨーロッパの一部やアフリカ、中東、インドにあった。

▼火縄銃も弾もいっぱい出来た。しかしそれをぶっ放すための黒色火薬が作れない。武士も商人も町人も農民も体内で硝石の素を無尽蔵に生産しているのにこの頃は誰もし尿が火薬に化けると知らず、日々プリプリジョロジョロ排出しては堆肥として使っていた。硝石が欲しい。手に入らなければ持っている者から買うしかない。そしてまたポルトガル商人が出て来る。日本で火縄銃は売れなかったが、し尿という原価ほぼゼロ、利益率のめっちゃ高い商品が日本に大量に運ばれることになる。またポルトガル商人かよ、と思いつつ次号に続く。チャンネルはそのままだぜ。

週刊ジャーニー No.1183(2021年4月8日)掲載

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