
■ ここ数年、英国の書店に足を運んだことがある人なら誰でも、英訳された日本人作家の小説が店頭に積まれているのを目にしたことがあるだろう。実は今、英国では空前の日本小説ブームを迎えている。今回は、日本人なら知っておきたい人気のジャパニーズ・フィクションを紹介したい。
●サバイバー●取材・執筆/本誌編集部
ガーディアン紙によると、2022年に英国で出版された英訳小説200万冊のうち、オリジナルが日本語である本は4分の1(約50万冊)を占め、外国語小説では最多だったという。この「日本小説ブーム」はその後も続き、昨年の英訳本売上げトップ40における日本の割合は、なんと43%。その高い数字が嘘ではないことを示すように、日本の小説が英国の権威ある文学賞に相次ぎノミネートされ、今年7月には、英国推理作家協会が主催するダガー賞(The Dagger)の翻訳部門を王谷晶の「ババヤガの夜」が日本人で初めて受賞している。
ちなみに受賞は逃したものの、柚木麻子「BUTTER」も同賞の最終候補6作に残った上、昨年の英訳本の売上げでは堂々の第1位。また、さすがホームズやポアロが愛される国だけあって、売上げ第5位には松本清張「点と線」がランクインしていた。さらに、英国のブッカー賞(The Booker Prize)の国際部門にも川上弘美「大きな鳥にさらわれないように」が最終候補として入っていたが、受賞には至らなかった。
こうした快挙の背景には、2016年にブッカー賞が選考対象を「作家の業績」から「個別作品」に変更したことが挙げられる。また、米国でも2018年に全米図書賞(翻訳文学部門)が35年ぶりに復活し、英訳本が注目されている。そして何より、映画やテレビ、演劇といったショービジネスの世界だけでなく、出版界でも人種や性別を超えた多様性への意識が高まっていることも見逃せない要因だろう。
さて、英国での日本小説の人気ジャンルは、犯罪・ミステリー系と癒し系に大きく分けられる。なかでも、心が癒されるハートウォーミング小説は別名「コンフォート・ブックス(comfort books)」と呼ばれ、昨年のベストセラー日本小説で半分以上を占めていた。コンフォート・ブックスの特徴は、喫茶店や書店、図書館を舞台に繰り広げられる「感動もの」が多く、大きなポイントとなるのが猫。ゆったりとした温かな時間や心の交流を描くには、猫が不可欠…と英国人は感じるのか、表紙に猫がいるだけで売上げに大きく影響するという。
まもなく冬時間に突入する英国。暖かな自宅でコーヒーや紅茶を片手に、読書を楽しんでみては?
Convenience Store Woman
Sayaka Murata
村田沙耶香「コンビニ人間」

「普通」とは何か?
日本小説ブームの火付け役になった
2016年 芥川賞受賞作
36歳シングル、彼氏なし。コンビニのバイト歴18年の女性が、社会に馴染めず苦悩しながらも、小さな店でのルーティンワークに幸福と満足感を見出していく姿を描いた物語。英国で累計50万部を売り上げ、英訳された日本の小説への関心が一気に高まった。
BUTTER
Asako Yuzuki
柚木麻子「BUTTER」

2007~09年にかけて起きた
連続不審死事件がテーマ
2025年ダガー賞 最終候補作
3人の男性たちの財産と命を奪った、若くも美しくもない女性。30代の週刊誌記者は、欲望に忠実な彼女への取材を重ねるうちに、自身の内面も外見も変貌していき、やがて友人や恋人の運命をも変えてゆく…。昨年、英国での英訳小説売上げNo.1を獲得した1冊。
Before the Coffee Gets Cold
Toshikazu Kawaguchi
川口俊和「コーヒーが冷めないうちに」

あの日に戻れたら、
あなたは誰に会いに行きますか?
感動のシリーズ1作目
ある喫茶店のある席に座ると、自分が望んだ時間に戻れる――。ただし過去に戻れるのは、カップに注がれたコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ。「過去に戻れる」不思議な喫茶店で起きた、心温まる4つの奇跡。表紙には猫が描かれている。
What You Are Looking for is in the Library
Michiko Aoyama
青山美智子「お探し物は図書室まで」

探し物は本? 仕事? それとも人生?
聞き上手な司書が、
背中をそっと押してくれる物語
仕事や人生に行き詰まりを感じている人々が、ふと訪れた町の小さな図書室。不愛想なのになぜか聞き上手な司書に、誰にも言えなかった本音や願望をつい話してしまい…。自分が「本当に探している物」に気付き、前向きに明日へ進む活力が満ちる1冊。
The Night of Baba Yaga
Akira Otani
王谷晶「ババヤガの夜」

臨場感あふれるアクションと
女性たちの絆を描いた
2025年ダガー賞 受賞作
暴力を唯一の趣味とする女性主人公は、そのケンカの腕を買われて暴力団会長の一人娘の護衛を任される。溺愛された「お嬢様」かと思いきや、彼女を縛る苛酷な運命を知り…。2人で裏社会の闇に対峙していく。ババヤガとは、スラヴ民話に出てくる魔女のこと。
Hunchback
Saou Ichikawa
市川沙央「ハンチバック」

2025年 全米図書賞、
最終候補に残らずも大健闘
2023年 芥川賞受賞作
重度障害者である著者が、自身と同様に難病のために車椅子生活をおくる女性を主人公に描いた物語。両親が遺したグループホームで、怒りや欲望をSNSにこっそり投稿していたが、ヘルパーにアカウントを知られていることが発覚し…。
Under the Eye of the Big Bird
Hiromi Kawakami
川上弘美「大きな鳥にさらわれないよう」

パンデミック、戦争を経た
新たな未来の人類史
ブッカー国際賞の最終候補作
人類が絶滅の危機に瀕した、遥か遠い未来を舞台に描くSF小説。生き抜く可能性を含んだ、新しい遺伝子を持つ人間の誕生に賭ける物語。不穏な世界の中でも失われない人間の感情、生の営みの切なさが、心を揺さぶると話題の1冊。
Tokyo Express
Seicho Matsumoto
松本清張「点と線」

1958年刊行
松本清張ブームを巻き起こした
ベストセラー本
福岡県の海岸で起きた、役人の男性と料亭の女中との心中事件。汚職にからんだ複雑な背景、裏にひそむ恐るべき奸計、殺害時刻における容疑者の完璧なアリバイ――。列車時刻表を駆使した巧みな殺人を解明できるのか。松本清張の最初の長編推理小説。
Strange Pictures
Uketsu
雨穴「変な絵」

何かがおかしい9枚の絵、
「謎」が解けますか?
イラストとともに描くミステリー
ホラー作家兼YouTuberである著者による、自身初の書き下ろし「長編小説」。消えた男児が描いた「灰色に塗りつぶされたマンションの絵」、山奥で見つかった遺体が残した「震えた線で描かれた山並みの絵」。彼らは何を伝えたかったのか?
She and Her Cat
Makoto Shinkai / Naruki Nagakawa
新海誠/永川成基「彼女と彼女の猫」

新海誠の幻のデビュー作
拾われた猫の視線で送る
女性とのほっこり生活
大人気アニメーション監督の新海誠が、1999年に自主制作した全編モノクロの短編作品の小説版。都会で一人暮らしをする、自分の感情を言葉にするのが苦手な女性と、その不器用さをそばで見守る、彼女に拾われた猫の物語。4本立ての連作短編。
週刊ジャーニー No.1415(2025年10月16日)掲載


























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